現代の吉原の花魁(男)。

ユウガ三

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一夜目。

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  ″現代の男版吉原遊廓″…ーーー。
それは、吉原をコンセプトにしている、今 巷ではちょっとした話題となっている店だ。

  

  

  その店に 若い女がふらりと立ち寄る。
彼女も他の女性たちと同じく、噂を耳にした一人である。

  

    賑やかな夜の街から少し離れた場所に、その店はある。

  店の外観は ショッピングモールほどの 大きな和風の木造建築で、入り口は一カ所だけ。
その入り口には 警備の為か 大男が二人。
  厳重な警備、そして 目の前にどっかりと構える大きな城…そのあまりの迫力に怖気づきながらも 女は、思いきって その一歩を踏み出した。



  建物の中は やんわりとした照明が夜を連想させ、ふわりと香のかをりが漂う。
和楽器の演奏や…女性たちの愉しげな声…その全てが華やかで妖艶な雰囲気を醸し出している…。
  
  先が見えない程 真っ直ぐ続く大通りと、 その周りに植えられた草花や木々、さらさらと流れる小川…まるで ここが屋内…いや、現代とは思えない。
  とても美しい。
  驚きと感動で鳥肌が立った。

  建物の中は、まさに別世界…ー。




  女は、その慣れない雰囲気に戸惑いながらも今夜 時間を共にする殿方を指名する…。
ひとつ、隅に小さく書かれた名前に目がとまる…他の殿方は華やかに着飾った姿の写真が添えられているのに、この方だけが何故か名前だけ………。

何故だろう…?
女は、その名前に強く心を惹かれた。


「……金魚さん。」
 女が、その名を口にすると彼女の前に立っていた店の男性が少々気まずそうに口を開く…。

「……違う殿方を選んだ方が…この方は、その…。」

「何故ですか?」
 そんな事を言われたら、余計に意地を張ってしまう。

「この…殿方は、少々…その…キズ…モノでして………。」

  その男の言葉を不快に感じた女は、男を鋭い目つきで威嚇し「金魚さん。」この殿方をと強く訴えた。
  
  すると男は小さくため息を吐き「………では、こちらへ…。」と彼女を二階の奥の座敷へと案内した。



  案内された座敷へ入ると…ーーー。

「…わたしに…お客様ですか?」
 窓際で煙管を吹かし、伏し目がちにこちらを振り返るその殿方の姿に彼女は驚いた。

  長く伸ばした綺麗な黒髪を後ろの高い位置で束ね、口元にある小さな ほくろ、白いうなじ、切れ長で伏し目がちな目…それらは男性とは思えない程の色気を放つ。
その美しく妖艶な姿に 彼女は目が離せなくなった。

「お名前は何というのですか?」
男の透き通るような その綺麗な声に ドキっとする。

「…の、のぞみです…″希望″と書いて…希望(のぞみ)です。」

「希望で、のぞみ…素敵な名だね。わたしは金魚といいます。今宵は、この金魚を指名していただき ありがとうございます。」
   そう言って軽くお辞儀をし、こちらに微笑む彼は月明かりに照らされ、より一層美しかった。

「…希望さんは、何故わたしを?」
 見惚れていると、彼が再び口を開いた。

「その…どうしてか、とても惹かれたんです。金魚さんて綺麗な名前だし……でも…」

「やめときな、って言われた?」

「えっ…は、はい。でも、どうして…? それに他の殿方は皆さん名前も花の名だし、写真も添えられているのに…金魚さんは…」

「わたしは…キズモノだからね。仕方ないんだよ。」
 さっきの男も言ったその言葉……。

「キズモノ…って…?」

「…わたしの目には光が差さないのです。」

「光が差さない、って……じゃあ………」
 ″目が見えない″という事…?
それを語る彼の表情は変わらなかった。
  だが、なんとなく聞き手の反応を伺っているように思える…。

「はい。…わたしには″見る″という事が出来ません。」
 彼女は驚きを隠せなかった…。
全くそのようには見えなかったのだ。
  
  まさか それが理由で″キズモノ″などと呼ばれ、お客が去ってしまうだなんて…。
だから彼は反応を伺うようにして語っていたのか…。
  彼女の心が じわりと痛む。


「…それでも、わたしで宜しいのですか?」
 その彼の表情は、とても切なかった…。

「金魚さん。今宵、私は あなた会いに来ました。」

 触れれば消えてしまいそうな…美しく繊細な この殿方。

「…ありがとう、ございます…。」
 そう言って満足気に 彼は微笑んだ。
  
彼の微笑む顔は、どこか儚げで 切ない…。


  窓から差し込む月明かりと夜風が 心地良く頬を撫で、とても穏やかな気持ちになる。

 少し離れたところに座っていた彼が すっと立ち上がり、部屋の隅にある灯に火をともした…。
  
「…慣れた場所でなら自由に歩き回ることができるんです。…部屋 暗かったですよね?」
 
申し訳ありません、と言いながら 彼はまた 元の場所に座る。

「ううん、今夜は晴れていて月が明るかったし…それに私 寝るときは明かりを全て消してしまうので、むしろ夜は暗い方が落ち着くんです。」

「そうなんですね。わたしも、夜は灯をつけず、月の明かりを感じるのが好きなんです。」

「…明かりを、感じる?」
 彼にとって それが″見る″に代わるものなのだろうか……?

「はい。本当に ぼんやりなんですが、右目は多少の光なら感じることができるんですよ。」
 彼は少し自慢気に、そして 嬉しそうに語ってくれた。

「そうなんだ… 左目は、右目のように光を感じることはできないの?」

「左目は、生まれつきだったので…見ることも、感じることもできません。…でも 右目は、生まれたときは まだ見えていたんです。」

 彼の話によると、左目は生まれた時には既に失明しており 右目は まだ見えていたそうだ。
だが その右目も、病により次第に見えなくなっていったという…。

 「わたしの目には…もう、美しい景色や大切な人の顔すらも映すことはできないけれど、だからこそ…色々気付けたこともあるんです…。だから、わたしは あまり自分が不幸だとか…思ったことはありません。」
 
 彼の 真っ直ぐに月を見つめるその瞳は 揺らぐ事無く…そして、その横顔はとても凛々しく美しいものだった。
 
 彼のその言葉と横顔を目に焼き付け、
私も 彼の見つめる月を一緒に眺めた………。

  その後も 二人は 他愛もない会話を楽しみ、気が付けば あっという間に時間が去っていった…。




  

  

  …ーーー気がつくと、どうやら私は あのまま眠ってしまったらしい。

  起き上がろうとした時、肩からスルリと着物の上衣が落ちた。眠ってしまった私に彼が掛けてくれたのだろう…。

 その音に気付いたのか、彼の視線が微かにこちらへ向く。

  吉原の入り口で荷物を預けてしまった為、時間の確認はできないが 私が居眠りをしている間に結構な時間が経ってしまっているはず…ーーー。


「…あ、では そろそろ失礼いたしますね。すみません、長く居座ってしまって…。」
 帰りの身支度を整えながら、
ありがとうございました、と肩から落ちた着物を拾い きちんと畳んで 彼に手渡す。 

「……もう、そんな時間かい?」
 手渡した着物をそっと彼は受け取った。

 静かに部屋を後にしようとした時、ついっと裾の方に重みを感じた。
何だろうと 後ろを振り返ると、その袖の重みの正体は…金魚さんの手で……。

「…き、金魚さん?」
 驚いて 思わず声が出てしまう。

「あ、あの…ありがとう。外からのお客様なんて久しぶりだったから…つい…わたしの方が楽しくなってしまって………。」
 俯いていて表情がよく見えない。
だが 話している間も、裾を掴む手は しっかりと握られていて その手がとても愛おしく思えた。

「また、次の週末…ここへ来ても良いですか?」
 彼女は俯く彼と視線を合わせるように、姿勢を低くしながら言う。

 すると彼も 俯いていた顔を上げ「良いのかい?」と小さく答えた。

「私も、まだ 金魚さんと お話したいことがたくさんありますし。」

「うん、ありがとう。楽しみだなぁ…」
 パァっと花が咲いたように嬉しそうな顔をして…全く…この殿方は…。


  何気なかった週末が、これからは特別な日になる。
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