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新しい家族

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「ユーデット姫様、こちらでございますよ」
最近の収穫は自分の名前がわかったこと。私はユーデットという名前らしい。そして、憎たらしいあいつはユアンという。この双子だから似たような名前をつけるのも、やめてほしい。こんなところは前世と同じだ。前世の名前も由美と由輝だった。
そして、今私は記念すべき第一歩を刻もうとしている。
「姫様ー。頑張ってくださいませー」
フラフラと立っている私を囲んで沢山のメイドさん達が声援を送ってくれる。私はバランスの悪い体をゆすると片足を持ち上げた。
「姫様ーー」
そして、その足を少しだけ前に……
「ああああぁ」
ステン
上げた足を柔らかなカーペットに下ろす前にバランスを崩してしまった。頭が重すぎるのだ。
どうにも上手く歩けない。あいつはもう何週間も前に歩いているっていうのに!!
「う、う、うわーん」
「はいはい。姫様、大丈夫ですか? 大丈夫ですよー。直ぐに歩けますからねー」
悔しくて泣き声を上げると直ぐに抱き起こされ、そのまま優しく抱っこされる。
もういい年だけど最近今の体の年齢に精神が引っ張られている感じがする。もう開き直って泣きたくなったら泣いている。それが精神衛生上スッキリするからだ。
しかも、ここのメイドさん達は、皆とても優しい。
泣けば直ぐに抱っこされるし、何か出来る様になる度に拍手喝采だ。
だからこそ、今日こそは歩きたかった。無念。
「まだ歩けないのか? 本当にお前は鈍臭いな」
少し離れたところから、車のおもちゃを持ってスタスタと歩いてくるのは憎っくきあいつ、ユアンだ。
「ふん。うるさいわね。弟なんだから黙ってなさいよ!! 少しぐらい自分が早く出来たからって威張らないで頂戴!」
相変わらず私達の会話は日本語だ。そして日本語はメイドさん達には赤ちゃん語として認識されている。私達が会話していると「可愛いー」という声が上がる。
「はいはい。悔しかったら歩いてみせな!」
私が悔しがっているとニヤリと笑うあいつの憎たらしいことこの上ない。でも、これで本当にこの国の言葉が話せるようになったらどうなるんだろ。大きくなっても二人で会話する時にも日本語を赤ちゃん語だと思われたら嫌だなぁ。
「あらあら、ユアン王子様、お姉様のご心配ですか? 大丈夫ですよぉ。ユーデット姫様はお怪我はありませんからねぇ」
ヨチヨチと近づいて来たあいつをもう一人のメイドさんが抱っこして直ぐそばに連れてきた。
ここのメイドさん達は優秀だが何故か私達は仲の良い双子だと思われている。
お互いに、顔を寄せるほど近づけられたが、私達はふんっとそっぽを向いた。
「はい。それではお二人ともお昼寝のお時間ですよー」
そう言われて私達はベッドに寝かされた。もちろん直ぐ隣にはあいつがいる。
それでも、この体は体力がないから昼寝と言われれば眠気が訪れて直ぐに夢の中に落ちていく。
「呑気なやつ」
眠りに落ちる寸前、そんなあいつの声を聞いたような気がするが私は睡魔に飲み込まれそうになる。
なんだかその声はいつになく真面目で焦燥感に包まれているように感じる。
「何……言って……るの」
「お前はわかってるのか? 今体に引っ張られると前のことを忘れるぞ」
「え?」
私は眠たい目を擦ってなんとか意識をつなぎとめる。
「お前、前世の両親の顔思い出せるか?」
「そんなの当たり前じゃない。お母さんとお父さんの顔なんて……顔なんて……」
私は懸命にあの優しい両親の顔を思い出そうとしてみた。しかし、出来なかった。なんとなく輪郭はわかるが顔が黒塗りされている感じなのだ。
「あれ? なんで? え? いつから?」
私が両親の顔を思い出せず半泣きになっているとあいつの厳しい声が飛ぶ。
「気をつけろよ。飲み込まれたら全部忘れるぞ」
「そんな……。あんたも忘れちゃったの?」
「え? 親のことか? 元々覚えてねぇよ。何年会ってなかったと思ってるんだよ。それより俺は前世の知識が飛びそうでやばい」
「知識? どんな?」
「お前だってわかるだろう。この世界は明らかに遅れている。言うなれば十八世紀という感じだ。それなら俺の知識が絶対に役に立つ。なのに日々忘れていくんだよ!! あぁ、もう!! これはまじでやばいぞ」
いつになく真剣に危機感を語るあいつに眠気も吹っ飛んだ。
「ねぇ。どうすればいいと思う?」
「もう少し大きければ書き留めて置けるんだがな。それまでどれだけ覚えていられるか」
「そっか。そうだね。それならこれから毎日一緒に話して忘れないようにしない?」
「は?」
「ほら話せば忘れないっていうじゃない? 私は自分の思い出を、あんたはその大事な知識を話したらいいじゃない。二人で覚えていれば、どちらかが忘れても安心でしょ」
「……わかったよ。でも、お前の頭に俺の知識が入るのかが問題だけどな」
「これでもあんたがいなくなってからは成績優秀だったのよ。比べる相手が悪かっただけだったの」
「ああ、そうだったな。大学だって合格したんだったな」
「そうよ。誰もが羨む国立大学よ! じゃあお互いに絶対忘れたくないことまとめようね」
私はそう言うと大きなあくびをした。
「ふああぁ。じゃあお昼寝するね」
「え? なんだと?」
「だって、私は寝ている夢の中が一番思い出すんだもの。寝起きの記憶が多分最高」
あいつは呆れたようにうなずいた。
「わかったよ。昼寝が終わったらお互いに話すことを確認するぞ」
「はーい」
そうして私はやっと眠りについた。
夢の中で私は両親の顔を思い出した。でも起きると忘れてしまう。同じように友人の顔も日に日に消える。友人とのエピソードをあいつと共有するが、肝心の誰ががどんどんわからなくなってしまった。
そして、あいつの知識も心もとない。初めは三十個の最重要知識といて話していたのにどんどんわからなくなり、最近は五つだけだ。
一番大切なのは医学の知識だ。あいつは大学で医学を専攻していたから。なんでも前世で中世に流行って今はもう撲滅した病気がいくつもあって、その治し方は絶対に忘れたくないらしい。
あとはなぜか雪だるまの作り方。なんでそんな知識というかそんなもの必要なのかもわからないけど。前世風の雪だるまの形を絶対に忘れたくないらしい。
ただ、幸いなことに私とあいつのことは忘れていない。前世の関係や出来事も含めてお互いにとっての知識は忘れないらしい。きっと目の前で毎日アップデートされているのがいいのかもしれない。
そうして私達綱渡りのような赤ちゃん期をなんとか過ごしたのだった。
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