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新しい家族

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「取り敢えず、皆席に着こう」
あっけに取られたままの部屋でシャール兄様はいち早く気付いて席を勧める。
私たちはシャール兄様の隣に、目の前の大きな三人がけのソファには公爵一家が、一人掛けのソファ三つに兄弟達が座った。
「コホン、突然のことで皆驚いたかな?」
「それはそうだよー」
「俺達知らなかったー」
双子が不満そうな声を上げる。
「悪かったね。内密に進めていたからお前達にも話せなかったんだよ。公爵も今日は来てくれてありがとう」
「いえ、とんでもございません」
叔父と甥とはいえ歴然とした身分差があることが伺える。
私は皆の反応を見ていた。
双子は不満を、公爵達は困惑を、そして、エリー姉様は……?!
私はエリー姉様を見て仰け反りかける。物凄い形相で睨んでくるのだ。十歳の超絶美少女が!!
私がエリー姉様から目を逸らせずに隣のあいつの袖を引く。
「……あのシャール兄上、何故エリー姉様は怒っているんですか?」
うわ! 直球で聞いた!!
「わ、私はお、怒ってなんかいないわ!!」
エリー姉様がユアンに指摘されて顔を真っ赤にして弁解する。
「いや、エリーが怒るのも無理ないよね。元々エリーとの縁談が進んでいたんだから」
え? どういうこと? 私は目の前に座る五歳くらいの男の子を見つめる。
確かに整った顔をしてる。前世だったらキッズモデルになっていただろう。でも、エリー姉様は十歳でしょ? 子供の五歳は大きいよ?
「そ、それは……」
エリー姉様が俯いてしまう。これは可哀想だ。私はシャール兄様を睨んだ。
「でも、エリーよりもユーデットの方が年回りもいいし、血も遠くなるからね。エリーにはもっといい縁談を進めるから許しておくれ」
確かにエリー姉様がシャール兄様と同腹だとすると従兄弟同士の結婚になるのか。まぁ、近いよね。
「でも、私は、私はジェイクのことを……」
「エリー」
エリー姉様の抗議はシャール兄様のひと言で止められた。この兄弟ではかなり問題がありそうだ。
エリー姉様はバッと立ち上がるとドアに向かった。
「シャール兄様なんて大嫌いだわ! どうせ私は金髪じゃなかったわよ!!」
そう言って泣きながら部屋から出ていってしまった。その間私はポカンと口を開けて見守るしかない。
何これ? ドロドロのドラマなの? 凄い展開!
「しょうがない子だね。皆気にすることはないよ。後で僕がフォローするから」
「ま、兄貴の責任だしな」
「あーあ、俺達も帰ろうぜ。兄上、もう顔合わせは終わったからいいよね」
双子まで立ち上がる。
「おい!」
「どうせ俺達との顔合わせは建前なんだろ? もういいじゃん」
双子はそう言って部屋を出ていった。
建前って本題はこっちってこと?
私は目の前の家族を凝視した。さっきの公爵とその奥様と息子さん。そしてその息子は私の婚約者ということ。はぁ。一気に情報量が渋滞してる。
「ふぅ、ハハハ、しょうがない子達だねぇ」
シャール兄様はため息をついてから気を取り直したように笑顔を作った。
「まぁ改めて紹介するね。バスカル・ウスマール公爵とアドリア・ウスマール公爵夫人、そしてジェイク・ウスマール公子だよ」
すると三人は立ち上がって私達に深々と頭を下げる。そうはいっても私達は二歳にもなっていない子供だよ。そこまでする?
私達が余程キョトンとしていたのか流石に公爵がシャール兄様に小声で話しかける。
「あの王太子殿下、まだこの話をするのは早すぎたのではないでしょうか?」
「そうかな? でもウカウカしてると先を越されそうなんだよ。第二王妃がユーデットに近づこうとしていたんだ」
「まさか!! 第二王妃殿下が!!」
「ああ、まぁでもあちらの実家にはジェイク公子ほど年齢のあった子供はいなかったから安心してたんだけど、養子の話が出たから面会を早めたんだ」
「なるほど、そういうことですか。まだ何もおわかりになっていない幼子であっても、ウスマールとの婚約を陛下に認めていただければ僥倖です」
「ああ、それにミカとミケから第二王妃へこのことが伝わるからいい牽制になる」
私とあいつは顔を見合わせた。話がよくわからない。あの陛下は何人奥さんいるのよ!!
「あの兄上、僕にもわかるように話してください」
あいつが勇気を出してくれた。
「そうだね。ごめんよ。じゃあ、まずは僕達兄弟について話そうか。公爵達も構わないかい?」
「はい」
「まずは僕は第一王妃、ウスマール公爵の妹だった母の子供だ。そして、ミカとミケは第二王妃の子供、エリーは僕と同腹の妹なんだ。そして、君達は第三王妃の子供になる」
なるほど、双子兄はお母さんが違うんだ。だから、さっきも不機嫌だったのか。
「で、残念なのは僕の母はエリーを産んだ後に亡くなってしまった。そして、君達の母も……」
やっぱり私達のお母さんは亡くなってたかぁ。そうだと思ってたけど言葉で聞くとガックリするわ。
「そこで問題なのは第二王妃は元気にピンピンしていることなんだ」
まぁそうだよね。目の上のたんこぶだった第一王妃は死んで、多分ライバルだったであろう第三王妃も既にない。我が世の春って感じか。
「それでどうしてユーデットの婚約の話になるんですか?」
あいつが私が思ったことを聞いてくれる。以心伝心頑張れ!!
「まぁ、それは……んー今は話すのはやめておこう。時間がかかりすぎるからね。兎に角ジェイクとの婚約がないと君達の自由がなくなると考えてくれるかな」
私達は釈然としなかったが、もうこれ以上は話してくれないことがヒシヒシとわかって仕方なく頷く。
「それじゃあせっかくだしジェイクからも一言いいかい?」
そういえばこのジェイクって子来たときから一言も話してないわ。いい子なのか、人見知りなのか。
「……」
「ジェイク、ほら、王太子殿下がお話の機会を下さったわよ」
「……チビは嫌いだ」
「ジェイク!!! お前はなんてことを!!」
ウスマール公爵が手を振り上げて立ち上がった。私は呆然としてしまって何も出来ない。公爵夫人はジェイクの頭に覆いかぶさる。ここまでが一瞬の内に起こった。
「ウスマール!!!! 不敬だぞ!!!」
シャール兄様の声とは思えないほどの大声に喉がヒクッと引きつる。
そして、公爵の顔が青ざめたと同時に私の泣き声が響き渡った。
「うわーーーーーーーーーーーん!!!!」
そうして波乱の面会日は私の泣き声とともにお開きになったのだった。

「ナイスタイミングだったな」
メイドさん達に抱っこされて部屋に帰る途中隣のあいつがボソリと呟く。
「いや、あれはわざとじゃなくて‥‥びっくりしてなんか感情が引っ張られちゃっただけ」
「わかってるけど、あれで何だかあの場は収まったからな。まぁ、まだまだわからないことが多いけど少しだけこの家族の関係性がわかったな」
私はコクコクとと頷いた。しかし、あの公爵ってやつ!! あれ絶対いつも殴ってるわ!
「お前、あんな家に嫁に行っていいのか?」
「嫌に決まってる!! あの公爵は陛下よりも最低!!」
「だよなー。あれ絶対虐待してるぜ」
「うんうん、わたしもそう思ったわ」
そして、私はあの子のことを考えた。
「あのジェイクって子が可哀想だわ。何とかならないかな?」
「はぁ、そういうお人好しは治らないのか?」
「だってさ。絶対に殴られてるよ」
「……少し考えてみる」
「流石天才!!」
そうして私達は部屋に戻ったのだった。
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