上 下
79 / 108
仮題:脱出、超芸術トマソン館

09

しおりを挟む
        

 残り1時間。アタシは、居ても立っても居られず、何度となく館の中をウロウロとするのでした。実は、扉を開けた先の壁にスイッチが隠されていて……それを押したら、また別の扉の裏の壁に隠し通路が現れるんじゃないかとか。壁に設置されていた【無用消火栓】……あの中に火事などで使う避難用の布のすべり台があって、それを【高所】扉から使うのではないかとか。そんな事を考えては、その場所を調べるのです。

 その結果、扉の先にスイッチは隠されてはいませんでしたし……【無用消火栓】は手摺りのせいで開きません。

 そうこうしている間にも時間は刻々と過ぎていくのです。これは……もう一度、例のエスカレーターを上らないといけないのかもしれません。あの時は頭に血が登ってしまい、踊り場の探索を怠っていましたからね。もう一度、あそこに行かないといけないかと思うと、気が重くなりそうです。

「あ」

 そういえば……スイッチではないけど、何か【押す】ものがあったような気がしますね。しかも、その情報ってコムさんに伝えていませんでした。これはエスカレーターよりも可能性が高い気がしてきますね。そんな訳で、アタシはコムさんを探しに館を歩き回るのでした。

 目的のコムさんは一階の広間にいました。彼はそこで悠長に壁の看板を眺めては笑いを堪えています。緊張感のない人ですね。残り時間は減っていってるんですよ。まったく、何を見ているんだか……

【さ ら り】

 コムさんが見ていた看板には、そう書かれています。ん……これの元ネタは何なんでしょうか。ちょっと思いつかないですね。

「これは……傑作だよね。文字が消えた跡のバランスといい、残された文字といい……素晴らしいと思わない?」

 コムさんは半笑いのまま、アタシに共感を求めてくるのですが……元ネタがわからない以上は同意しかねますよね。

「あれ? おゆきさん、これ……わからないの?」

 半笑いのまま、そう言われた言葉は煽りにしか聞こえませんでした。ちょっと待ってくださいね、考えますから……えっと、サラリーマン?

 いや……スペースの関係上、後ろに言葉がつくことはあり得ません。ならば……

「あ……【さわらつり】だ。釣りですね。しかも、そのさわらの味は【さらり】としているんでしょうね。美味しそう」

 適当に思いついた答えを言ってみました。でも、思った以上にそれっぽい解答ではないのでしょうか。これは……自信があります!

「……ぷ……」

 コムさんからは、耐えきれなかった笑いが漏れました。さっきから煽ってきますね、この人。じゃあ、いったい何が正解だと言うんですか。アタシは不満そうな表情をもって、返答とします。すると……

「……さくら祭りだよ」

 と、いかにも正解な答えが返ってきたのでした。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 あまりにも無駄な時間を過ごしてしまいました。アタシはコムさんを引っ張っると、二階のお手洗いの前まで連れて行きます。さらには中へと引き込もうとしたら、コムさんは抵抗するのでした。

「いやいや、女性用だから……マズイって」

「どうせ、誰もいないから大丈夫ですよ」

 そのままズルズルとコムさんを引きずりこむと、アタシは床の塩化ビニルの蓋を指さして……

「これ、押すって書いてあるんですけど……意味があったりするんでしょうか?」

 と、伝えます。そして、コムさんは指さした蓋を見ると……

「これ……【おすい】の【い】が削り取られてるみたいだね」

 と、返してくれました。

「それで……この蓋を押したら何かあるのかなって、そう思ったんですけど」

「ああ、なるほどね。でも、これって……押したところでなにも起こらないと思うよ」

「いや……さっき、アタシも試しに押してはみたんですが……ひょっとして二人の力で押せば、何とかなったりしないかなって」

 アタシは自分の思いつきをコムさんに伝えたのですが……

「いや……二人で押しても無理だってば。だって、この蓋を開けるには……引くんだよ」

 と、残酷な事実を告げられると……アタシの【押す】ことで脱出方法が現れるのでは、という発想は葬られてしまったのです。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 制限時間まで、時間はどれくらい残っているのでしょうか。アタシの感覚で言えば……およそ十分程度しか残されていないでしょう。

 しかし、それにしても……なぜ、コムさんはこんなにも平然としているのでしょう? いや、笑ってばかりなのを平然とのが適切なのかはわかりませんが……制限時間、さらには爆発に対しての緊張感があまりにも欠けて見えてしまいます。

「コムさんも真面目に考えてくださいよ。残り時間は僅かなんですから……」

 アタシの口から、愚痴が漏れてしまいました。たまにはいいですよね。だって、コムさんも笑いを漏らしてばかりだったんですから。

「ん? 僕も、おゆきさんと同じで【押す】が正解だと思うよ」

 いやいや……さっきトイレで【押す】の案を、あっさりと否定したじゃないですか。ここに来てアタシの案に乗っかるのはズルいですって。

「じゃあ……一緒に押してみます?」

「いいよ。でも……一緒に押さなくても大丈夫なんじゃないかな」

 コムさんはそう言うと……トイレを通り越して廊下の突き当りの【高所】扉へと向かっていきました。あれ? いったい何を押すんでしょう?

「おゆきさんはあっちの突き当りの方の扉を開けてきてくれる? 開けたら、そのままでいいから」

 コムさんの声が肩越しに飛んできました。えっと……アタシは逆方向の扉を開けて来ればいいのかな? ひとまずは、その指示に従ってコムさんとは真逆の方向へと駆け出しました。

 こちらの【高所】扉の隣には【ET 専用】の看板が取り付けられています。アタシは、看板を一瞥すると扉を開けました。今回も館の外からは新鮮な空気が流れ込んできます。そして、その扉を開けっ放しにしたまま……アタシは着た道を戻るのでした。

 コムさんも【高所】扉を開けっ放しにしたまま、廊下を戻ってきましたので……アタシ達は廊下の中程、一階への階段前で合流しました。ちなみに、そこで平安名さんも合流しています。

「じゃ……押しに行こうか」

 コムさんは我々を引き連れるようにして、階段を下っていきます。何処へ向かうのでしょう。アタシは、ただ着いていくことしかできません。

 コムさんは一階の広間を抜け、玄関まで行くと……その扉の前でようやく足を止めました。この扉は……アタシ達が入館そうそうに大きな音を立てて閉まると、押しても引いても開かなかった扉ですね。

「おゆきさん……押してみてよ」

 コムさんがそう言います。でも……これ、さっきはまったく開かなかったんですよ。アタシは半信半疑のまま扉を押しました。扉は開きません。でも……あれ? あの時とは手応えが違っている気がします。

「さっきよりも……軽くは感じます」

「でしょ。じゃ……変わってくれる?」

 アタシは扉の前の位置を譲りました。そしてコムさんは扉を押します。すると扉は……ゆっくりと開いていくのでした。そのまま扉を完全に開ききったコムさんは……【無用橋】の方へと歩みを進めます。アタシと平安名さんはそれに続きました。

 少し急ぎ足で館から離れた……その瞬間。

 背後から大きな音が周囲一帯に響きました。アタシは振り返ると、館は豪快に爆発しています。そして……炎を上げ始めたのでした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

少年の嵐!

かざぐるま
ミステリー
小6になった春に父を失った内気な少年、信夫(のぶお)の物語りです。イラスト小説の挿絵で物語を進めていきます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪い冗談

鷲野ユキ
ミステリー
「いい加減目を覚ませ。お前だってわかってるんだろう?」

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

わたしはいない

白川 朔
ミステリー
少女(白井めぐり)と誘拐犯の日々。 あなたはなぜ少女を誘拐したのか。誘拐から始まった2人の歪な関係。 少女が出会う孤独と優しさ。

どうかしてるから童話かして。

アビト
ミステリー
童話チックミステリー。平凡高校生主人公×謎多き高校生が織りなす物語。 ____ おかしいんだ。 可笑しいんだよ。 いや、犯しくて、お菓子食って、自ら冒したんだよ。 _____ 日常生活が退屈で、退屈で仕方ない僕は、普通の高校生。 今まで、大体のことは何事もなく生きてきた。 ドラマやアニメに出てくるような波乱万丈な人生ではない。 普通。 今もこれからも、普通に生きて、何事もなく終わると信じていた。 僕のクラスメイトが失踪するまでは。

処理中です...