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4、初めてのお使いと詩人さん

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 私の思いなんかお構いなしに、時間は着実に過ぎていく。
 コンコンと、部屋をノックされる。私は我に返ってノックに応えた。
「はい?」
「蓮人だ。入っていいか?」
「蓮人くん? うん、どうぞ」
 ドアが開かれる。蓮人くんが一枚のB5サイズくらいの紙を手にやってきた。
「この町の大まかな地図だ。だいたいの施設は書いておいた。あとは自分で歩いて覚えろ」
 手渡された地図には、公園や米屋、コンビニやドラッグストア、八百屋や病院まで記されていた。
「あ、こんなに丁寧に……ありがとう! ホントに助かる!」
「で……だ。お前に早速の仕事だ。そろそろ米の蓄えが尽きる。その地図に記した『増宮米店』で米を買ってこい」
「増宮米店……これね。そんなに遠くないし、道も入り組んでないし……わかった、行ってくるね」
「悪いが米代は持ち回り制だから、お前に支払ってもらう。まぁ、増宮米店は良心的価格だから安心しろ」
 そう言うと、蓮人くんが右手をあげた。
「増宮米店にはな、都子(みやこ)さんっていう販売員さんがいる。普段米を売っているのは彼女だ。その都子さんは、米を買う時にジャンケンを挑んでくるんだ。負けても特に何もないが、勝てば買った米の二倍の量をくれる」
「なにそれ! めちゃくちゃ気前がいい売り子さんだね!」
「変わった経営方針だが増宮米店の店長も認めているらしい。それでな、都子さんは実はジャンケンが物凄く弱い。うちはいつも倍量貰って来ている。お前にもきちんと買ってもらわないと困る」
 ジャンケンで勝ってこいと言われても、それって時の運なんじゃ……。
 私の思いを見越したように、蓮人くんが続けた。
「都子さんはな、ジャンケンの掛け声をかえたときにはすでに出す手を決めている。だからジャンケンのコールが始まったら良く彼女の手先を観察するんだ。そうすれば簡単に勝てる」
「手先を観察する……。私にそんなこと出来るかなぁ?」
「まぁオレの言ったことを頭に叩き込んで買いに行ってみろ。実際にジャンケンをしてみればよくわかるはずだ」
「うう……自信無いなぁ。私もそんなにジャンケン強い方じゃないし」
 そう言ったが、蓮人くんはさっさと背中を向けていた。
「じゃあ、頼んだからな。オレはネトゲで忙しい、もう部屋に戻る。いいな、手先を観察すること、忘れるな」
 そう言って蓮人くんは部屋を去っていった。
(うーん、手先を観察すればわかるって、だいじょうぶかなぁ……)
 不安な気持ちで地図に視線を落とす。
 地図は定規でも使って書かれたのかと思うほどキレイな出来で、この町の構図がよく見て取れる。
 町の中心には中央公園と書かれた場所。ここが、私が昨日たこ焼きを食べた、お祭りをやっていた場所だろう。そこから通りを一本へだてて彩花荘がある。彩花荘から路地に出て、右にまっすぐ進むと八百屋さんや増宮米店などがある。
 いわばこの町の商店街といったところであろうか。
 病院は中央公園を隔てて真逆の位置にある。それと、右端のほうには『運動公園』と書かれた場所があり、その端っこには『海』と書かれていた。
「わぁ、この町、海もあるのかぁ。行ってみたいなぁ」
 海は好きだ。昔、家族でよく遊んだりバーベキューをしたりした。
 我が家にとっては楽しい思い出のつまった場所のひとつであった。
 だからこそ、今はちょっとつらいなって思う気持ちもなくはないが、やはり海は良い。
「とにかく、お使いを頼まれたんだからしっかりやらないとね」
 まだお財布のお金には少々の余裕があることを確認して、私は出かける準備に取り掛かった。寝間着用に持ってきた服から、ワンピースに取り換える。しわになっちゃわないかなと思ったけど、ワンピースは着てみるとちゃんと綺麗に広がった。
「持ってきた服もハンガーにかけたりしないとね。なんてったって、ここが私の夏休みを過ごす場所なんだから!」
 お米屋さんの帰りには八百屋さんに寄って、何か野菜を買おう。塩もみでもちょっとした料理でもなんでも、今の食卓を少しでもなんとか出来るものを買ってこしらえたい。
 支度が整ったとき、遠くからお囃子の音が聞こえてきた。
 時計を見るとお昼の十二時だった。こんな時間から夜まで、お祭りをしているのか。
「これを毎日やっているんだよね。とっても不思議」
 お囃子の音を聞きながら支度を整え、出発前に台所をチェックした私は軽く絶望を覚えた。
 調味料が塩しかない。調理器具は大きな鍋がひとつしかない。
 ホントにこの家は……これじゃ、最下層って呼ばれちゃっても仕方がないよね。
「ううん……さすがに調理器具までそろえる予算はないぞぉ……オカズどうしよっかなぁ」
 頭を抱えながら玄関を出て、お米を買いに向かった。道順は単純な物だったので地図は部屋に置いておくことにする。
 菜園もかねた細い道を出て、路地に出る。そこには三人のおばさんがいた。大根おばさんとごぼうおばさんと長ネギおばさんだ。いっつもここで立ち話しているのだろうか。
「あらっ! 聞いたわよ、あなたここに住むことになったんだってね」と大根おばさん。
「気を付けてよー。女の子ひとりでこんな場所に……心配だわぁ」とごぼおばさん。
「根暗な子はガールフレンドもいるみたいだけど、おじさんの方は、ねぇ」と長ネギおばさん。ねぇ、のところは三人で声がそろっていた。
「あはは、ご心配ありがとうございます。おふたりとも良いひとなのでだいじょうぶですから。それじゃあ買い物があるので、失礼しますね!」
 そそくさとおばさんたちの輪を抜けていく。
 それにしても根暗な子にガールフレンドとは。蓮人くんは彼女がいるのだろうか。
 まぁ、あれだけイケメンだったら彼女がいてもおかしくないけど……。
(でも蓮人くん、ネットゲームしかしてないよなぁ……)
 そんなことを考えながら、夏の午後の陽射しに照らされた蒸し蒸しとする道を歩く。
 さすがに地図に縮尺までは書いてなかったけれど、五分ほど歩くと『増宮米店』の看板が見えてきた。
「あっ、アレかぁ。あとは、ジャンケン……手先を見る、手先を見る……よし!」
 蓮人くんに言われたことを復唱して、私は増宮米店の暖簾とガラス戸をくぐった。
「あらぁ、お客さんねぇ。いらっしゃい」
 お米が店の至る所に積まれたり並べられたりしている店内で私を出迎えてくれたのは、狐目のおっとりとしゃべる美人さんだった。歳のころは二十五くらいだろうか。
「あら、この町では見ない子ね。はじめまして、増宮米店の都子よ。よろしくねぇ」
「あ、私、この度彩花荘にお世話になることになった三島響子と申します! よろしくお願いします!」
「あらあら彩花荘の御世話にねぇ。秀男さんも可愛いひとだし、蓮人くんも不器用だけど良い子だから、きっと住み心地もよいわねぇ」
 都子さんは笑顔を絶やさず、おっとりとした口調でそう言った。
 都子さんは、彼らの良さをわかっているんだな――と思いながら彼女の心の色を見る。
 宝石のようにキレイなエメラルドグリーン。その輝きを見て私は胸を撫でおろした。きっとこのひとは信頼できるひとだ。
「それで、今日はお使いでやってきたの?」
「はい、お米を買いに……えっと、種類がいっぱいですね、どれにしようかな?」
「彩花荘のひとたちなら、いつもこの『純情一目惚れ』を買っていくから、それにしたらいいんじゃないかしら?」
 都子さんのありがたいアドバイスに、私は従うことにした。
「そうなんですね。じゃあこれを……五キロのやつください」
「はいよぉ。ほな、アタシとジャンケンしよか? もしもこの都子さんにジャンケンで勝てたら、お米は二倍プレゼント企画中や」
 来た……と私は心の中で思った。
 ――手先をよく見てろ。
 蓮人くんの言葉を思い出す。都子さんの白くて細い手の先を……。
「じゃーんけーん……」
 都子さんが手を軽く振りかぶる。その指先が、人差し指と中指だけ浮いている。
(これは……チョキを出すってこと? なら私はグーで!)
「ぽん!」
 私の出したグーは、見事に都子さんが出したチョキに勝利したのであった。
「あらぁ、負けちゃったわぁ。彩花荘のひとはなんで皆ジャンケンがこんなに強いんやろなぁ。まぁまぁ、この都子さんに勝ったご褒美や! お米は倍量の十キロで売ったるで!」
 もともと五キロで千五百円だったものが、十キロで千五百円……!
 安い、安すぎる。破格のお値段に恐縮しつつ、私はお支払いを済ませた。
 なんだか悪いなって気持ちもあったけど、私の懐事情にも余裕がないのだ。
「はい、じゃあこれ十キロ!」
 都子さんが軽々と持って渡してくれたお米を袋に入れてもらい受け取ると、ずっしりとした重みがある。こんな重いのをあの細い手で軽く持っていたのか――さすがお米屋さん!
「あ、ありがとうございます……!」
 これは片手ではとても持てない。私は抱えるようにして両手でお米の袋を持った。
「ほな、気を付けて帰るんだよぉ、暑いしなぁ。また来ておくれ」
 笑顔の都子さんに見送られ、再び炎天下に戻る。
 つらい。この暑さのなかで重いお米を抱えて歩くのは相当なパワーを必要とした。
(帰りに野菜も見ようと思ってたけど、これはとても無理! お米だけで限界)
 行きは五分だった道をおよそ十分かけて帰ると、私はカギを開けて彩花荘のなかに戻った。陽射しがなくなるだけでずっと楽になる。
 まずはお米を台所の、元のお米が置いてある場所の横に置く。
 いったん部屋に戻りエアコンをつけると、私は再び炎天下へと戻った。
(もう疲れちゃったけど、野菜買って少しは食卓をまともにしないとね)
 といっても調理器具がないので作れるものはたかが知れているが仕方ない。
 八百屋さんでキャベツとニンジン、それにもやしを買った。
 コンビニでごま油と塩コショウを買い、これで最低限。私だって貧乏なんだから、これ以上彩花荘のためにお金は裂けないという気持ちもあったりして。
 野菜を買い終えて彩花荘に戻ると、ちょうど蓮人くんが部屋から出てくるところだった。
「蓮人くん、どこか行くの?」
「昼飯を買いに行く」
「そっか、もう午後一時だね。たしかにお腹空いたなぁ、私もついて行ってよい?」
「べつに構わないけど……」
 野菜を手早く冷蔵庫にしまい調味料を台所の脇に置くと、私は蓮人くんと連れたって中央公園にお昼ご飯を買いに出かけた。
「蓮人くんはお昼何にするの? 私は秀男さんに勧められた来来屋台の焼きそばにしてみよっかなって思ってるんだけど」
「オレもそこにする予定だった。あそこの焼きそばは豚肉たっぷりだからな。ちょっとは肉も食わないと」
 中央公園に入ると、来来屋台に向けて進んでいく蓮人くんの後を追う。
 昨日お祭りは一通り見て回ったが、やはり大きな公園に数え切れない屋台の数があるので、一個一個の場所をしっかりとは覚えられていない。
「詩人さん」
 私たちが公園を歩いていると、不意に声をかけられた。詩人さん……?
 蓮人くんは一瞬しまったというような顔をしてから、ゆっくりと声のしたほうに顔を向けた。
 そこには、長い黒髪に白いブラウス、涼しげな水色のロングスカートを着た絵にかいたような清楚な女の子がいた。目が大きくてすっと通った鼻と口は小ぶりな美人さんだ。
「よう、灯里。お前がここに来るのもめずらしいな。どうしたんだ?」
「詩人さんがお昼は公園の屋台にするって言ってたから。それならお弁当作ってあげようかなって思って。これ、良かったら」
 そう言って、灯里と呼ばれた女の子が蓮人くんに可愛い風呂敷で包まれたお弁当を差し出す。蓮人くんは固い表情のままだったが、素直にそれを受け取った。
「そうか……わざわざすまんな。響子、オレの昼飯は調達出来たから、屋台にはお前ひとりで行ってくれ。ここからまっすぐ行けば来来屋台だ」
 蓮人くんはお弁当を受け取ると、踵を返して戻っていった。
 灯里と呼ばれた女性はそんな蓮人くんを笑顔で見送って、私に向き直る。
「あなたは……えっと響子さん? 詩人さんのお友達?」
「あ、どうも。私、蓮人くんと同じ彩花荘に住むことになった三島響子と申します。その、蓮人くんとはお知り合いなんですか?」
「ええ。同じネットゲームをやっているの。そっか、響子さんは彩花荘に住んでいるんだね。じゃあ同じ町内のお友達ね。私は月詠灯里(つくよみあかり)。よろしくね」
 灯里さんがにっこりと微笑んで軽く頭を下げた。私も頭を下げて、挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします! あの、私蓮人くんとは同じ場所に住むことになっただけでなんでもありませんから!」
 わざわざ蓮人くんにお弁当を持ってきたひとなのだ。ついそんなことを口走ってしまう。
「ああ、いいのいいの。詩人さんと私は特別な関係ってワケじゃないから」
 微笑んだまま言った灯里さんの心の色は真珠を思わせる淡いピンク色。
 とってもキレイで安心する色だ。きっと優しいひとなのだろう。
「そうなんですか。てっきり……その……」
「ふふっ、私がお節介焼いてるだけよ。気にしないで」
 笑う灯里さんに、私は疑問に思ったことをたずねてみることにした。
「あの、蓮人くんのこと詩人さんって呼んでいたけど、どういうことですか?」
「彼ね、普段の生活はあんな態度でしょ? でも、ネットゲームの中では詩的な言葉やロマンティックなことをよく言うの。だから私が詩人さんってあだ名つけちゃったの」
 蓮人くん、私生活であんなに無愛想なのに、ネットゲームではそんな感じなの!?
 とっても意外で驚いていると、ちょっといたずらそうに笑った灯里さんが、気が付いたように言った。
「詩人さんにだけお弁当あげちゃってごめんなさいね。新しく入ったひとがいるなんて知らなかったから」
「いいえ! 蓮人くんと灯里さんはお知り合いなんだし。私は今日はじめましてなんですから、そんなお気遣いなく! それに、来来屋台の焼きそばが美味しいって聞いていたので、だいじょうぶです!」
「あそこの焼きそばは具沢山でほんとに美味しいのよ、それじゃあ、あんまり日に当たると私眩暈がしちゃうから、これで。これからよろしくね、響子さん」
「はい、よろしくお願いします!」
 私がもう一度頭を下げると、灯里さんは笑顔を残して中央公園を去っていった。
(へぇ~、蓮人くんにはあんなお知り合いがいるんだ。しかもネットゲームではロマンチストだなんて、意外だなぁ)
 蓮人くんがネットゲームで詩的なことを話しているのを、ちょっとおかしく思いながら私は来来屋台で焼きそばを買った。
 ふと、公園の外れのほかの屋台から外れた出店があることに気付く。
 足を向けてみると輪投げ屋さんが店を広げていた。
(輪投げ屋かぁ、昔お父さんとお母さんにせがんで何度もやらせてもらったなぁ)
 懐かしくなって店を覗いた。
 帽子を目深に被った屋台のひとが、輪投げやってくかい? と聞いてくる。
 せっかくだし、懐かしさもあって私は一回挑戦することにする。
「やります!」
「それじゃ、一回五十円ね」
「はい、これで」
 お金を私と、帽子を目深にかぶったおじさんが輪っかを渡してくれた。
 輪にくっかける棒は四角い形で九個あり、まんなかに大当たりと書いてあった。
「えい!」
 輪っかを投げるが、残念ながら下の方の棒に引っ掛かった。大当たりならず。
「はい、残念賞はキャンディーだ。これ持ってきな」
「ありがとうございます」
 キャンディーを受け取る。昔やった輪投げ屋さんも残念賞がキャンディーだったな、と懐かしく思う。奇妙な共通点もあるものだ。
 輪投げを終えた私は彩花荘への帰路についた。焼きそばを袋のうえからそっと見てみる。
 確かに具沢山。もやし、キャベツ、ニンジンと私が買ってきたものとかぶってはいるが、それ以上に豚肉がたくさん入ってて嬉しい。彩花荘に来て初めてのお肉だ!
「ただいまでーす!」
 彩花荘の台所のテーブルに戻ると、蓮人くんがお弁当を広げていた。
 食べかけのそれをちょっと覗いちゃうと、卵焼きに唐揚げにちくわにお漬物にきんぴらごぼう! それにご飯もスゴイ。二段で作ってあって、ご飯とご飯の間に海苔がしきつめてあり、一番上のご飯の上にはごまとふりかけもあった。
 これは栄養補給に最適だ。蓮人くんはたびたびお弁当をもらっているのだろうか。
「蓮人くん、詩人さんなんて呼ばれているんだね。すっごい意外!」
「そのことはいい。来来屋台の焼きそばは無事買えたようだな」
 照れくさそうに横を向いた蓮人くん。
 私は向かい合うように座って焼きそばに箸を伸ばした。
「美味しい!」
「またそれか。お前はなんでも美味しい美味しいだな」
「でもこの焼きそば、ホントに美味しいんだもん。野菜も食感がしっかりしてて麺も味がきちんとついてる。何よりお肉ー!」
「まぁ、中央公園でも人気の屋台だからな」
 ふたりで黙々とお昼ご飯を食べる。蓮人くんは贅沢なお弁当をささっと食べ終えると席を立った。
「蓮人くんは、またネットゲーム?」
「まぁな。ネトゲもいろいろやることがあって忙しいんだよ」
 蓮人くんはネトゲ三昧。どうやって収入を得ているんだろう……。
 不思議に思いながら、美味しい焼きそばを食べ終える。うーん、お腹いっぱい!
 ちょっと横になろうと思って自室に戻る。
 そのままスマートフォンを取り出して、お母さんにメッセージアプリを送る。
『夏休みの間滞在する場所は決まったよ、とっても良いところ。お母さんも実家でのんびり過ごしてね』
 お父さんのことには敢えて触れなかった。お母さんだってリフレッシュしているかもしれないし、お父さんはお父さんで寂しいかもだけど、ひとりの時間でいろいろ思うところがあるだろう。
 今は私自身が生活の基盤をしっかりさせないと!
 一時間くらいゴロゴロしたりアプリゲームをやってみたりして、私は身を起こした。
 買ってきた野菜と食材で間に合わせでも簡単な料理を作っておこうと思ったのだ。
「あの浅漬けだけじゃ、いくらなんでも寂しいもんね」
 袖はないけど腕まくりの仕草をして、台所に立つ。まずはもやしだ。
 もやしは本来置いてある大鍋で煮たいのだけど、生憎ザルがない。煮込んでも熱湯を流せないので、仕方なく深くて大きなお皿を見つけて詰め込めるだけ詰め込める。
 そしてそれをラップして電子レンジで四分加熱。熱々になるのでタオルで手を覆って取り出し、熱して出たもやしの汁をほとんど捨てる。
「アチチ! これを、こうして……」
 そこにごま油と塩コショウを加え、丁寧に混ぜ込んでいく。もやしのナムル風炒めだ。
 これがごま油の香りと塩コショウのしょっぱさと風味で、なかなかいける。
 しっかり加熱してあるので、ちょっとは日持ちもするのだ。
「ごはんと食べるから味は少し濃いめにして……うん、いける。次はキャベツ!」
 これはシンプルに手でキャベツとニンジンを小さくちぎっていって、塩もみにする。保存袋のなかに刻んだキャベツとニンジンを入れていき、塩をかけて根気よく揉みこんでいく。こちらはあっさり風味にしよう。
「よし、簡単オカズ出来た!」
 出来上がったふたつはラップして冷蔵庫に入れる。このふたつを足しても野菜ばかりの虚しい食卓ではあるけど、ナスときゅうりとしその浅漬けしかないよりずっとマシだ。
 それにお手軽な割りに、なかなか美味しくごはんに合う。
 出来合いの漬物も考えたが、値段と量とコストパフォーマンスを考えると手作りが一番!
「秀男さんと蓮人くん、どんな反応するかな」
 今夜の夕飯がちょっと楽しみになって、私はひとり台所で笑みをこぼしてしまう。
「うまい!こりゃうまい!めっちゃうまい!」
「ああ、これはなかなか……今までの食卓よりずっとマシだな」
 夕ご飯のときに出したもやしのナムル風とキャベツの浅漬けは、想像以上にふたりに好評だった。秀男さんなど、ご飯をおかわりするほどだ。
「そんな美味しそうに食べてくれるなら、作って良かった。簡単に出来るものだから、今度ふたりにもつくり方を教えるね」
 私も浅漬けだけだった食卓よりはずっと食が進んで「美味しい!」と勢いで無理やり食べる必要がなくなった。まぁ、アレはアレで楽しかったけど。
 後片付けは秀男さんの当番で、私は先にお風呂に入ることにした。
 昨日は湯船を遠慮したけど、今日はお米十キロの運搬で疲れた体をほぐすべく、狭い湯船に体を浸ける。ぼうっとお風呂の天井を眺めながら過ごす。
 なんだか奇妙な十八歳のバースデーになったな。なんて思いながら全身を温めてお風呂をあがった。髪をかわかして部屋に横になって、見慣れてきた天井をじぃっと見あげる。
「今日で十八歳か。私も大人になったんだなぁ」
 両親のお金で高校に行かせて貰っているし、もともと実家住まいで甘えている部分はあまりにもたくさんあるけど、それでもそんな感慨がわいてくる。
『お誕生日おめでとう。良い一日を過ごせたかな?』
 お母さんからのメッセージアプリ。
『ありがとう。なんだか慌ただしかったけど、今はゆっくりしてる』
 そう返事を返して、布団の上にゴロンと横になった。
 こうして、私のバースデーは過ぎ去っていったのであった。
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