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施設長からの相談
しおりを挟む孤児院の奥にある個室で二人にお茶を出しながら施設長は重い口を開いた。
「ご存じの通り、この孤児院の卒業時期はおおよそ15歳と決められております。勿論、その年齢に達する前に養子に行ったり、職を見つけて独り立ちをする子もいますが、大体の子は、この孤児院で勉学に励み、15歳から16歳辺りで職に就いて巣立って行きます。アイシャはもうすぐ14歳になります。本来ならばまだ一年の猶予がありますが、彼女にはもうあまり残されている時間がありません」
「どういうことですか?」
「アイシャはΩの女性なんだ」
施設長からは言いにくいだろうと、ノアは彼女に代わってオルランドに説明した。
「貴族のΩは14歳になると性欲剤によって成婚するまで発情期が来ないようにコントロールされるし、チョーカーをつけることが義務化されている。でも、庶民の場合は違う。チョーカーをつけない人も多いし、薬は高くて買えないから発情期を抑え込む方法がない」
「ええ。ですから、14歳になるまでに結婚するか、貴族に養子へ行く事がほとんどなのです。それは、孤児院の子も変わりません。Ωは希少です。ですから今までも養子縁組の申し入れはいくつかあったのですが……残念なことに良縁には恵まれなくて、断り続けているうちに彼女は13歳になってしまいました」
Ωの平民を愛人にする下衆な貴族は一定数存在する。今まで来ていた申し込みというのはそう言ったものばかりだったのだろう。
「しかし、14歳になれば、いつ発情期が来てもおかしくありません。それまでには養子縁組を考えなければならないのです……幸い、今、彼女に来ている申し入れは三件あります。このうちいずれかが良縁であれば良いのですが……」
(なるほど。それで俺に相談か……)
恐らく、相手は全員貴族なのだろう。そこで、公爵家の人間であり、Ω当事者であり、また元王太子妃候補として貴族の情報に詳しいであろうノアの意見を聞きたい、と―。
「一件目は、ボルチモア伯爵からの結婚の申し入れです……こちらはお断りしようと思っております」
ノアは深く頷いた。ボルチモア伯爵は御年55歳。つまり、バリバリ体目的の下衆なエロジジィである。正直いい噂も聞かないので断って正解だ。
「二件目は、ジョン・デンバー男爵からの養子縁組です……デンバー家という名前は、お恥ずかしながら私は初めて存じ上げたのですが、ノア様はご存じですか?」
「……ええ。良く知っていますよ。デンバー家のご令嬢の事は。残念ながらデンバー男爵には一度もお会いしたことがないですがね」
デンバー家は、あのリリス―――つまり、アルフレッドの運命の相手()、もとい乙女ゲームの主人公の実家である。乙女ゲームでは、悪役だったノアがデンバー家に嫌がらせをしまくるのでちょいちょいシナリオに書かれているのだが立ち絵などは存在せず、またこの世界ではその嫌がらせが発生していないので、ノアはデンバー家の当主のことはよく知らないのである。
「何故デンバー男爵は養子縁組をご希望なさったのですか?」
「なんでも可愛がっていた一人娘が、無事にご成婚が決まったそうで……子ども好きな夫人が大層寂しがったために養子を探していらっしゃるとか」
そういった理由で養子を欲しがる貴族も偶にいると聞く。一件目よりは良いとは思うが、男爵の事はよく知らない為判断がつかない。
「最後の三件目は、タイラー侯爵からの養子縁組です」
「タイラー侯爵から!?」
「……ッ!」
タイラー侯爵は、この国でも広大な領土の統治を任されている大貴族である。勿論、ノアは当主と面識があり、人柄もよく知っている。
「ええ。私も驚きました。さすがにこの申し入れをお断りするのは、私達の立場からも難しく、タイラー家に養子に出そうと思ってはいるのですが……」
王族が多額の寄付をしている孤児院なので、貴族からの申し入れもある程度は断ることが可能だ。しかし、それは弱小貴族の場合である。相手が国内でも有数な実力者のタイラー家では立場的にも断るのも難しいだろう。しかし、それならば何故結論を渋っているのか……。
「何か問題が?」
「……タイラー家の領地は国境に近いと聞きます。つまり王都からはかなり離れています。アイシャは……王都を離れることを、仲間と二度と会えなくなることを、悲しんでいるのです」
「……お気持ちはわかりますが、私はこれ以上ない良縁だと思います。タイラー家の当主様は大変立派なお方です。それに……もしかしたら、なのですが、アイシャはタイラー家の領地に行くわけではないのかもしれません」
「と、言いますと?」
「……私からは事情はお話できませんが、タイラー家の館は王都にもあります。アイシャはそこで暮らすことになるかもしれません。私が考えている事が合っているのなら、ですが」
(しかし、その理由以外で、タイラー侯爵がアイシャを引き取る理由は思いつかないしな)
「もし、王都にあるタイラー邸で過ごすのであれば、許可が降りれば孤児院に顔を出すことも出来るでしょうし、例え簡単には外出許可が出なかったとしても、近くに皆が住んでいる王都で生活するのであれば、アイシャも安心するでしょう。一度そのあたりを、タイラー家に聞いてみてはいかがですか?」
「その可能性は考えていませんでした……わかりました。明日にでも問い合わせてみます」
「ええ」
「……ちょっと待ってくれないか」
纏まりかけていた話に待ったをかけたのはオルランドだった。
「ああ、いや……問い合わせはしていいと思うが、養子にだすのはもう少し慎重にするべきではないか、と思って……」
歯切れが悪いオルランドの様子にノアは困惑しながらも、彼の意思を組んで、『そうですね』と話を続けた。
「14歳の誕生日はいつですか?」
「二か月後です」
「では、私の方も色々と調べてみます。遅くなっても二週間後にはご連絡を致しますね」
「……わかりました。親身になっていただきありがとうございます」
施設長との話を切り上げたノアは、オルランドと共に孤児院を後にして、『ばいばーい! また来てねー!』と手をふる子ども達と別れてから、周囲に人がいないのを確認して問い詰める。
「で? なんであの場で止めたの? タイラー侯爵の養子縁組はとってもいい話だと思ったけど」
ノアがそう切り出すと、オルランドは周囲に気を使いながら小声で答える。
「……これは、不確定な情報だから、まだ可能性の段階で聞いて欲しいんだが」
「例の人攫いの件、裏に巨大犯罪組織がいるって話しただろう? 彼らの金の流れを追っている時に、その名前が浮上した」
「その名前って……まさか、『タイラー侯爵』の名前が……?」
オルランドは静かに頷いた。けれど、ノアとしてはとても信じられない話だった。
「それって、犯罪組織とタイラー侯爵が繋がっているかもしれないってこと? まさか……だって、タイラー侯爵は……」
ノアは生唾を飲み込んで、この国の民なら全員知っている事実をオルランドに告げた。
「タイラー侯爵は、前王妃のご実家で、セシル王子の後見人なんだよ……?」
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