借金取りの彼と債務者の俺

リツキ

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12:突然の申し出

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 誰かが動く気配で春人の意識が覚め始める。
 目を開けようとするが、まだ疲れが残っているせいで起きることが億劫に思えたが、今いる自分の環境をゆっくりと思い出したら、起きなければと思い目を覚ました。
 近くでビニール袋が擦れる音が聞こえ、そちらへ視線だけを送ると、浅木が何かを買ってきたのか、食べ物をソファーの目の前にある背の低いテーブルに置いていく姿が見えた。

「あ、浅木さん、おはようございます。それ、どうしたんですか?」

 春人は上体だけゆっくり起こしながら思わず浅木に声をかける。
 声をかけられた浅木は少し驚いた表情で返答した。

「お、おう。朝飯だよ。腹減らねえか?」

 言いながら浅木は春人の元へと近づいた。

「は、はい。少し空いてます」
「なら一緒に食わねえか?俺も腹減っててさ」

 笑みを作りながら浅木は春人を手招く。それに春人は黙って従いソファーの方へと移動した。

「口の中怪我してただろう?だから柔らくて硬くないもの買ってきたわ。どれがいい?」
「え、あ・・・ありがとうございます」

 気を遣ってくれたことが嬉しくて春人は自然と笑顔になった。
 見るとゼリーや蒸しパン等が置いてあり、海苔なしのおにぎりも種類が幾つかあり、お茶もあった。

「浅木さんはどれがいいですか?」
「え?いいよ、俺に気を遣うな。ハルが先に選べって」
「・・・いいんですか?」
「かまわねぇよ」

 フッと笑む浅木に春人は少し動揺し、頬が熱くなるのを感じた。
 この人はこんなに優しい顔をする人だっただろうか?
 昨日色んなことを話したせいか、隠していたものがなくなって、本来のこの人の姿を見ているのかもしれないと勝手に思ってしまう。

「ええっと、じゃあ俺はゼリーで」
「ゼリーだけじゃ腹減るだろう?他も食えよ」
「と、とりあえずゼリーだけで・・・」
「そうか、んじゃ俺は蒸しパンにするかな」

 春人にゼリーを渡し、浅木は蒸しパンを手にして食べ始めた。
 二人ソファーに並んで朝食が始まる。
 なんともシュールな姿だと思い、心中春人は笑いそうになっていた。
 昨日は室内を見る余裕なんてなかったので改めて周りを見ると、診療所というより、部屋の一室を借りた、学校にある保健室のようだと思った。
 必要以上の器具しかない感じもするし、大けがを負った時はどうするのだろうと密かに思う。
 そんなことを考えながらゼリーを食べる春人に、浅木は声をかけた。

「ハル、お前は今日、レストランもアキラさんの店も休むって連絡しておいたわ」
「え、いいんですか?」
「当たり前だろう。昨晩あんなことがあったんだ。今日一日はゆっくり休め」
「は、はい。ありがとうございます」

 春人は素直に浅木の好意を感謝した。
 まさか既に連絡して休みにしていてくれていたとは。
 浅木はやはり気遣いができる、器量のいい男だと春人は感心する。
 そしてその男は自分を好きだと言うのだから、本当に信じられない気持ちだった。

(本当にどうして俺なんだろう?)

 アキラは言っていた。
 浅木は見た目重視で相手を選んでいたと。
 もしかして見た目も性格もいい人を選んでいたんじゃないかと思ってしまうのだが、もしそうだったら自分とは比べ物にならないと思う。
 ちらっと浅木を見やると、その視線に気づき浅木も春人を見る。

「な、なんだよ」
「その、俺実は、浅木さんから気持ちを伝えられた時、もう一つかなりびっくりしたことがあって」

 急に昨夜話した続きの話をふられ、浅木は少し嫌な顔をした。

「うわ、朝からまたその話かよ」
「いえ、そうじゃなくて!その、浅木さんが同性愛者ってことがかなり驚いたというのか・・・」
「え?なんで」
「だって、浅木さんは見た目からみると異性愛者に見えたっていうか。その・・・比べちゃいけないんですけど、アキラさんは同性愛者の人なのかなって想像できますけど・・・」
「ま、まあ」
「だから、びっくりしたんですよね」

 言いながら春人はお茶の入ったペットボトルを手にし、少しだけ口を付ける。

「ハルが言いたい気持ちはわかるよ。確かに見た目だけは俺、オネエっぽくねぇし、ヤクザだしな」

 浅木の話を春人は黙って聞いた。

「まぁ、ちょっと話がズレるし、朝から重い話をするのもなんだけどよ・・・」

 ふと急に真面目なトーンで浅木は話始めた。

「俺の両親は6歳の時に離婚してな。ずっと母子家庭で育ってきた。父親の顔も覚えてねぇしそれ以来会ってねぇ。母親はロクでもない、俺より男を優先する女だった。飯は常にパンとか弁当だったり冷凍食品だったり、最悪なのはテーブルに金だけ置いてある時もあった」
「え?」

 衝撃な話を淡々と語り出す浅木に春人は目を見開いた。

「よく言ってたんだ、“あんたに相応しいお父さんを見つけてくるから”って。馬鹿な女だと俺は思ったよ」
「浅木さん・・・」
 幼少期、浅木がどれだけ複雑な環境で生きてきたかと思うと、切ない気持ちが込み上げる。
「俺が思春期真っ只中、俺は自分の性がわからなくなってた。周りのダチはみんな女子に夢中になってんのに、俺はどうしても同じ部活の一個上の男の先輩が気になって仕方なかった。だから誰にも相談なんてできないし、俺は間違ってるのかと悩んだ」

 一口蒸しパンを頬張り、再び話が始まる。

「でも高校生になってある繁華街の一部の地区に、俺と同じ気持ちの人たちが集まる場所があるってことを知ってからは、俺はようやく自由になれた。そこで色んなことを知ったし経験もした。まぁ、お前には詳しくは言わねぇけど」

 ちらりと浅木は春人を見ると、ぎこちない表情になっていた。

「そうなんですね」
「そうなんですよ、それで俺はこの母親から逃れたくて、必死に勉強して大学まで行ったんだ」
「え!大学行ったんですか?」
「まぁ奨学金制度を使ってな。でなきゃ大学なんて行けねぇし、あの女がそんな金なんか持ってるわけねぇしな。それで大学通いながら俺はあるバーで働いてたんだ。時給がとにかく良くて、ほぼ毎日働いてた。そこで俺は今の組の親父に出会ったんだ」
「組長さんに?」
「ああ」

 緩く優しい笑みで浅木は答えた。

「たまたまバイトしてたそのバーのケツモチがうちの組が仕切ってて、そこで親父が、組長が飲みに来たんだ」

 懐かしい表情を作り浅木は話を続けた。

「俺が若いせいか、何かと声をかけてきた。どこに住んでるんだとか親御さんはいるのかとか。俺は最初ヤクザっていうだけで警戒してたけど、俺の身の上話をしたら何かと色々物をくれたり、気遣ってくれた。俺は初めて大人から自分のことを気遣ってくれる存在を知ったんだ」

 今にも込み上げそうな目をする浅木を春人は黙って見つめた。

「親父にも実際息子がいたらしいんだけど、病死したみたいで、生きてたら俺と変わらない年だったって言ってた。財布に写真が入ってて見せてもらったけど、まだ息子が子供だったころの写真で、写真がボロボロになってた。だから俺を見たとき、自分の息子と重なったって言ってて。それからは色々と親しくなって、俺の将来はそこで決まったんだ。親父の傍で働きたいって。それで今の組に入った」

 蒸しパンを手に持ったまま話を続け、そのうちテーブルに置いた。

「組に入ってからは厳しかったけど、やっぱり親父は俺を気遣ってくれていた。俺が主張することをなんだかんだ言って考えてくれたり、お前が中国マフィアに売られそうになった時も、俺のお願いを聞いてくれたからな」
「そうなんですね・・・」
「親父も俺が同性愛者だって理解してくれた。仕事上、ゲイバーを仕切ることも多いから、ある程度理解はできたのかもしれない。ただ組の中で揉め事だけは止めてくれと言われてたから、それだけは気を付けてた。勿論、俺は相手をヤクザから求める気はこれっぽちもなかったしな」

 確かに強面の人たちとでは難しいかもしれないと、春人は密かに理解した。
 朝から神妙な面持ちで話し合う二人に、浅木は少し申し訳ない気持ちになる。

「悪いな、朝っぱらから何話てんだよな」
「いいえ、俺が話をふってしまったので、流れ的にそうなっちゃいますよね」

 春人の方こそ申し訳ない顔になる。

「いいよ、俺も常に秘めてたことだったからさ。言える相手がいるとつい言いたくなるよな。愚痴っていうかさ」

 そう言う浅木を見て、春人はどれだけ色んなことを口つぐんできたのかと思うと、更に胸を締め付けられた。
 だからこそ思うのだ。
 なぜ浅木は自分を好きになったのかと。
 春人はどうしても尋ねたくなり話を始めた。

「でも浅木さん、俺はタイプじゃないんですよね?確か綺麗な人が好きって・・・」

 思わぬ質問に浅木はポカンとした。

「は?なんでそれを知ってるんだ?」
「その・・・アキラさんに聞きました」
「・・・マジかよ」

 浅木は頭を抱えた。

「ごめんなさい!俺、驚きのあまりどうしていいかわからなくて、ついアキラさんに相談をしてしまって・・・」

 アキラに相談してしまったことは正直困惑したが、春人の動揺をそれなりに理解すれば仕方ないのかもしれないと思い、一つ咳払いをして尋ねた。

「・・・アキラさんはなんて言ってた?」
「綺麗な子が好きって言ってました。俺は全然綺麗じゃないので・・・」
「・・・確かにまぁ」

 ボソッとぼやくように言い、春人はでしょ?と言った表情をした。

「お前は、まあビジュアルは普通だよ。だけど・・・」
「だけど?」
「俺はお前の一言一言が心に染みて、今まで感じたことがなかった気持ちを教えてもらったんだ」
「え・・・?」

 目を見開き、驚いた顔で春人は浅木を見ていた。
 そりゃあそうだろう。
 自分の言った言葉が浅木の心を捕らえていたなんて想像するわけがない。
 おまけにあの時浅木が同性愛者なんて知らないわけで、だからこそ春人の本音が見えたのだ。

「ハルに、感謝されたり救われてたとか言われて、俺の中でどんどん気持ちがお前に傾いていった」
「・・・・」
「俺はかなりお前の言葉で救われたんだ」
「・・・浅木さん」

 そう春人は浅木の名前を呟くと、顔を赤くしたまま黙った。
 春人はどう思ったのだろう。自分が言った言葉で浅木が心惹かれたなんて知って。
“そんなつもりはなかった”
“誤解させるつもりはなかった”
 救われたと思っていた浅木は、なぜかどんどん否定な気持ちが生まれる。
 わかってる。勝手に好きになっただけだと。
 救われたとか個人的に思っていることだと。
 それでも好きになったことは否定できなくて苦しい。
 浅木はちらりと春人を見ると、いつの間にか真剣な表情になっていた。

「な、なんだよ」
「俺、実は、浅木さんとの距離を取ろうと思ってました」

 言われて浅木は、少し心沈むような気持ちになる。

(そうだよな、当たり前だ。ノンケに気持ちを伝えたところで自分のことを好きになんかなるわけない)

 理解していたつもりだったけれど、心が沈んでいくのは止まらない。

「だよな、マジ困るよな。好きになられたってさ」

 気づくと浅木はそう言葉が出ていた。
 それに対して春人は少し焦った顔で否定してきた。

「違います!そうじゃなくて。気持ちを伝えてくれる前からのことで・・・」
「え?」

 驚き浅木は春人を見入った。

「その、俺の気持ちとしては浅木さんとは個人的に親しくなりたいって思ってました。でも、もしかして浅木さんに騙されてるんじゃないのかなとか、仕事しやすくする為に上手く丸め込まれてるんじゃないのかなって、浅木さんのアドバイスとか助けてくれたことや、話したことをそう考えることもあって・・・」

 春人の話に浅井は何も言えなかった。
 確かにそう思われても仕方ないと思う。生業がヤクザだ。
 普通はそう考えるのが当たり前なのだ。

「でも・・・」

 春人は続けた。

「今は違います」

 はっきり言う春人に浅木は口を挟んだ。

「どうして?」
「だって俺に気持ちを伝えた時点でそれは俺にとってはマイナスだからです」
「え?どういうことだよ」

 マイナスと言われ更に浅木は驚いた。

「だって俺は同性愛者じゃないです。俺がそうなら浅木さんの告白は有効だって思いますけど、異性愛者の俺にとってはマイナスでしかないと思うんです」

 的を得たことを言う春人に浅木は言葉をなくした。
 確かにそうだ、マイナスでしかない。
 気持ちを知られた時点で警戒され、仲良くなるどころか利用なんてできるわけないのだ。
 人を利用するにはまず信頼が大きい。だからそれを失った時点で終わりなのだと。

「ハル・・・」
「だから俺、浅木さんのことを信頼することにしました」
「いいのかよ、そんなふうに宣言しちまって」

 少し逡巡したがそれでも春人は浅木の顔を捕らえたまま言う。

「はい、決めましたから」
「・・・お前は本当に・・・」

 浅木は呆れた表情でそう言いかけた時、ガチャリとドアが開く音が聞こえ、二人ともそちらへと顔を向けた。
 ドアからは白衣を纏った多澤が、あくびをしながら出てきたところだった。

「あ、多澤先生、おはようございます!」

 二人は多澤に挨拶をした。

「おはよう、どうだあんた、怪我の具合は?」

 春人は尋ねられ返答する。

「はい、だいぶいいです。触るとまだ痛みますけど」
「まぁ、昨日の今日だからな。仕方ないよな」

 微笑みながら多澤は言った。

「本当にありがとうございました。夜中だったのに診て下さって」

 再びお礼を浅木は言った。

「いや、お前があまりにも必死だったからな。流石に断れなかったよ」
「あ、いや、その・・・」

 恥ずかしそうに口籠る浅木に、春人は少し嬉しい気持ちになる。
 自分を助ける為にずっと走っていたのは知っていたけど、表情まで見ている余裕なんてなかったから、多澤の言葉で心が温かくなるのがわかった。

「あと診療代払います。いくらですか?」

 そう言う浅木を春人も慌てて便乗した。

「あ、俺が払います!そこまでは浅木さんにご迷惑かけたくないので・・・」

 しかし、すっと掌で浅木は春人を押し返した。

「いいって。今回の事件は俺のせいだから」
「でも・・・」
「でもじゃねぇ、いいな」

 ぐっと押し返された春人は何も言えず、そのまま二人のやり取りを見つめるままだった。
 このお礼はいつか何かで返したいと密かに思いながら。
 診療代も払い終え、浅木は春人に声をかけた。

「どうだ、歩けそうか?」
「大丈夫ですよ、昨日ぐっと体を硬直させたせいか、体中筋肉痛で痛いですけど・・・」

 そう春人が言うと浅木は苦笑いしながら答えた。

「そうかよ、なら大丈夫そうだな。それじゃあ、先生ありがとうございました」

 くるりと多澤に向かい、二人とも再度お礼を伝える。

「助かりました。本当にありがとうございました」
「かまわねぇよ、また良かったら遊びに来い」
「はい!」

 笑顔で答える春人に浅木は微笑み、二人出入り口へと向かった。

「失礼します!」

 言って二人が出ようとした時、すっと多澤は浅木の腕を掴み呼び止められた。
 驚いた浅木は多澤を見る。

「大事にしてやれよ」

 そう告げられ浅木は一瞬に顔が赤面になった。 
 多澤は気づいたのだろうか?

「先生、それって・・・」

 尋ねる浅木に多澤は笑う。

「悪い。さっき話した内容聞いちまった。でも言わねえよ。そういう人間らしいお前、初めて見た気がするからよ」

 なんだかからかわれたような気持ちになった浅木は、赤面しつつも答えた。

「内密でお願いします」
「おう。あいつ送ってってやれよ」
「・・・言われなくてもするつもりです。失礼します」

 そう言って浅木はドアを閉めて出て行った。
 多澤はなんだかわからないが妙に浅木の態度が可笑しくて、しばらくニヤニヤしがら仕事の準備を始め出した。






 外に出ると街中は仕事へと向かう人たちがちらほら見受けられた。
 時間を見ると丁度9時頃だった。
 浅木は春人を送った後、すぐに事務所に行かねばならない。
 少し急がなければと思った浅木は春人に声をかけた。

「送ってく」
「え?大丈夫ですよ」
「いいって。まだ痛みあるなら道中倒れられても困るしな」
「倒れませんよもう・・・」

 そう言いながら結局二人は歩いて春人のアパートへと向かった。
 診療所から歩いて20分くらい経っただろうか。
 10部屋ほどある二階建てのアパートが見えてきた。
 見た目は古くもなく、新設でもない築10年ぐらいといった感じの建物だった。
 春人の部屋は二階の部屋らしい。

「ありがとうございました。昨日からご迷惑かけてすみませんでした」

 謝る春人に浅木は馬鹿と一言、言った。

「何度言わせる、俺のせいだって」
「それで、その・・・時間まだありますか?」

 急に聞かれ浅木は困った顔をする。
「え?なんで?」
「ちょっとお話がしたいんです。少しでもいいので」

 突然の誘いに浅木は困惑する。

「は、話?」
「すぐです!ダメですか?」

 すぐと言われて慌てて携帯の時計を見る。
 時間は9時25分になっていた。
 すぐならそんなに時間もかからないだろうと思い、浅木は承諾した。

「わかった、すぐなら大丈夫だ」
「じゃあ部屋に来てください」

 急に春人の部屋に入ることになり、少なからず浅木はドギマギした。
 このタイミングで部屋に入るとか、どういうことだと思いながら階段を上がる。
 緊張した面持ちで、一番奥から二番目の部屋へと入った。
 入るとすぐ右側にキッチンがあり、左側にはトイレと浴室があった。短い廊下を通ると、奥に8畳ほどの部屋が見えた。

「中に入って下さい」

 浅木は言われるまま奥の部屋へと向かうと、低いテーブルの前に座椅子があったので、そこへ座るよう言われた。
 言われるまま座椅子に座った浅木の前に春人は正座する。
 真剣な表情でいる春人に浅木は怪訝に思った。

「なんだよ、話って」

 改まって二人、向かい合うように座るとなんだか変な気持ちになる。
 おまけにここは春人の部屋だ。
 妙な気持ちになってもおかしくはないだろう。
 そう浅木は自分に言い聞かせながら春人の言葉を待った。

「あの・・・その・・・」

 言いたいけど言葉を探しているのか、なかなか切り出さない。
 時間と気持ちの焦りで思わず浅木は春人を急かした。

「なんだよ、言いたいことがあるなら早く言ってくれ。俺、事務所に行かねぇとマズイんだよ」

 急かされて春人はハッとした表情になる。

「あ、そうですよね、その・・・」
「・・・・」

 浅木は必死に堪えながら春人の言葉を待った。

「・・・その、俺と、その、お試しで付き合いませんか?」
「・・・・」

 一瞬春人の言っていることが浅木は理解できなかった。

「・・・は?」
「だからその・・・俺とお試しですけど・・・付き合ってみませんか?と思って・・・」
「は、はぁ!?付き合うって、付き合うってあの!?」
「は、はい・・・そのお試しですけど」

 お試しだが付き合うってどういうことだ?
 浅木は更に混乱した。

「お前、付き合うって言っている意味わかってるのか!?」
「わかりますよ!俺だって女性だけど付き合ったことはあるので・・・」
「俺とお前が付き合うんだぞ?お前、大丈夫なのか?」

 信頼と恋愛感情を勘違いしているんじゃないだろうかと、本気で浅木は春人を心配する。

「わかっています!でも、今日までの話や浅木さんに対しての気持ちを考えてみて、期間決めてお試しで付き合ってみてそれから考えてもいいんじゃないかなって思ったんです」

 そう言うが浅木はなぜだか迷いがあった。

「お試しって言っても、恋人になるってことだろう?ってことはそれなりのことはするかもしれねぇんだぜ?いいのかよ?」

 そう尋ねると春人は一瞬口籠るが、

「だから、俺としてはどこまでそれができるのか、その・・・試してみたいんです」
 春人の言葉を聞いて浅木はあまり賛成できなかった。
 お試しで付き合ったことで自分たちの関係が悪くなるんじゃないかとか、あとは自分の気持ちだった。
 やっぱりダメだったと思うことで傷つくことを恐れたのだ。
「ダメですか?」

 再度尋ねられたが浅木はどうしても頭を立てに振ることができなかった。

「悪い。俺にはできない」
「浅木さん・・・」
「お前が必死に譲歩しようとしてるのはわかる。だけどよ、その後のことを考えると俺は無理だと思う」
「譲歩じゃありません!俺なりに今、浅木さんに対する気持ちをはっきりさせたいから、お試しで付き合ってみたいんです」

 浅木に対する気持ちと言われ、更に浅木は困惑する。
 どういう意味だ?春人は自分のことを好きになり始めているということだろうか?
 知りたいがどうしても進むことを恐れ、浅木は拒んでしまった。

「ごめん。できない」
「浅木さん・・・」

 断られ春人は失望した表情になった。
 いつの間にか自分たちの関係は逆になっていないだろうかと、変な錯覚さえもする。
 すっと浅木は立ち上がり出入口へと向かう。

「浅木さん!ケツモチの担当はもう変わらないですよね?」

 急に問われて浅木は振り返る。

「変わらねぇよ、俺はずっとアキラさんの店を守る」
「絶対また来て下さい!待ってます」
「・・・わかった。絶対行くから、だから・・・」

 そう何かを言いかけたが浅木はそのままドアノブに手をかけ、春人の部屋を後にした。
 残された春人は静かに正座したまま、いなくなった座椅子を見つめたままだった。



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