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フルールの自覚

18.特訓

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「ほら、フルールさん、もっと上から目線ですわ」
「こうですか?」
「ああ、それでは少し意地悪な感じになってしまうわ。もう少し優しくいきましょう。その方がフルールさんにはお似合いだわ」
「えっと、じゃあ、こうですか?」
「ええ! とっても可愛らしくてよ」
私はアレクサンドラ様から日々令嬢としての立ち振る舞いを教えてもらっていた。ただの姿勢や目線だけなのだが、姿勢が変わると歩き方も変わる。視線を変えると見える世界が変わる。
目から鱗とはよく言ったものだ。
「おい、アレクサンドラ。お前が攻略してどうする……」
殿下が特訓中の私達を見てポツリと呟いた。
攻略?
「フルールさん、気になさらないで。わたくしの小姑がうるさいだけですわ」
「誰が小姑だ!」
「殿下のその態度ですわよ! わたくしはフルールさんの恋の準備をしておりますの! 静かに見守っていられないのでしたら王宮に帰られたらいかが?」
「あ、いや、お前を送らねば……」
殿下がゴニョゴニョ言っているのを聞いてほんわかとした気持ちになる。
殿下がアレクサンドラ様を見る視線は甘い。本人もアレクサンドラ様も気付いていないのかもしれないが、最近アレクサンドラ様の側で殿下を見ていると凄く感じるのだ。
確かにアレクサンドラ様が言う通り小姑のように口を挟むが私から見るとアレクサンドラ様に相手してもらえずに拗ねているようにしか見えない。
ふふふっと笑顔になる。
「あら? フルールさん、今の笑顔は素敵ですわ。その笑顔が有れば殿方はイチコロですわ」
「はい」
アレクサンドラ様も不思議な方だった。生粋のお嬢さまかと思えば先程のように砕けた言葉を使い、世情にも詳しい。私が平民時代のことを話すとすこし懐かしそうなお顔をされる。
特にパン屋さんのことを話した時なんて「メロンパンはありますの?!」と顔を寄せて聞いてきた。
そして、最後は「推しも捨てがたいですが、平民落ちもいいかもしれない」と言って考え込むのだ。
それなのに生徒会室から出ると令嬢オーラが凄い。少し怖いくらいだ。なんとなくみんなも遠巻きにみるようだ。
私はアレクサンドラ様こそ、少し笑顔になればいいのにと思うようになっていた。
そうすればきっとみんながアレクサンドラ様を好きになる。
(あれ? そうしたくない殿下の差し金だったりして?)
私は自分の考えを打ち消して、アレクサンドラ様と殿下の言い合いを生温かい視線で見守った。
「フルール? 大丈夫かい?」
横からマルセルくんが心配そうに、声をかけてきた。
「はい」
「ほら、姉さんは変わっているだろう? 確かに令嬢としてのスキルは完璧だけど中身がああだからね。僕はいつも中身がバレないかハラハラしてるよ」
「マルセル様がですか?」
「僕のこの15年は姉さんのフォローのためにあったと言っても過言ではないよ。殿下もだけど」
「えっと、お疲れ様です……」
「あんなに悪役顔なのにね。信じやすく、素直なんだ。騙されやすそうで心配だよ。フルールも気をつけてね」
「え?」
「姉さんを裏切らないように!」
そう言ったマルセルくんの瞳はゾッとするほど真剣だった。いつもの優しげ美形が裸足で逃げ出す。
「も、もちろんです!」
「君には期待してるんだ。姉さんはあんな感じだから同性の友人がいなくてね。たぶんフルールが初めてなんじゃないかな?」
私はアレクサンドラ様の初めての友人候補らしい。その責任に涙が出そうだ。
「あら? マルセル、抜け駆けは良くないわ」
私とマルセルくんがコソコソ話しているとアレクサンドラ様が振り向いて腰に手を当ててプンスカしている。
「そんなんじゃないですよ。姉さんの教え方がわからないじゃないかと思って。ほら、フルールが姉さんみたいな怖い令嬢になったら大変だからね」
マルセルくんはあっという間にいつもの優しげ美形に戻るとにっこりと微笑む。
「まぁ、失礼ね! わたくしはフルールさんに合った仕草を教えているわ。ねぇ、フルールさん?」
「はい! もちろんです!」
マルセルくんの話を聞いたあとだと殿下の視線も痛く感じる。もしかすると殿下も私がアレクサンドラ様に害意がないのかをチェックしているのかもしれない。
ブルッと震えが走ったが私は根性でにっこりと笑う。
心なしかマルセルくんと殿下が頷いていたような….…
「アレクサンドラ様、あのお茶会での話題なのですが……」
私は二人の視線は無視してアレクサンドラ様に質問を繰り返した。
なんだかアレクサンドラ様だけが心の癒しな気がしてきた。
抱きつきたいレベルだ。
アレクサンドラ様は私の質問にいちいち丁寧に返してくれる。
私は今までアレクサンドラ様に同性のお友達がいない理由がはっきりとわかった。
あの二人のチェックをクリアしないといけないのだ。しかも、かなりの確率で落とされてきたのだろう。
はぁっとため息を吐きたいのはグッと我慢した。
そして、アレクサンドラ様に憐憫の気持ちを抱いたことは心の奥底に仕舞い込んだのだった。
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