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第1章 悪役令嬢の帰還

1、わたくし、戻って参りました

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「久しぶりの祖国ね。」

クローディアは馬車からの景色を見ながら懐かしさと新しさの両方を感じて王都キエザの街並みを楽しんでいた。およそ十年ぶりの祖国に知らず知らずに胸が沸き立っていた。祖国を去ったのが十八歳の時だったのが今はもう二十八歳という時の流れを似て非なる街並みから感じていた。
クローディアを乗せた豪奢な馬車はそのまま街の目抜き通りを進み王宮に繋がる跳ね橋を通り大きな門の前で停止した。

「王太子様をお連れした。門を開けよ!」

御者の言葉に門番は慌てたように大きな門を開けて通る馬車に頭を下げていた。
クローディアはその態度に込み上げてくる笑いを抑えきれずふふふっと笑みを深めた。

「やっとだわ。やっとわたくしの時代がやってきたわ!!」

クローディアは元々現王であるローレンスの婚約者だった。しかし、ある事件が起こり、祖国を追われ、遠く離れた親戚の国に世話になっていた。しかし、それはクローディアにとっては起こるべくして起こった事だった。
何度かローレンスから王位継承権を放棄する様に言われていたがそれだけは断固として断っていた。
そして、これからクローディアが待ちに待った時代がやって来るのだ。この十年悔しさを胸に時間を一瞬たりとも無駄にしなかった自信がある。
政治、経済のみならず金融や投資についても幅広く習得した。
その自信を胸にクローディアは祖国に王太子として帰還したのだった。

ガタン

「王太子クローディア様がご到着になられました!!」

御者台に乗っていたクローディアの側近バーナードの声が響く。そしてその後直ぐに馬車のドアが開かれた。
クローディアが手を差し出すとサッとバーナードがその手を取って馬車から降りるのを手伝った。

カツン

クローディアのピンヒールが軽快な音を立てて地面に降り立つと誰もいないエントランスにその音だけが響き渡った。

「これは、予想通りというか何というか、、、。わかってはいたけれど、もう少しひねりのある出迎えを期待してしまったわ。」

仮にも王太子の到着に誰もいない事はあってはならないのだが、クローディアが十年前に祖国を去った事件を考えるとそれも仕方がないと思われた。クローディアはその豊かな黒髪をバサリと手で書き上げると呆れたようにバーナードに指示を出した。

「バーナード、悪いけど、わたくしの部屋の場所の確認と侍女を二、三人連れてきて頂戴。」

「はっ!クローディア様はどうされますか?」

「わたくし?わたくしは懐かしい顔を見つけて挨拶でもしているわ。クリフ、ついてきて頂戴。」

クローディアがそういうと御者台にいたもう一人の男がクローディアの後ろに降り立った。

「はい、お嬢様。」

クリフの言葉にクローディアは苦笑を漏らして訂正する。

「クリフ、わたくしはもう28よ。お嬢様という年ではないわ。」

「申し訳ありません。ここに来ますとつい十年前に戻ってしまいました。」

クリフは姿勢を正してビシッと頭を下げた。
「まぁ、いいわ。確かにここは空気が淀んでいるもの。さぁ、わたくし達の復讐を始めましょう!!」

そう言って微笑んだクローディアは壮絶な程美しかった。


元々このアッカルド王国は平和で事件など起こりようもない国だった。
それが十年前に何処からともなく現れた一人の少女によって混乱の渦に飲み込まれてしまった。その少女はサオリと名乗り、ここでは無い世界からやってきたと言ってこの王宮に乗り込んで来たのだ。
当時の王ヒューバートはその不思議な少女を王宮で保護する事にしたのだった。
何故なら少女が着ていた服や持ち物が見たことのない素材で出来ており怪しさばかりが目立っていたからだ。
その少女サオリはその後様々な知識を披露してこの国の貴族をドンドン取り込んでいった。サオリは予言者の如く、山にある鉱脈をピタリと言い当てたり、隣国の侵攻を言い当てたりしたため、有力者であればあるほど心酔していった。
国の有力者達のサオリ争奪戦が始まったのだ。各家の当主は自分の息子にサオリと婚約するようにけしかけて何とか家に取り込む算段をとっていた。そうしてサオリが来て半年もするとサオリのまわりには国の中枢を担うような家の息子が纏わりつくという状況になったのだ。
そうなるとヒューバート王も見て見ぬ振りは出来なくなった。
何と当時クローディアと婚約していた王太子ローレンスにサオリ争奪戦への参戦を命じてきたのだった。クローディアと良好な関係を築いていたローレンスは、もちろん最初は反発したが結局は父である王には逆らえずサオリを愛妾にすべく行動を起こしたのだった。
その時のクローディアは国で一番不幸な少女だったに違いない。
目の前で自分の婚約者がポッと出の素性もはっきりしない女に媚びを売り、口説くのを容認しなければならなかったのだから。
それでも、初めのうちはローレンスはクローディアに謝り、愛しているのはクローディアだけだ。国の混乱を防ぐために仕方なく口説いているのだと言い聞かせてくれた。しかし、それもだんだん無くなり、クローディアに話しかける事も無くなり、その内にクローディアが二人の愛を邪魔していると言い出したのだ。
クローディアは絶望した。
優しかった王も婚約者もクローディアがいるからサオリと結婚出来ないと婚約解消もしくはサオリを王妃にしてクローディアを愛妾にとまで言い始めた。
これにはクローディアの父で王弟でもあったクレイグ・フィールディング公爵も激怒したのだった。
もうこの婚約は解消して国を出ようと話していた矢先その事件は起こった。
今でも有名な婚約破棄事件だ。
あろうことかローレンスとサオリはクローディアの誕生パーティーに二人で乗り込んで来てその場でクローディアを罵り、有るはずもない罪をクローディアに被せて婚約を破棄してきたのだ。
フィールディング公爵は訂正と謝罪を要求しようとしたが、何故かクローディアがそれに強く反対し、公爵一家は国を捨て遠い親戚のいる国に移り住んだのだった。
これがこの国始まって以来のスキャンダルで最大の事件となった。
そしてそれはクローディアにはとっては周知の事実だった。
自分達が国を去る事も今日この日に戻る事も全てわかっていたのだ。
そして、クローディアにはこれからの事も全てが頭に入っている。
この国で起こる混乱も、天災も、人災も全てを知っている。
だからこそ、国を去ったし、十年を経て戻ってきたのだ。
そう全ては復讐の為に!!

心に誓った復讐を思いクローディアはその舞台となる王宮を見上げた。
自分を裏切ってサオリと結婚したローレンスもクローディアから婚約者を奪ったサオリもクローディアを蔑ろにした貴族も許しはしない。
その姿は美しく誰もがひれ伏したくなるような気品に満ちていたのだがその場には護衛のクリフがクローディアの背後に立っているだけだった。
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