婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta

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婚約破棄はとうとつに

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「私、アルフレッド・ランドルフは王太子の名を持って今ここに宣言する。ノア・チャールストン、お前との婚約を破棄することを!」

学園生活の締めくくり、卒業式の前夜祭として開かれた祝宴の場で、王太子であり、ノアの婚約者だった男は群衆の前で高らかに宣言した。

 その直後のことである。ノアの脳裏に蘇ったのは走馬灯。『何故今……』と困惑しながらも、ノアは突然襲ってきた情報の波に呑まれた。走馬灯と言っても、一気に駆け巡ったのはノアの人生ではない。それは前世の記憶……かつて日本で暮らしていたしがないサラリーマンの冴えない一生を思い出したのだ。その記憶の中でも印象深く思い出したものがある。それは、ノアが女友達に貸してもらった乙女ゲームのストーリーである。

 残念ながらタイトルは忘れてしまったが、主人公達の名前は覚えていた。そして、話の流れもある程度思い出すことが出来た。

 だからこそ断言できる。この世界が、ノアが歩んできた人生が、現状までの歩みが、まるで乙女ゲームのストーリーをなぞっているかのように酷似していると。

(まぁ、完全に一致している訳じゃないけどね。そもそも俺男だし)

 でも、この場面はかなり印象的なシーンだったので、一回しかプレイしていないノアでも覚えていた。

(確か、王太子ルートの終盤、見せ場のシーン。今まで主人公に嫌がらせしていた主犯で王太子の婚約者だったノアが婚約破棄されるシーンだ。でも、乙女ゲームとは違って俺別に婚約破棄される程の嫌がらせしてないんだけどな)

 乙女ゲームに登場するノアはさすが悪役、と言わんばかりの悪さをしていた。主人公リリスの悪い噂をひろめたり、わざと水をかけたり、階段から突き落とすわ、ならず者達に襲撃されるわ、果てにはリリスの実家の弱小貴族を自分の家の権力を使って痛めつけるわのやりたい放題だった。
 そりゃあ、リリスを好きな人なら許せない行為のオンパレードだわなってなるのだが、ゲームの話と違って別にノアはそんな嫌がらせというか犯罪行為はしていない。
 ノアがした事と言えば、婚約者がいると知っているにも関わらず、あからさまなアピールをしながら王太子に近寄ってくるリリスに口頭で注意しただけだ。それもこんな公衆の面前でしたことはなく、リリスかアルフレッドがいる場でしか言ったことがない。

 まぁそれでも、話の展開通りに婚約を破棄されたという事は、それだけアルフレッドはリリスを本気で愛しているんだろう。

(この後の展開は……確か、逆上した俺がリリスに斬りかかって、ンでもリリスはアルフレッドに庇われて無傷で、俺は掴まってボッコボコに殴られた挙句処刑されるんだっけ? うわぁ、サイアクじゃん)

 まさに破滅ルートそのものである。断固拒否である。

(そもそも、乙女ゲームと違って、リリスに危害を加える気がまったくないから凶器とか隠し持ってないんだけどなぁ)

 原作との差異が気になるところだが、それでも修正力が働いてしまえば、危害を加えるつもりがなくても殴りかかったとか因縁つけられて同じ結末を迎える可能性は無きにしも非ずだ。

(この場を穏便に収めて、且つ俺が破滅ルートから抜け出す方法はただ一つ……)

 王太子から婚約破棄されてから走馬灯のように前世の記憶が甦り、その混乱に耐えて今後の行動への結論を出すまでわずか10秒ほど。



 それまでのノアは(特にリリスが入学してきた一年前からは)昏く傷ついた表情を浮かべることが多かった。
 それはそれで、まるで悲劇の一幕を描いた絵画のように美しい横顔だとも噂される程、憂いに満ちた顔にはどこか色気があり、見る者を魅了していた。
 でも、この時のノアほど、人々に衝撃を与えたものはなかっただろう。
 婚約者がいるにも関わらず、浮気相手であるリリスばっかりに目を向けるアルフレッドの仕打ちに耐え続けた麗人の姿はもうそこにはなかった。

 あるのは長い長い呪縛から解き放たれたような、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる年相応の青年の姿だった。

「っ……!」

雷にでも打たれたかのように衝撃を受けて固まる王太子に対し、ノアは咲き誇るような笑みを浮かべたまま優雅な一礼をした。

「……わかりました、アルフレッド殿下。このノア・チャールストン。チャールストン公爵家の名において、その婚約破棄謹んで受け入れさせていただきます」

この婚約は国王と公爵家の当主が決めた政略結婚。本来ならば、親の許可なく受け入れられることはない。
 だからこそ、最初にアルフレッドは王太子としてと明言したし、ノアもチャールストン家の名前を出して承諾した。
 これだけ有名な貴族の後継者が集う公の場での宣言である。いくら結婚を決めた当主同士が反対しても今更覆られないだろう。

(……これでいい。乙女ゲームのノアはアルフレッドを本気で愛していた。愛していたからこそ、リリスを許すことが出来ずに凶行に走った。リリスさえいなくなればまたアルフレッドが自分に振り向いてくれると信じて……)

 そして今世のノアも同じ気持ちだった。嫌がらせこそしていないものの、目の前で堂々といちゃつく二人に何度も訴えた。婚約者としての当然の権利だ。そして、例え心は奪われたままだとしても、今まで築き上げてきた関係性までは断ち切れないと信じていた。

(でも、お前はそんな俺の思いを裏切った。共に国を支える存在になると誓い合ってお互いの能力を高めあっていたはずなのにな)

 アルフレッドは古い友人であり、共に生きると誓った相方であり、心から愛した存在だった。だからこそ、堪えるものがある。前世の記憶を取り戻す前の純粋なノアだったら恐らく精神的に耐えきれずに発狂していた自信がある。

 でも、ノアは前世の記憶を取り戻してしまった。もう、ただ一途に初恋の相手を思い続ける夢見る若者ではない。精神的にはアラフォーのおっさんにまで老け込んでしまった。だからこそ冷めたのだ。

(婚約者の前で平然と浮気を繰り返す二股男なんぞこっちから願い下げだ)

 貴族だの政略結婚だのというしがらみがなかった前世の記憶が甦ったノアは完全にアルフレッドに愛想をつかしてしまったのだ。
 一応、10年以上拗らせた初恋の終焉だ。胸の痛みがない訳ではない。でも、このしらがみから抜け出せるのならノアだって万々歳なのだ。

(王妃候補として色々と我慢してきたからなぁ……これからは自由に生きてやる)

 この歳で婚約破棄されるなんて、貴族の……ましてやΩという不利な性別に生まれたノアにとっては致命的なダメージのはずだが。

 色々と吹っ切れたノアが浮かべた笑みは、まさに神々しいという他になかった。
 元々この国では珍しく、まただからこそチャールストンの血筋である証である、艶のある黒髪を靡かせてノアは王太子に背を向けた。

「お、おい……」

王太子は何かを言いかけるが、ノアは振り返らない。周りの視線も気にならないはずがないのに彼は堂々とした足取りで祝宴会場を出ていった。

 それは、ノアが今までの規定ルートから大きく軌道を変え、新たな人生の道を歩むための第一歩となった。




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