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15.疑い
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初のおでかけから数日、私は所長室へ向かって廊下を進んでいた。用事があって自分から出向くことはあっても、所長室に呼び出されたのはこれが初めての事だった。
部屋の中にいたのは、ギルベルト所長とジェシカさんの二人だった。二人とも見たことがないぐらい困った顔で、机の上にある手紙を見つめていた。
「どうしたんですか?」
暗い空気を気にしながらもゆっくりと机に近づいた私は、そこで一通の手紙を見つけて思わず固まってしまった。手紙の封蝋は、国民なら誰もが知っている王家の紋章だ。
「トリン、落ち着いて聞いて欲しいんじゃが」
「はい」
王家からの手紙を前に、この困った表情。嫌な予感がひしひしとした。
「トリンと同じ魅了スキルを、悪用している者がいるようなんじゃよ」
「この手紙によると、お店から支払いせずに物を奪ったりしたみたいなのよ」
「…魅了スキル…私じゃありません…」
先日、アルフと二人でおでかけをした後だけに、思わずそう言ってしまった。研究所にこもっている時なら、身の潔白は保障されたかもしれないのに。どうしようと考えていると、所長とジェシカさんは揃って苦笑した。
「同じ魅了スキルと言ったじゃろ?最初からトリンを疑ってはおらんよ」
「そうよ、そんなこと、あなたがするわけないもの!」
あっさりと信じてくれたことに、じわじわと嬉しい気持ちが湧いてくる。
「ただいくらわしらがトリンを信じていても、この研究所の外の奴らまで信じてくれるとは限らんじゃろ?」
「はい、それは分かります」
「それでーそのー」
何故か言い淀んだギルベルト所長は、顔色を伺うようにちらりと私を見た。
「怒らないで聞いて欲しいんじゃが…この前のアルフと二人での外出の時にーそのー護衛をつけておったんじゃよ」
「…え?」
申し訳なさそうにしながらも、ギルベルト所長は続けた。
外に慣れていて剣も使えるとはいえ、まだ若いアルフ。防御魔術が使えるとはいえ、外に不慣れなトリン。そんな二人だけで行かせるのは、危険だと思ったのだと。
出掛けることを制限はしたくないが安全には配慮したかった所長は、二人を守れる力のある人に護衛を頼んだ。
それが元魔術師団員のジョー先生と、元騎士のトムさんだったらしい。
え、じゃああの色々お話しながら買い物をしていた所とか、初めての買い食いをしていた所とか、アルフにネックレスを買ってもらった所とか、トムさんお勧めのお店で美味しいと連呼していた所とか、二人でお土産に何を買うか悩みに悩んだ所とか、全部ジョー先生とトムさんに見られてたって事ですか。
全く気づいていなかったけれど、あの浮かれた私を見られていたなんて恥ずかしすぎる。一気に頬に熱が集まった。きっと真っ赤な私に、所長は苦笑を浮かべた。
「ああ、もちろん声が聞こえない程度の距離は保つように言ってあったから、そこは安心して良いからのう」
「真っ赤ねー何があったのか気になるわー」
「やめんか、ジェシカ!若者をからかうでないわ!」
私が落ち着くのを待って、ギルベルト所長は教えてくれた。
魅了スキルと思われる被害を受けた店は私たちが訪れた裏通りの店ではなく、王都の表通りの店ばかりだったそうだ。
「表通りには一切行っていないって二人分の証言付きで提出しておいたから、トリンはもう外の人にも疑われてないわ」
「お二人は私のために、わざわざ証言して下さったんですね」
この場合の証言は、どちらかというと取り調べに近いと思う。以前本で読んだものだと、二人別々の部屋で、証言に矛盾が無いか取り調べられるものだ。
「安心して良いぞ。ただの偶然じゃったが、元魔術師団員と元騎士という肩書も役立ったからのう」
そういった所長は悪い顔で笑った。
「後でお礼を言ってきます」
「うむ。ではわしとあの二人には…その、怒っておらんかの?」
「恥ずかしいですけど、おかげで助かりました」
「ああ、良かったわい」
「はいはい、良かったですね。それでね、ここからが厄介なんだけど」
そうだ。疑いがかかってそれが晴れただけだったら、あんな顔はしない。思わず身構えた私に、ジェシカさんは苦笑しながら続けた。
「あのね、犯人が分かったら証拠集めをするんだけど、その前に騎士の中に耐性持ちがいないか試したいって言うの」
「その申し出を受けるか受けないか、トリンに決めて欲しいんじゃよ」
部屋の中にいたのは、ギルベルト所長とジェシカさんの二人だった。二人とも見たことがないぐらい困った顔で、机の上にある手紙を見つめていた。
「どうしたんですか?」
暗い空気を気にしながらもゆっくりと机に近づいた私は、そこで一通の手紙を見つけて思わず固まってしまった。手紙の封蝋は、国民なら誰もが知っている王家の紋章だ。
「トリン、落ち着いて聞いて欲しいんじゃが」
「はい」
王家からの手紙を前に、この困った表情。嫌な予感がひしひしとした。
「トリンと同じ魅了スキルを、悪用している者がいるようなんじゃよ」
「この手紙によると、お店から支払いせずに物を奪ったりしたみたいなのよ」
「…魅了スキル…私じゃありません…」
先日、アルフと二人でおでかけをした後だけに、思わずそう言ってしまった。研究所にこもっている時なら、身の潔白は保障されたかもしれないのに。どうしようと考えていると、所長とジェシカさんは揃って苦笑した。
「同じ魅了スキルと言ったじゃろ?最初からトリンを疑ってはおらんよ」
「そうよ、そんなこと、あなたがするわけないもの!」
あっさりと信じてくれたことに、じわじわと嬉しい気持ちが湧いてくる。
「ただいくらわしらがトリンを信じていても、この研究所の外の奴らまで信じてくれるとは限らんじゃろ?」
「はい、それは分かります」
「それでーそのー」
何故か言い淀んだギルベルト所長は、顔色を伺うようにちらりと私を見た。
「怒らないで聞いて欲しいんじゃが…この前のアルフと二人での外出の時にーそのー護衛をつけておったんじゃよ」
「…え?」
申し訳なさそうにしながらも、ギルベルト所長は続けた。
外に慣れていて剣も使えるとはいえ、まだ若いアルフ。防御魔術が使えるとはいえ、外に不慣れなトリン。そんな二人だけで行かせるのは、危険だと思ったのだと。
出掛けることを制限はしたくないが安全には配慮したかった所長は、二人を守れる力のある人に護衛を頼んだ。
それが元魔術師団員のジョー先生と、元騎士のトムさんだったらしい。
え、じゃああの色々お話しながら買い物をしていた所とか、初めての買い食いをしていた所とか、アルフにネックレスを買ってもらった所とか、トムさんお勧めのお店で美味しいと連呼していた所とか、二人でお土産に何を買うか悩みに悩んだ所とか、全部ジョー先生とトムさんに見られてたって事ですか。
全く気づいていなかったけれど、あの浮かれた私を見られていたなんて恥ずかしすぎる。一気に頬に熱が集まった。きっと真っ赤な私に、所長は苦笑を浮かべた。
「ああ、もちろん声が聞こえない程度の距離は保つように言ってあったから、そこは安心して良いからのう」
「真っ赤ねー何があったのか気になるわー」
「やめんか、ジェシカ!若者をからかうでないわ!」
私が落ち着くのを待って、ギルベルト所長は教えてくれた。
魅了スキルと思われる被害を受けた店は私たちが訪れた裏通りの店ではなく、王都の表通りの店ばかりだったそうだ。
「表通りには一切行っていないって二人分の証言付きで提出しておいたから、トリンはもう外の人にも疑われてないわ」
「お二人は私のために、わざわざ証言して下さったんですね」
この場合の証言は、どちらかというと取り調べに近いと思う。以前本で読んだものだと、二人別々の部屋で、証言に矛盾が無いか取り調べられるものだ。
「安心して良いぞ。ただの偶然じゃったが、元魔術師団員と元騎士という肩書も役立ったからのう」
そういった所長は悪い顔で笑った。
「後でお礼を言ってきます」
「うむ。ではわしとあの二人には…その、怒っておらんかの?」
「恥ずかしいですけど、おかげで助かりました」
「ああ、良かったわい」
「はいはい、良かったですね。それでね、ここからが厄介なんだけど」
そうだ。疑いがかかってそれが晴れただけだったら、あんな顔はしない。思わず身構えた私に、ジェシカさんは苦笑しながら続けた。
「あのね、犯人が分かったら証拠集めをするんだけど、その前に騎士の中に耐性持ちがいないか試したいって言うの」
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