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第四話
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「ヤマギシ、アパートにいこうぜ」
放課後の終わりの会がおわると、ハルト君がわたしの席にやってきていった。
「うん、いこう!」
わたしも元気よく席を立つ。
二人でつれそってあるくと、女子の何人かが声をあげる。
「ええー、アヤナってばナイトウ君とデート!?」
クラスメイトのミカちゃんなんてストレートにそんなことをきいてくる。
どうやら女子のあいだでハルト君は人気があるみたい。
うん、たしかにカッコイイし、さりげなくやさしい人だもんね。
「ちがうよミカちゃん。わたし、おばあちゃんのアパートのお手伝いしてるの。それで、ハルト君もおばあちゃんと話しあって、一緒にお手伝いしてくれてるの」
「ええ、アパートのお手伝いとかなんかスゴい! 二人ともがんばってね」
ミカちゃんのおうえんと女子の声をききながら、ハルト君と教室を出る。
「ヤマギシは女子のかわし方がうまいな」
「かわすっていうか、ホントのことをいっただけだしね!」
「まあな。ただああいう言い合いではムキになるやつが多い。おちついてるなと思った」
ハルト君のほうがよっぽどおちついてるよ。
そう思ったけどだまっておこう。
アパートにつくと、おばあちゃんとお兄ちゃんが管理人室でお話していた。
「おばあちゃん、ただいまー!」
「二人とも、今日もよろしくお願いします」
わたしたちがあいさつすると、おばあちゃんがにっこりわらっていった。
「ケイスケとも話していたんだけどね。いつもお手伝いばっかりじゃつかれるでしょう。今日はアパートのことはわたしがするから、ケイスケと遊びにいっておいで」
「えっ、お兄ちゃんと!? いいの!?」
わたしがおもわずとびあがると、ケイスケお兄ちゃんもほほえんだ。
「アヤナは毎日がんばってくれてるからな、たまには息抜きがいるだろう。ハルト君、キミも一緒にどうだい? 駅前で気ままになにかしよう」
ハルト君は大はしゃぎのわたしを見ると、「ふぅん」とでもいわんがばかりにうなずいてみせて、いった。
「いえ、オレはえんりょします。たつのおばあさんにおききしたい話もたくさんあるので」
あれ、もしかしてこれって気をつかわれてる?
ううん、なんかちょっと気のつかいかた、ちがう気もするけど……。
でもお兄ちゃんと二人で話すのひさしぶりだし、ここはすなおにあまえちゃおう!
「ハルト君、ありがとね。じゃあお兄ちゃん、久しぶりにおでかけしよー! あっ、一回おうちにかえってきがえてこようかな?」
せっかくのお兄ちゃんとのおでかけならオシャレをしたい!
でもお兄ちゃんはやんわりとわらってわたしのあたまをなでた。
「わざわざそこまでしないでいい。そのままで十分だよ」
そういうと、おばあちゃんに「いってきます」とつげてお兄ちゃんはアパートを出た。
わたしも二人に手をふると、いそいでそのあとをおう。
お兄ちゃんと二人で駅前までの道をあるく。
なつかしいな。
こうやって二人で歩いていた6年前。
わたしははじめて、空に『旅立ち』していく女の子をみた。
あのとき、アパートを手伝うやくそくをして、今があるんだ――。
ちょっとセンチメンタルなきもちになって、お兄ちゃんの腕をちょこんとにぎる。
「アヤナはむかしから、手をつないだりするのが好きだったな」
お兄ちゃんがわらって、手をつないでくれた。うれしいな。
音楽でもやってそうなととのったよこがおで、お兄ちゃんはかわらずステキだ。
お兄ちゃんと手をつなぐのはふしぎな気持ち。
ドキドキするのに、安心する。
「アヤナは駅前でやりたいことはあるか?」
「えっと……そうだ! あたらしくできたカフェにあるパフェがとってもおいしいってきいたの! 食べてみたい!」
「パフェか、アヤナらしいな。よし、そこにいこう」
駅前のカフェは表どおりにたっていたので、すぐにみつかった。
新しいお店とあってこんでるけど、まだ何人かはすわれそう。
カフェに入ると店員さんが「何名さまですか?」と聞いてくる。
お兄ちゃんが「二名です」とこたえると、わたしたちは席まで案内された。
きれいな白いテーブルクロスがかかった席に、お兄ちゃんと向かい合ってすわる。
メニュー表はいくつかにわかれていたけど、パフェだけのメニュー表を発見!
さっそくわたしはそれにくぎづけになった。
シンプルなのもいいけどケーキがのってるのもいいし、プリンがあるやつも――。
目をパチクリさせながらメニュー表をみているわたしを、お兄ちゃんはわらって見てる。
大人っぽくふるまわなきゃ!
でも、目のまえにはパフェメニュー!
おばあちゃんからもらったせっかくのお休みだもん、パフェを食べるんだ!
自分にそう言い聞かせてわたしがえらんだのは、チョコレートパフェ。
お兄ちゃんが店員さんを呼んでパフェと自分のアイスコーヒーを注文。
まっている間に、お兄ちゃんが話をしてくれた。
「最初はどうなるかなって思ったけど、アヤナもすっかり仕事になれたな」
「そうかな、今でもときどきドジしちゃうし、みんなにささえられてばっかりだけど……」
「そんなことないさ。それに、ハルト君もつれてきてくれたしな」
ハルト君に話がとんで、わたしは少し首をひねってしまう。
「ハルト君をアパートにつれてきたことが、どうかしたの?」
「うん。オレやおばあちゃんだけじゃ気づかないことも、きっと彼なら気づいてくれる。オレたちは二人とも、基本的には仏教の教えを学んできからね、神道の彼の存在は大切だ」
「いろんな教えの人がいたほうがいいの?」
「ああ、アパートに入る人だって、何を信じているかいないか、わからないしな」
なるほど、これから神道を信じる人がアパートに来たりしたら、ハルト君がとってもたよりになるってことか。
アパートのみんなのために、わたしもいろいろお勉強しなくちゃ!
そんなことをかんがえていたら、トレイをもった店員さんがやってきた。
「アイスコーヒーとチョコレートパフェ、お待たせいたしました」
「わああ、すごーい!」
チョコレートパフェは、とうめいなおおきなカップの中にもられている。
下の方はクリームとシリアルでうめてあって、カップのふちにはパイナップル、オレンジ、バナナ、リンゴなどのフルーツがならんでいる。
まんなかには大きなバニラアイス!
ウエハースにチョコで出来たスティック!
そのうえからたっぷり生クリームとチョコレートソースがかけられていて、てっぺんにはチェリー!
「とってもおいしそー! カワイイー!」
「ふふっ、アヤナ。見とれているのもいいが、アイスがとけるぞ、食べたらどうだ?」
「うん! いっただきまーす!」
生クリームのふわっとしたやわらかさと甘さ。
チョコソースの口の中でとろけるかおり。
バニラアイスの冷たい食感。
フルーツたちのあまずっぱさが、大きなアイスをいつまでもあきさせない。
なかのシリアルはサクサクで、はごたえのアクセント!
「このパフェ、とってもとってもおいしい!」
んー……大好きなお兄ちゃんとすっごくおいしいパフェ!
なんてしあわせな時間!
パフェはあっという間になくなっていき、さいごのシリアルまでごちそうさま!
はぁ、おなかいっぱいになるまであまいもの食べるって、サイコーだぁ――。
水を飲んでふぅ、と息をついたあとは、お兄ちゃんに学校のことを聞かれたり。
ハルト君の話や、クラスメイトのこと。
水谷さんにもきかれたけど、しゅみでハンドメイドをしてることを話した。
お兄ちゃんはアイスコーヒーに手をつけることもなく、話をきいてくれる。
「お兄ちゃんは、ふだんはなにをしているの?」
「オレか? オレは今はおばあちゃんの手伝いがメインだよ、あとはのんびりかな」
ちょっとごまかすように笑うお兄ちゃん。
カフェを出ると「まだ時間があるな」と腕時計を見たお兄ちゃんがいった。
そして、駅ビルの地下にある大きなゲームセンターに連れていってくれた!
ガタガタ乗り物がゆれるシューティングゲーム機や、箱型のお化けやしき。
たくさんのクレーンゲームにメダルゲーム。
カードをつかってあそぶゲームに、音楽に合わせて楽器をつかうゲーム。
いろいろなものがあって目移りしちゃう!
「アヤナ、今日は好きなもので遊んでいいからな」
「ええー、ほんとに!? でも、こんなにぜいたくしちゃって……」
「いつもたくさん仕事してくれているからな。はたらくときははたらく、あそぶときはあそぶ。そのメリハリが大事なんだ。さあ、今はあそぶときだ」
「メリハリ……うん! わたし、これからもアパートのお仕事がんばるね。だから、今日は思いっきりあそんじゃう!」
アパートの人たちに満足してもらって、しあわせな『旅立ち』をしてもらおう。
アパートのみんなは今なにしてるかな。
ここで、みんなと一緒に遊びたいな!
そんなことを思いながら、わたしはぜいたくなお休みの半日を過ごした。
それからは土曜日も日曜日も、わたしは幽霊アパートに通った。
ハルト君もよくやってくる。
空いた時間は算数と理科が得意なハルト君と、国語と社会が得意なわたしで勉強を教えあったり。お兄ちゃんに教えてもらったり。
おかげでわたしの学校のテストの成績もグーンとあがった。
おどろくお父さんとお母さんに、アパートで空いた時間に勉強しているの!
ってつたえたからか、わたしがおばあちゃんのアパートに通うことも何もいわれない。
学校、友達、アパート、幽霊友達。
お兄ちゃん、おばあちゃん、ハルト君。
わたしの生活は前よりもずっとじゅうじつしていた。
――そんなある日。
いつものように学校をおえてから、ハルト君とアパートへやってきた。
そしてわたしは日課になっている、各へやのお清めの仕事をはじめた。
二階からじゅんばんに、一へやずつ清めていって、次のお清めが102号室の番。
コンコン、とノックをして声をかける。
「ネクさん、お清めです。入りますよー」
もう一回ノックをして、ネクさんのへやに入る。
へんじはない。いつも小さな声だけど、おへんじしてくれるのに――。
「ネクさーん、お清めですよー」
ネクさんはちいさく『うっ、ううっ……』とうめいている。
どうしよう、調子が良くないのだろうか?
わたしはいそいでへやの電気をつけた。
そこには、まっくろなけむりにつつまれたネクさんがいた。
「ね、ネクさん!?」
『アヤナ、ちゃ……にげて……! う、ううう……あああああ!』
黒いけむりにつつまれて苦しそうにさけんでいるネクさん。
これってもしかして――悪い幽霊になりかけているんじゃ……!?
おばあちゃんかお兄ちゃんを呼ばないと――。
わたしがあとずさるように後ろ足であるいてへやから出ようとしたとき。
『うがあああ! うわああああ!』
ネクさんが叫び声をあげながら、わたしに向けて黒いけむりのようなものを出した。
「きゃあ!?」
すごいしょうげきでふき飛ばされて、ネクさんのへやから追い出されるようにして尻もちをついてしまった。
黒いけむりがまとわりつく。
「やっ、なにこれ!?」
悪い幽霊がはきだしたなにかが、べったりとついてはがれない。
けむりが重くて、わたしは思うように動くことができなくなってしまう。
黒いけむりがせまってくる。
いやだ! こわい!
その時、わたしが左手につけていたブレスレットの石が光って、けむりを消してくれた。
だけど、光ったブレスレットはバラバラになってしまった。
「これは……?」
『アヤナちゃん、たつのおばあさんを呼んでこなきゃ!』
声を聞きつけたのか、水谷さんがさけんだ。
「そうだ。い、今のうちにおばあちゃんを!」
『うあああああ!』
起き上がろうとしたわたしに、ネクさんがもう一度黒いけむりを吐き出す。
ダメ、またけむりにつつまれちゃう!
わたしは目を閉じ体をかたくした。
けれども、いつまでもけむりはやってこない。
目をひらくと、わたしの目の前には文字の書かれたお札がういていた。
「はらいたまえ! 清めたまえ! 邪なるけがれから守りたまえ!」
両手にお札をかまえたハルト君が、わたしの前に立っていた。
「ハルト君!」
「あぶないところだったな、ヤマギシ!」
「ありがとう! ねぇ、ネクさんが……!」
「あいつはもうダメだ! 完全に悪霊になってしまってる!」
騒ぎを聞きつけ、ほかのアパートの幽霊たちもやってきた。
だけどだれも、ネクさんを止めることは出来ない。
「みんな、はなれていてくれ! 水谷さん、ヤマギシをたのみます!」
黒いけむりをふきだすネクさんに、ハルト君が立ち向かう。
『アヤナちゃん、こっちに』
『アヤナ、さがるんだ、来い!』
わたしは水谷さんとゲンさんにうながされて、後ろに下がった。
『あたし、たつのおばあさん呼んでくる!』
アカリちゃんが、おばあちゃんたちを呼びに行った。
ネクさんがまた黒いけむりを吐いた。
ハルト君は呪文をとなえて、お札でそれを防ぐ。
そしてネクさんが黒いけむりをはきおえたしゅんかんに、ハルト君が走った。
ネクさんにいっちょくせんに向かっていく。
「清めたまえ! はらいたまえ! 守りたまえ! 邪妖駆逐! はあぁ!」
長いかみにかくれたハルト君の左目がひかる。
ハルト君が手にした札をネクさんのおでこに押し当てた。
そのしゅんかん、ネクさんがお札のなかにすいこまれるように消えた。
「封印!」
ハルト君がネクさんをすいこんだ札に、手早く赤い文字をかいた。
へやの中に、ハルト君のあらいこきゅうだけが聞こえる。
『アヤナ! たつのおばあさんつれてきたよ!』
「まぁ……!」
おばあちゃんとお兄ちゃんは、へやを見ると息をのんだ。
「ハルト君、ネクくんをおさえてくれたのね。ありがとう」
おばあちゃんが声をかけると、息をみだしたハルト君がふりかえる。
「自分の役目を、はたしたまでです。このお札はこちらでしょぶんします」
「ええ、お願いね。うちから悪霊を出してしまうなんて……。ケイスケ、このへやはてっていてきにお清めしましょう。……ネク君、ごめんなさいね」
「わかった、おばあちゃん。……ネク君、残念だ」
「おばあちゃん、お兄ちゃん。わたしも……」
手伝おうと体をのりだしたわたしを、お兄ちゃんが手でせいした。
「アヤナはネク君におそわれているんだろう、ムリはするな」
「そうね、うちで手伝うより……ハルト君。そのお札のしょぶんを、うちの孫にも見せてあげてくれないかしら?」
おばあちゃんがハルト君の手にした、ネクさんを封じた札を見ていった。
「かしこまりました。それと、ヤマギシはおはらいもしておきましょう」
「お願いね。あとでわたしからハルト君のご家族にしかるべきことはさせていただくわ」
「どうぞ、お気になさらずに。……ヤマギシ、うちまで来るか?」
「ハルト君の家――神社に?」
首をかしげたわたしに、お兄ちゃんが説明してくれた。
「アヤナ、悪霊になって札のなかに封じられた幽霊が最後にどうなるのか、見させてもらってこい」
そうか、今ハルト君は悪い幽霊になったネクさんをすいこんだお札を持ってるんだ。
それをこれからどうするのか――。
わたしはたしかにそれを知りたかった。
いつも力なく、やさしくほほえむネクさん。
わたしたちが『旅立ち』させてあげられなかったネクさんが、これからどうなるのかを。
「そっか、ネクさんのことを見届けないと――ハルト君、ついて行っていい?」
「ああ。この札はすぐに処分したほうがいい、このままうちにいくぞ」
「わかった! おばあちゃん、お兄ちゃん、みんな! いってきます!」
ハルト君がむひょうじょうで、先にたって歩きだす。
さっきまであんなふうに悪い幽霊と戦っていたのに、今はもういつもどおりの顔だ。
ハルト君におくれないように、わたしも足をはやめる。
アパートを出て神社まで――。
とちゅうのこかげで、ふいにハルト君が大きく息を吐いた。
自分の右手をおさえこむように、左手でにぎっている。
「ハルト君? どうしたの?」
「初めてだったんだ」
「えっ?」
「初めて、父さんやじいちゃんの力をかりずに一人で除霊をした」
ハルト君の声が、かすかにふるえていた。
「初めて、オレ一人で――」
「そうだったんだ。初めてのことだったんだね」
大きく息をついているハルト君の背に、わたしはそっと手をおいた。
ハルト君だって、わたしと同い年の子供なんだ。
こわかったはずだ。
とつぜんのことでびっくりしたはずだ。
それなのに、ハルト君は全力でわたしを守ってくれた。
そして、大人であるおばあちゃんやお兄ちゃんと今後のことを話したりして――。
つらかったはずなのに、ずっとがんばっていたんだ。
「ハルト君、わたしを助けてくれてありがとう」
「助けられて、良かった。本当に……」
手のひらをぎゅっとにぎったハルト君がなんかいも深呼吸をした。
目には、いつもの落ち着きがもどっている。
「よし、行こう。はやくネクさんをほうむってあげないとな」
「うん。わたしもネクさんのこと、さいごまで見とどけなくちゃ」
神社につくと、ハルト君はすぐに中にわたしを案内してくれた。
そこにはハルト君のお父さんがいた。きびしそうな人だ。
ハルト君はわたしを紹介し、そして今日のできごとを話して札をとりだした。
「そうか、ハルト。一人で悪霊をふうじることができたとは、大したものだ」
「ひっしだったし、守るものがあったから……。それより、この札の最後をヤマギシにも見せてあげてほしいんだ」
「幽霊アパートのお孫さんか。そうだな、これも良いべんきょうかもしれない」
そういったハルト君のお父さんに、わたしは頭を下げた。
「どうかよろしくお願いいたします」
「わかった、すぐにじゅんびをしよう。ハルト、アヤナさんをつれてウラにきなさい」
神社のウラ庭にまわると、ハルト君のお父さんが木を組んでいた。
小さな、わたしのひざ下までくらいの小さな机のようなものをつくっている。
「清められた木で組んだハコだ。お札はこの中でもやす」
ハルト君が説明してくれる。
しっかりとしたハコがくみあがると、ハルト君がネクさんを入れた札をその中に入れた。
「これをもやして供養するんだ」
ハルト君のお父さんが火をつける。
それと同時に、二人はお経のような言葉をとなえはじめた。
火が少しずつハコを、そしてその中の札をもやしていく。
札から、まっくろなけむりが出ていた。
悪い幽霊が出す、あのけむりににていた。
わたしは手を合わせて、ネクさんの札がもえていくのを見おくった。
――『旅立ち』なら、無明さんみたいにきれいに安らかに天ののぼっていけるのに。
黒いけむりが、苦しそうにウネウネとまがりながら空にのぼっていく。
ネクさんを、『旅立ち』させてあげられなかった。
くやしい気持ちと、もうしわけない気持ち。
わたしはひたすら、ネクさんのけむりがやすらかにありますようにといのった。
「よし、これで供養は無事にすんだ。もう悪い幽霊としても出てこないはずだ」
「ハルト君、ネクさんをありがとう」
「いいさ。もともと、これがオレたちの仕事だ」
まだかすかにもえているハコを見ながら、わたしは言った。
「わたし、絶対ほかの皆にはきちんと『旅立ち』してもらうんだ。こんなふうに、苦しいさいごじゃなくて、今まで『旅立ち』した人たちみたいにやすらかに天にのぼってもらう」
ハルト君がうなずいた。
「『旅立ち』か、いずれオレもこの目で見てみたいものだ」
「とってもきぼうにあふれていてステキなものだよ。ハルト君にも見てもらいたい」
もう二度と、こんなかなしいお別れが起きないように。
わたしは今にも消えそうな火に、もう一度手を合わせた。
ごめんなさい、ネクさん。どうかやすらかに。
さようなら。
放課後の終わりの会がおわると、ハルト君がわたしの席にやってきていった。
「うん、いこう!」
わたしも元気よく席を立つ。
二人でつれそってあるくと、女子の何人かが声をあげる。
「ええー、アヤナってばナイトウ君とデート!?」
クラスメイトのミカちゃんなんてストレートにそんなことをきいてくる。
どうやら女子のあいだでハルト君は人気があるみたい。
うん、たしかにカッコイイし、さりげなくやさしい人だもんね。
「ちがうよミカちゃん。わたし、おばあちゃんのアパートのお手伝いしてるの。それで、ハルト君もおばあちゃんと話しあって、一緒にお手伝いしてくれてるの」
「ええ、アパートのお手伝いとかなんかスゴい! 二人ともがんばってね」
ミカちゃんのおうえんと女子の声をききながら、ハルト君と教室を出る。
「ヤマギシは女子のかわし方がうまいな」
「かわすっていうか、ホントのことをいっただけだしね!」
「まあな。ただああいう言い合いではムキになるやつが多い。おちついてるなと思った」
ハルト君のほうがよっぽどおちついてるよ。
そう思ったけどだまっておこう。
アパートにつくと、おばあちゃんとお兄ちゃんが管理人室でお話していた。
「おばあちゃん、ただいまー!」
「二人とも、今日もよろしくお願いします」
わたしたちがあいさつすると、おばあちゃんがにっこりわらっていった。
「ケイスケとも話していたんだけどね。いつもお手伝いばっかりじゃつかれるでしょう。今日はアパートのことはわたしがするから、ケイスケと遊びにいっておいで」
「えっ、お兄ちゃんと!? いいの!?」
わたしがおもわずとびあがると、ケイスケお兄ちゃんもほほえんだ。
「アヤナは毎日がんばってくれてるからな、たまには息抜きがいるだろう。ハルト君、キミも一緒にどうだい? 駅前で気ままになにかしよう」
ハルト君は大はしゃぎのわたしを見ると、「ふぅん」とでもいわんがばかりにうなずいてみせて、いった。
「いえ、オレはえんりょします。たつのおばあさんにおききしたい話もたくさんあるので」
あれ、もしかしてこれって気をつかわれてる?
ううん、なんかちょっと気のつかいかた、ちがう気もするけど……。
でもお兄ちゃんと二人で話すのひさしぶりだし、ここはすなおにあまえちゃおう!
「ハルト君、ありがとね。じゃあお兄ちゃん、久しぶりにおでかけしよー! あっ、一回おうちにかえってきがえてこようかな?」
せっかくのお兄ちゃんとのおでかけならオシャレをしたい!
でもお兄ちゃんはやんわりとわらってわたしのあたまをなでた。
「わざわざそこまでしないでいい。そのままで十分だよ」
そういうと、おばあちゃんに「いってきます」とつげてお兄ちゃんはアパートを出た。
わたしも二人に手をふると、いそいでそのあとをおう。
お兄ちゃんと二人で駅前までの道をあるく。
なつかしいな。
こうやって二人で歩いていた6年前。
わたしははじめて、空に『旅立ち』していく女の子をみた。
あのとき、アパートを手伝うやくそくをして、今があるんだ――。
ちょっとセンチメンタルなきもちになって、お兄ちゃんの腕をちょこんとにぎる。
「アヤナはむかしから、手をつないだりするのが好きだったな」
お兄ちゃんがわらって、手をつないでくれた。うれしいな。
音楽でもやってそうなととのったよこがおで、お兄ちゃんはかわらずステキだ。
お兄ちゃんと手をつなぐのはふしぎな気持ち。
ドキドキするのに、安心する。
「アヤナは駅前でやりたいことはあるか?」
「えっと……そうだ! あたらしくできたカフェにあるパフェがとってもおいしいってきいたの! 食べてみたい!」
「パフェか、アヤナらしいな。よし、そこにいこう」
駅前のカフェは表どおりにたっていたので、すぐにみつかった。
新しいお店とあってこんでるけど、まだ何人かはすわれそう。
カフェに入ると店員さんが「何名さまですか?」と聞いてくる。
お兄ちゃんが「二名です」とこたえると、わたしたちは席まで案内された。
きれいな白いテーブルクロスがかかった席に、お兄ちゃんと向かい合ってすわる。
メニュー表はいくつかにわかれていたけど、パフェだけのメニュー表を発見!
さっそくわたしはそれにくぎづけになった。
シンプルなのもいいけどケーキがのってるのもいいし、プリンがあるやつも――。
目をパチクリさせながらメニュー表をみているわたしを、お兄ちゃんはわらって見てる。
大人っぽくふるまわなきゃ!
でも、目のまえにはパフェメニュー!
おばあちゃんからもらったせっかくのお休みだもん、パフェを食べるんだ!
自分にそう言い聞かせてわたしがえらんだのは、チョコレートパフェ。
お兄ちゃんが店員さんを呼んでパフェと自分のアイスコーヒーを注文。
まっている間に、お兄ちゃんが話をしてくれた。
「最初はどうなるかなって思ったけど、アヤナもすっかり仕事になれたな」
「そうかな、今でもときどきドジしちゃうし、みんなにささえられてばっかりだけど……」
「そんなことないさ。それに、ハルト君もつれてきてくれたしな」
ハルト君に話がとんで、わたしは少し首をひねってしまう。
「ハルト君をアパートにつれてきたことが、どうかしたの?」
「うん。オレやおばあちゃんだけじゃ気づかないことも、きっと彼なら気づいてくれる。オレたちは二人とも、基本的には仏教の教えを学んできからね、神道の彼の存在は大切だ」
「いろんな教えの人がいたほうがいいの?」
「ああ、アパートに入る人だって、何を信じているかいないか、わからないしな」
なるほど、これから神道を信じる人がアパートに来たりしたら、ハルト君がとってもたよりになるってことか。
アパートのみんなのために、わたしもいろいろお勉強しなくちゃ!
そんなことをかんがえていたら、トレイをもった店員さんがやってきた。
「アイスコーヒーとチョコレートパフェ、お待たせいたしました」
「わああ、すごーい!」
チョコレートパフェは、とうめいなおおきなカップの中にもられている。
下の方はクリームとシリアルでうめてあって、カップのふちにはパイナップル、オレンジ、バナナ、リンゴなどのフルーツがならんでいる。
まんなかには大きなバニラアイス!
ウエハースにチョコで出来たスティック!
そのうえからたっぷり生クリームとチョコレートソースがかけられていて、てっぺんにはチェリー!
「とってもおいしそー! カワイイー!」
「ふふっ、アヤナ。見とれているのもいいが、アイスがとけるぞ、食べたらどうだ?」
「うん! いっただきまーす!」
生クリームのふわっとしたやわらかさと甘さ。
チョコソースの口の中でとろけるかおり。
バニラアイスの冷たい食感。
フルーツたちのあまずっぱさが、大きなアイスをいつまでもあきさせない。
なかのシリアルはサクサクで、はごたえのアクセント!
「このパフェ、とってもとってもおいしい!」
んー……大好きなお兄ちゃんとすっごくおいしいパフェ!
なんてしあわせな時間!
パフェはあっという間になくなっていき、さいごのシリアルまでごちそうさま!
はぁ、おなかいっぱいになるまであまいもの食べるって、サイコーだぁ――。
水を飲んでふぅ、と息をついたあとは、お兄ちゃんに学校のことを聞かれたり。
ハルト君の話や、クラスメイトのこと。
水谷さんにもきかれたけど、しゅみでハンドメイドをしてることを話した。
お兄ちゃんはアイスコーヒーに手をつけることもなく、話をきいてくれる。
「お兄ちゃんは、ふだんはなにをしているの?」
「オレか? オレは今はおばあちゃんの手伝いがメインだよ、あとはのんびりかな」
ちょっとごまかすように笑うお兄ちゃん。
カフェを出ると「まだ時間があるな」と腕時計を見たお兄ちゃんがいった。
そして、駅ビルの地下にある大きなゲームセンターに連れていってくれた!
ガタガタ乗り物がゆれるシューティングゲーム機や、箱型のお化けやしき。
たくさんのクレーンゲームにメダルゲーム。
カードをつかってあそぶゲームに、音楽に合わせて楽器をつかうゲーム。
いろいろなものがあって目移りしちゃう!
「アヤナ、今日は好きなもので遊んでいいからな」
「ええー、ほんとに!? でも、こんなにぜいたくしちゃって……」
「いつもたくさん仕事してくれているからな。はたらくときははたらく、あそぶときはあそぶ。そのメリハリが大事なんだ。さあ、今はあそぶときだ」
「メリハリ……うん! わたし、これからもアパートのお仕事がんばるね。だから、今日は思いっきりあそんじゃう!」
アパートの人たちに満足してもらって、しあわせな『旅立ち』をしてもらおう。
アパートのみんなは今なにしてるかな。
ここで、みんなと一緒に遊びたいな!
そんなことを思いながら、わたしはぜいたくなお休みの半日を過ごした。
それからは土曜日も日曜日も、わたしは幽霊アパートに通った。
ハルト君もよくやってくる。
空いた時間は算数と理科が得意なハルト君と、国語と社会が得意なわたしで勉強を教えあったり。お兄ちゃんに教えてもらったり。
おかげでわたしの学校のテストの成績もグーンとあがった。
おどろくお父さんとお母さんに、アパートで空いた時間に勉強しているの!
ってつたえたからか、わたしがおばあちゃんのアパートに通うことも何もいわれない。
学校、友達、アパート、幽霊友達。
お兄ちゃん、おばあちゃん、ハルト君。
わたしの生活は前よりもずっとじゅうじつしていた。
――そんなある日。
いつものように学校をおえてから、ハルト君とアパートへやってきた。
そしてわたしは日課になっている、各へやのお清めの仕事をはじめた。
二階からじゅんばんに、一へやずつ清めていって、次のお清めが102号室の番。
コンコン、とノックをして声をかける。
「ネクさん、お清めです。入りますよー」
もう一回ノックをして、ネクさんのへやに入る。
へんじはない。いつも小さな声だけど、おへんじしてくれるのに――。
「ネクさーん、お清めですよー」
ネクさんはちいさく『うっ、ううっ……』とうめいている。
どうしよう、調子が良くないのだろうか?
わたしはいそいでへやの電気をつけた。
そこには、まっくろなけむりにつつまれたネクさんがいた。
「ね、ネクさん!?」
『アヤナ、ちゃ……にげて……! う、ううう……あああああ!』
黒いけむりにつつまれて苦しそうにさけんでいるネクさん。
これってもしかして――悪い幽霊になりかけているんじゃ……!?
おばあちゃんかお兄ちゃんを呼ばないと――。
わたしがあとずさるように後ろ足であるいてへやから出ようとしたとき。
『うがあああ! うわああああ!』
ネクさんが叫び声をあげながら、わたしに向けて黒いけむりのようなものを出した。
「きゃあ!?」
すごいしょうげきでふき飛ばされて、ネクさんのへやから追い出されるようにして尻もちをついてしまった。
黒いけむりがまとわりつく。
「やっ、なにこれ!?」
悪い幽霊がはきだしたなにかが、べったりとついてはがれない。
けむりが重くて、わたしは思うように動くことができなくなってしまう。
黒いけむりがせまってくる。
いやだ! こわい!
その時、わたしが左手につけていたブレスレットの石が光って、けむりを消してくれた。
だけど、光ったブレスレットはバラバラになってしまった。
「これは……?」
『アヤナちゃん、たつのおばあさんを呼んでこなきゃ!』
声を聞きつけたのか、水谷さんがさけんだ。
「そうだ。い、今のうちにおばあちゃんを!」
『うあああああ!』
起き上がろうとしたわたしに、ネクさんがもう一度黒いけむりを吐き出す。
ダメ、またけむりにつつまれちゃう!
わたしは目を閉じ体をかたくした。
けれども、いつまでもけむりはやってこない。
目をひらくと、わたしの目の前には文字の書かれたお札がういていた。
「はらいたまえ! 清めたまえ! 邪なるけがれから守りたまえ!」
両手にお札をかまえたハルト君が、わたしの前に立っていた。
「ハルト君!」
「あぶないところだったな、ヤマギシ!」
「ありがとう! ねぇ、ネクさんが……!」
「あいつはもうダメだ! 完全に悪霊になってしまってる!」
騒ぎを聞きつけ、ほかのアパートの幽霊たちもやってきた。
だけどだれも、ネクさんを止めることは出来ない。
「みんな、はなれていてくれ! 水谷さん、ヤマギシをたのみます!」
黒いけむりをふきだすネクさんに、ハルト君が立ち向かう。
『アヤナちゃん、こっちに』
『アヤナ、さがるんだ、来い!』
わたしは水谷さんとゲンさんにうながされて、後ろに下がった。
『あたし、たつのおばあさん呼んでくる!』
アカリちゃんが、おばあちゃんたちを呼びに行った。
ネクさんがまた黒いけむりを吐いた。
ハルト君は呪文をとなえて、お札でそれを防ぐ。
そしてネクさんが黒いけむりをはきおえたしゅんかんに、ハルト君が走った。
ネクさんにいっちょくせんに向かっていく。
「清めたまえ! はらいたまえ! 守りたまえ! 邪妖駆逐! はあぁ!」
長いかみにかくれたハルト君の左目がひかる。
ハルト君が手にした札をネクさんのおでこに押し当てた。
そのしゅんかん、ネクさんがお札のなかにすいこまれるように消えた。
「封印!」
ハルト君がネクさんをすいこんだ札に、手早く赤い文字をかいた。
へやの中に、ハルト君のあらいこきゅうだけが聞こえる。
『アヤナ! たつのおばあさんつれてきたよ!』
「まぁ……!」
おばあちゃんとお兄ちゃんは、へやを見ると息をのんだ。
「ハルト君、ネクくんをおさえてくれたのね。ありがとう」
おばあちゃんが声をかけると、息をみだしたハルト君がふりかえる。
「自分の役目を、はたしたまでです。このお札はこちらでしょぶんします」
「ええ、お願いね。うちから悪霊を出してしまうなんて……。ケイスケ、このへやはてっていてきにお清めしましょう。……ネク君、ごめんなさいね」
「わかった、おばあちゃん。……ネク君、残念だ」
「おばあちゃん、お兄ちゃん。わたしも……」
手伝おうと体をのりだしたわたしを、お兄ちゃんが手でせいした。
「アヤナはネク君におそわれているんだろう、ムリはするな」
「そうね、うちで手伝うより……ハルト君。そのお札のしょぶんを、うちの孫にも見せてあげてくれないかしら?」
おばあちゃんがハルト君の手にした、ネクさんを封じた札を見ていった。
「かしこまりました。それと、ヤマギシはおはらいもしておきましょう」
「お願いね。あとでわたしからハルト君のご家族にしかるべきことはさせていただくわ」
「どうぞ、お気になさらずに。……ヤマギシ、うちまで来るか?」
「ハルト君の家――神社に?」
首をかしげたわたしに、お兄ちゃんが説明してくれた。
「アヤナ、悪霊になって札のなかに封じられた幽霊が最後にどうなるのか、見させてもらってこい」
そうか、今ハルト君は悪い幽霊になったネクさんをすいこんだお札を持ってるんだ。
それをこれからどうするのか――。
わたしはたしかにそれを知りたかった。
いつも力なく、やさしくほほえむネクさん。
わたしたちが『旅立ち』させてあげられなかったネクさんが、これからどうなるのかを。
「そっか、ネクさんのことを見届けないと――ハルト君、ついて行っていい?」
「ああ。この札はすぐに処分したほうがいい、このままうちにいくぞ」
「わかった! おばあちゃん、お兄ちゃん、みんな! いってきます!」
ハルト君がむひょうじょうで、先にたって歩きだす。
さっきまであんなふうに悪い幽霊と戦っていたのに、今はもういつもどおりの顔だ。
ハルト君におくれないように、わたしも足をはやめる。
アパートを出て神社まで――。
とちゅうのこかげで、ふいにハルト君が大きく息を吐いた。
自分の右手をおさえこむように、左手でにぎっている。
「ハルト君? どうしたの?」
「初めてだったんだ」
「えっ?」
「初めて、父さんやじいちゃんの力をかりずに一人で除霊をした」
ハルト君の声が、かすかにふるえていた。
「初めて、オレ一人で――」
「そうだったんだ。初めてのことだったんだね」
大きく息をついているハルト君の背に、わたしはそっと手をおいた。
ハルト君だって、わたしと同い年の子供なんだ。
こわかったはずだ。
とつぜんのことでびっくりしたはずだ。
それなのに、ハルト君は全力でわたしを守ってくれた。
そして、大人であるおばあちゃんやお兄ちゃんと今後のことを話したりして――。
つらかったはずなのに、ずっとがんばっていたんだ。
「ハルト君、わたしを助けてくれてありがとう」
「助けられて、良かった。本当に……」
手のひらをぎゅっとにぎったハルト君がなんかいも深呼吸をした。
目には、いつもの落ち着きがもどっている。
「よし、行こう。はやくネクさんをほうむってあげないとな」
「うん。わたしもネクさんのこと、さいごまで見とどけなくちゃ」
神社につくと、ハルト君はすぐに中にわたしを案内してくれた。
そこにはハルト君のお父さんがいた。きびしそうな人だ。
ハルト君はわたしを紹介し、そして今日のできごとを話して札をとりだした。
「そうか、ハルト。一人で悪霊をふうじることができたとは、大したものだ」
「ひっしだったし、守るものがあったから……。それより、この札の最後をヤマギシにも見せてあげてほしいんだ」
「幽霊アパートのお孫さんか。そうだな、これも良いべんきょうかもしれない」
そういったハルト君のお父さんに、わたしは頭を下げた。
「どうかよろしくお願いいたします」
「わかった、すぐにじゅんびをしよう。ハルト、アヤナさんをつれてウラにきなさい」
神社のウラ庭にまわると、ハルト君のお父さんが木を組んでいた。
小さな、わたしのひざ下までくらいの小さな机のようなものをつくっている。
「清められた木で組んだハコだ。お札はこの中でもやす」
ハルト君が説明してくれる。
しっかりとしたハコがくみあがると、ハルト君がネクさんを入れた札をその中に入れた。
「これをもやして供養するんだ」
ハルト君のお父さんが火をつける。
それと同時に、二人はお経のような言葉をとなえはじめた。
火が少しずつハコを、そしてその中の札をもやしていく。
札から、まっくろなけむりが出ていた。
悪い幽霊が出す、あのけむりににていた。
わたしは手を合わせて、ネクさんの札がもえていくのを見おくった。
――『旅立ち』なら、無明さんみたいにきれいに安らかに天ののぼっていけるのに。
黒いけむりが、苦しそうにウネウネとまがりながら空にのぼっていく。
ネクさんを、『旅立ち』させてあげられなかった。
くやしい気持ちと、もうしわけない気持ち。
わたしはひたすら、ネクさんのけむりがやすらかにありますようにといのった。
「よし、これで供養は無事にすんだ。もう悪い幽霊としても出てこないはずだ」
「ハルト君、ネクさんをありがとう」
「いいさ。もともと、これがオレたちの仕事だ」
まだかすかにもえているハコを見ながら、わたしは言った。
「わたし、絶対ほかの皆にはきちんと『旅立ち』してもらうんだ。こんなふうに、苦しいさいごじゃなくて、今まで『旅立ち』した人たちみたいにやすらかに天にのぼってもらう」
ハルト君がうなずいた。
「『旅立ち』か、いずれオレもこの目で見てみたいものだ」
「とってもきぼうにあふれていてステキなものだよ。ハルト君にも見てもらいたい」
もう二度と、こんなかなしいお別れが起きないように。
わたしは今にも消えそうな火に、もう一度手を合わせた。
ごめんなさい、ネクさん。どうかやすらかに。
さようなら。
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