上 下
3 / 25

3.お願い

しおりを挟む
 家族にお願いをした数日後、私は両親と共にスキル研究機関の前に立っていた。この研究所はかなりの敷地を有しているようで、どこまでも真っ白な壁が続いている。

 受付にいた綺麗な女性に両親が名乗ると、すぐさま立派な応接室へと案内された。

「ここまでは外部の方でも入室できますので、ご安心を」

 そう笑顔で説明してくれた女性は、私たちの前に飲み物を出してから部屋を後にした。暖かいミルクティーが、緊張していた体を温めてくれる。ふうと思わず息が漏れた。

「おまたせしましたな」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、白衣を着た優しそうなお爺さんだった。真っ白な長いひげがすごく似合っている。
 
「お久しぶりですな、グレイス侯爵殿、シャルロッテ様」
「お久しぶりです、ギルベルド老師」
「ご無沙汰しております」

 笑顔で名前を呼ぶお爺さんは、どうやら両親とは顔見知りのようだ。大人達の挨拶が終わるのを静かに待っていると、不意にお爺さんの視線が私に向いた。

「はじめまして、わしが所長のギルベルトじゃ」
「はじめまして、トリン・グレイスです」
「手紙をありがとう」
「こちらこそ、お返事をありがとうございました」

 朗らかに笑ってくれた所長さんは腰を下ろすと、真剣な顔で私たちを見回した。

「早速じゃが、話を聞こうかの」
「私にも何が何だか分からないんですよ」
「トリンが急にスキルがあるかもしれないと言い出したので、連れてきたんですが…」

 困惑した様子の両親をちらりと見てから、所長さんは私を見つめる。

「はい…あの…」
「どんな事が起きるんじゃ?」

 手紙で詳細を知っているからか、所長さんは促すようにそう聞いてくれた。

「私の願い事は何でも叶ってしまうんです」

 両親は目を見開いてこちらを見ていた。その驚き方からして、二人は全く気づいていなかったんだ。

「何でもとは?」

 最初はほんのわがまま程度だった。一緒の食事にお菓子、絵本、虹に練習の見学。その全てが叶った。

 叱られたことが無いと突然気づいたある日、叱られたくてわざと叶いそうにないわがままを口にしてみた。オークションに出ていた大型の水の魔石を、必要もないのに欲しいと言ってみたら、翌日にはそれが目の前にあった。

 そこで初めて、私の願いは全て叶うのではなくて、私の願いを誰も断れないのではないかと気づいた。

 ちょっと試してみようと声をかけたのは、子どもが苦手だという庭師だった。花は咲いている姿が一番美しいと説教をされたとメイドから聞いていたその人に、バラをねだってみた。私の願いは、そこでもあっさりと叶ってしまった。

 極めつけはメイドのアンリが恋人から貰ったという、宝物の指輪だった。

「ほうそれは…」
「アンリはつらそうな顔をしてるのに、その指輪をわたしに渡そうとしたんです」

 あの時のアンリの顔は、出来れば思い出したくない。

「もちろん、指輪はもらわなかったけれど…」
「そうか相手の意思すら曲げさせてしまうんじゃな」
「ええ」
「今までにそんな能力のものは聞いたことが無いが、まず間違いなくスキルは存在しているとみて良いじゃろう。トリン・グレイス嬢には、ここの寮に住む資格があるが、どうするかの?」

 所長さんの言葉に、私はほっと肩の力を抜いた。これでもう家族に迷惑をかけなくて済むんだ。

「寮に住んで、このスキルを抑え込めるようになりたいです」
「そうか」
「ま、まってください!たとえスキルがあってもまだ12歳です!」
「そうですよ、家から通わせれば良いのでは?」

 初めて知った私の能力に戸惑っている筈なのに、そう言ってくれた両親の姿をしっかりと目に焼き付けてから、私はゆっくりと口を開いた。

「私は寮に入りたいの、お願い」
「…くっ…わかっ…た」
「っ…いつでも帰ってきて良いのよ」
「うん。忙しいのにありがとう。お願い、もう帰って」

 そうはっきりと口にすると、つらそうな顔をした両親は名残惜しそうにしながらも、そのまま部屋から出ていった。

「すごい能力じゃのぉ」

 感心した様子でそうつぶやいた所長さんは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「ありがとうございます」
「でも、今は泣いて良いんじゃよ」

 大きな手で優しく頭を撫でられると、我慢していた涙がボロボロとこぼれだした。

「家族のために、どうしても離れたかったんじゃろ?スキルまで使って…よく頑張ったの」

 所長さんは私が泣き止むまでずっと、頭を撫で続けてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】クラーク伯爵令嬢は、卒業パーティーで婚約破棄されるらしい

根古川ゆい
恋愛
自分の婚約破棄が噂になるなんて。 幼い頃から大好きな婚約者マシューを信じたいけれど、素直に信じる事もできないリナティエラは、覚悟を決めてパーティー会場に向かいます。

巻き込まれ異世界転移者(俺)は、村人Aなので探さないで下さい。

はちのす
BL
異世界転移に巻き込まれた憐れな俺。 騎士団や勇者に見つからないよう、村人Aとしてスローライフを謳歌してやるんだからな!! *********** 異世界からの転移者を血眼になって探す人達と、ヒラリヒラリと躱す村人A(俺)の日常。 イケメン(複数)×平凡? 全年齢対象、すごく健全

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

【完結】異世界転生して美形になれたんだから全力で好きな事するけど

福の島
BL
もうバンドマンは嫌だ…顔だけで選ぶのやめよう…友達に諭されて戻れるうちに戻った寺内陸はその日のうちに車にひかれて死んだ。 生まれ変わったのは多分どこかの悪役令息 悪役になったのはちょっとガッカリだけど、金も権力もあって、その上、顔…髪…身長…せっかく美形に産まれたなら俺は全力で好きな事をしたい!!!! とりあえず目指すはクソ婚約者との婚約破棄!!そしてとっとと学園卒業して冒険者になる!!! 平民だけど色々強いクーデレ✖️メンタル強のこの世で1番の美人 強い主人公が友達とかと頑張るお話です 短編なのでパッパと進みます 勢いで書いてるので誤字脱字等ありましたら申し訳ないです…

転移したら獣人たちに溺愛されました。

なの
BL
本編第一章完結、第二章へと物語は突入いたします。これからも応援よろしくお願いいたします。 気がついたら僕は知らない場所にいた。 両親を亡くし、引き取られた家では虐められていた1人の少年ノアが転移させられたのは、もふもふの耳としっぽがある人型獣人の世界。 この世界は毎日が楽しかった。うさぎ族のお友達もできた。狼獣人の王子様は僕よりも大きくて抱きしめてくれる大きな手はとっても温かくて幸せだ。 可哀想な境遇だったノアがカイルの運命の子として転移され、その仲間たちと溺愛するカイルの甘々ぶりの物語。 知り合った当初は7歳のノアと24歳のカイルの17歳差カップルです。 年齢的なこともあるので、当分R18はない予定です。 初めて書いた異世界の世界です。ノロノロ更新ですが楽しんで読んでいただけるように頑張ります。みなさま応援よろしくお願いいたします。 表紙は@Urenattoさんが描いてくれました。

異世界でケモミミを追いかけて

さえ
BL
ある日、転生する。人間ではなく悪魔に。 転生先で出会った獣人ジャックと旅する。 ※元々単なる異世界転生おれつぇー系で書くつもりだったので腐になってくるのはやや後半になると思います。 ※背後注意系は☆つけます。 ※獣人は人間に耳と尻尾が生えたタイプを想定しています。

【完結】スイートハニーと魔法使い

福の島
BL
兵士アグネスは幼い頃から空に思い憧れた。 それはアグネスの両親が魔法使いであった事が大きく関係している、両親と空高く飛び上がると空に浮かんでいた鳥も雲も太陽ですら届く様な気がしたのだ。 そんな両親が他界して早10年、アグネスの前に現れたのは甘いという言葉が似合う魔法使いだった。 とっても甘い訳あり魔法使い✖️あまり目立たない幸薄兵士 愛や恋を知らなかった2人が切なく脆い運命に立ち向かうお話。 約8000文字でサクッと…では無いかもしれませんが短めに読めます。

【完結】伝説の勇者のお嫁さん!気だるげ勇者が選んだのはまさかの俺

福の島
BL
10年に1度勇者召喚を行う事で栄えてきた大国テルパー。 そんなテルパーの魔道騎士、リヴィアは今過去最大級の受難にあっていた。 異世界から来た勇者である速水瞬が夜会のパートナーにリヴィアを指名したのだ。 偉大な勇者である速水の言葉を無下にもできないと、了承したリヴィアだったが… 溺愛無気力系イケメン転移者✖️懐に入ったものに甘い騎士団長

処理中です...