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フルールの自覚

21.町歩き2

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「今日はとっても楽しかったわね」
帰りの馬車で、満足そうに呟いたアレクサンドラ様は本当に嬉しそうだった。
私はほっと旨を撫で下ろす。
私の心にも先程感じたような嫉妬心は今はなさそうだ。
「よかったです! 楽しんで頂けましたか?」
アレクサンドラ様はキラキラした瞳で答えた。
「もちろんよ! メロンパンは絶品だったわ。今度家の料理長に買ってきてもらうわ」
その言葉にマルセルくんが呆れたように突っ込みをいれる。
「ねえさん、それ料理長に言ったら怒られますよ。きっと自分でメロンパンを作ることになるだろうなぁ」
そんな二人を横目に殿下は一人頷きながら呟いた。
「僕にはメロンパンはすこし甘すぎたな。それよりも広場の屋台で食べたポテトフライの方が好きだ」
その言葉にマルセルくんと話していたアレクサンドラ様がキッとなって言い返す。
「殿下はちゃんとエドガーの毒見をお待ちくださいな。エドガーよりもはやく食べてしまわれたから彼は泣きそうでしてよ」
「そんなこと言われても、あの状況で僕にだけ毒を盛るほうが難しいだろう」
負けじと殿下もいうといういつもの流れに私も思わず笑顔になった。
するとアレクサンドラ様がふと思い出したように聞いてくる。
「フルールさんはお友達とお会いになったのよね?」
「はい、平民の学校に通っていた頃の知り合いです」
「それにしては年上だったよね」
マルセルくんが心配そうに私を見つめる。
「ああ、それはあの方は先生だったんです」
「ああ、そうなんだ」
納得顔のマルセルくんに被せるようにアレクサンドラ様が立ち上がる。
「なんですってーーーー!」
「おい! 危ないぞ!」
殿下が慌ててアレクサンドラ様を席つかせるがアレクサンドラ様は私の肩を掴んでユッサユッサと揺らした。
「フルールさん、今先生と仰って? その方はどんな方なのです?」
「アレクサンドラ様、どうしたんですか?」
揺れる視界で聞き返す。
「姉さん、それじゃあ話せない」
マルセルくんが慌ててアレクサンドラ様を止めた。
「あっ、そうね。ごめんなさい」
アレクサンドラ様は手を離すと今度は姿勢を正して聞き直してきた。
「改めてお尋ねしますわ。フルール様がお会いになったのは先生ですの?」
「はい。平民の学校の先生です。とっても優しくて良い先生なんですよ」
私が手を前に組んで答える。
「その先生は男性ですの?」
「はい」
「失礼ですがどの様なご容姿ですか?」
「見た目ですか? えっとちょっと珍しい紺色の髪に青い瞳です」
私は不思議に思いながらも先生の特徴を答える。
「いーーーたーーーーー!」
突然叫んだアレクサンドラ様に周りがビックリして注目する。
「姉さん!!」
「アレクサンドラ!! どうした!?」
「一体どうしたんですか?」
私もびっくりして聞き返す。
「フルールさん、もうその先生き近づいてはいけませんわ! その方は良くない方ですの!」
「え? どうして?」
「どうしてもですの! もう絶対に会わないでください!!」
私は一方的に言うアレクサンドラ様にムッとする。
初めてだ。
「その方はフルールさんを拉致監禁しますのよ!!」
「おい! 何を言っているんだ! アレクサンドラ」
流石の殿下も止めに入る。
「それはちょっと乱暴です! 姉さん。僕も見ましたけど、そんな変な奴には見えませんでしたよ」
「それでも、ゲームでは……」
パンッ
私は痛みの走った手を呆然と見つめる。
(叩いてしまった。アレクサンドラ様を叩いてしまった)
それでも引き下がれない。
「勝手なことを言わないで下さい! 先生はいつも私のことを心配してくれる優しい先生なんです!!! 会ったこともないアレクサンドラ様に何がわかるんですか!!」
ガタン
丁度その時馬車が公爵家に到着した。
「お降りになって下さい。失礼します」
私はドアを内側から叩くと外から御者がドアを開けた。
「そんな、待って、フルールさん。本当なのよ。話を聞いて頂戴!!」
「さようなら」
アレクサンドラ様の方は見ずに私は頭を下げた。
悔しかった。何故当然そんなことを言われなければならないのかがわからなかった。
「フルールさん……」
「ほら、アレクサンドラ。今は降りよう」
「そうですよ。フルール、姉さんが本当に失礼しました。申し訳ありません」
アレクサンドラ様は殿下とマルセルくんに引っ張られる様に馬車から降りた。
私はドアが閉まるまで顔を上げなかった。
「フルール、申し訳なかった。……出してくれ」
殿下の声と共に馬車がゆっくりと走り出す。私はやっと顔を上げると後ろの窓から顔を覗かせる。
「アレクサンドラ様……どうして……」
私には何故アレクサンドラ様があんなことを言い出したのかがわからなかった。ご自身はあまり身分による差別をする方ではない。それは私がよくわかっている。それなのに会ったこともない先生をまるで犯罪者か何かの様に言うなんて……。
(先生はそんな人じゃない!)

その時の私はまた同じ間違いを犯していたことに気付いていなかった。
私が過ごした時間と同じだけの時間を先生も過ごしているということを。
私が貴族として過ごす様になった変化の時が先生にも訪れていたことを。
そして、先生が私と再会したことがこれからの事件の引き金となったことを私は気付いていなかったのだった。
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