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第58話 ルビーさん

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とある日、僕は山で拾った子犬コロと一緒にセンダン村の山奥に自生しているココナツ草を採りに出かけていた。
ゴブリンが出る可能性があるのでコロは村に残してきたかったのだが、僕から離れようとしないので仕方なく僕はコロを抱っこして山道を歩く。

すると突然、
『わんわんわんっ』
僕の腕の中でコロがほえだした。

「ん? 近くにゴブリンでもいるのか?」
犬の嗅覚でもって僕より先にモンスターの気配を感じ取ったのかもしれない。
僕は立ち止まると注意深く辺りを見回した。

『わんわんわんっ』
コロはなおも鳴き続ける。
しかしモンスターが襲ってくる様子はない。

「おい、どうしたんだ? なんで鳴いてるんだよ」
僕はコロの頭を撫でてみるが、
『わんわんわんっ』
「わんわんじゃわからないよ……」
それでも鳴き止まず頭を悩ませていたところ、
「……ませぇ~ん……」
森の奥深くから女性の声が聞こえた気がした。

『わんわんわんっ』
「ちょっと静かにしてくれ、コロ」
僕は耳を澄ましてみる。

「すみませぇ~ん。誰かいませんかぁ~?」

今度ははっきりと聞こえた。
間違いなく女性の声で人を呼んでいる。

とその時、
『わんわんわんわんっ』
コロが僕の腕の中から飛び出して女性の声のする方へと駆け出していってしまった。

「あっ、こら待てって……」
僕は慌てて追いかける。


☆ ☆ ☆


草木をかき分けながらコロのあとを追っていくと目の前に女性がしゃがみ込んでいた。
コロはその女性に頭を優しく撫でられ気持ちよさそうに目を細めている。

「まったく、勝手に走り出すなよな。もしゴブリンに遭遇したらどうするんだよ」
「あ、あのぉ~、もしかしてこのわんちゃんあなたのですかぁ?」
女性が僕を見上げ訊いてきた。
僕と同い年か少し上くらいだろうか、ちょっと喋り方にくせがあるが可愛らしい感じの女性だった。

「え? あ、はい、そうですけど……」
「お名前なんていうんですかぁ?」
「コロです」
「コロさんですかぁ。はじめまして、わたしはルビーといいますぅ」
ルビーと名乗った女性は僕に向かって頭を下げる。

「いやあの、コロはその子犬の名前で僕はクロノです」
「あっ、そうなんですねぇ。どうりでわんちゃんみたいな名前だなぁと思いましたぁ」
「そ、そうですか」
「コロちゃん、よろしくねぇ」とコロに話しかけるルビーさん。
なんとなく掴みどころのない人だな。

「あの、こんな山奥で何してたんですか?」
「あっ、そうですぅ。わたしココナツ草という草を採りに来て迷子になってしまってたんでしたぁ~」
ルビーさんは突如頭を抱えてそう言った。

「クロノさぁ~ん、わたしどうしたらいいでしょうかぁ~?」
「どうしたらって言われても……ここにいるとゴブリンが出る可能性があるのでとりあえず僕の村に来ますか?」
女性の問いかけにそう返すと女性はぱあっと顔を明るくさせた。

「ほんとですかぁ~。じゃあそこまで案内してもらってもいいですかぁ~?」
「構わないですよ」

人と会話するのが久しぶりだった僕は少し緊張しながらもルビーさんをセンダン村へと案内するのだった。


☆ ☆ ☆


「へぇ~、ここがクロノさんの村なんですねぇ。落ち着いた雰囲気がしてわたし好きですぅ」
「そうですか。それはよかったです」
『わんわんっ』
コロはすっかりルビーさんに懐いてしまったようでルビーさんに抱かれて嬉しそうに鳴いている。

「すいません、ルビーさん。コロが迷惑かけて」
「いいえ、わたしわんちゃん好きだから全然平気ですよぉ。ねぇコロちゃん?」
『わおーん』
僕が飼い主なのにルビーさんとコロは僕とコロ以上に仲良さそうに見えた。
……まあ、僕もコロを飼い始めてまだ数日しか経っていないから仕方がないといえば仕方がないか。

「ところでルビーさんはどこから来たんですか? なんなら送っていきますよ」
「えっ、いいんですかぁ?」
「はい」
ルビーさんのようなぽけーっとした人を一人で帰すのは少し不安だ。
モンスターに襲われないとも限らないし僕が人の役に立てるのならそれくらいはまったく問題ない。

「でもでもぉ、わたし帰るところないんですよねぇ」
ルビーさんは唐突にそんなことを言い出した。

「え? どういうことですか?」
「わたしサラニアの町でメイドとして働いていたんですけどぉ、何度注意されても失敗ばかりでお皿は何枚割ったかわからないし、ご主人様の大事な壺や花瓶もいくつも割ってしまってぇ。つい先日もご主人様の大事なお客様にコーヒーをこぼしてしまってクビになってしまったんですぅ」
「はあ……そうだったんですか」
なんとなくだが失敗している姿が目に浮かぶ。

「わたしお金もないしお腹がすいちゃってぇ……そんな時にココナツ草のことを思い出してここまでやってきたんですぅ」
「なるほど、結構苦労してるんですね」

するとその時、

きゅるるるる~。

変な音がルビーさんのお腹から聞こえた。

「あっ、ごめんなさいお腹がなっちゃいましたぁ~」
恥ずかしそうに顔を赤らめうつむくルビーさん。
そんなルビーさんを見て僕は、
「あの、よかったら何か食べますか? 自給自足の生活なので野菜とお米くらいしかないですけど」
少し可哀想になり訊いてみた。

「ほんとですかぁ? でもわたしさっきも言いましたけどお金も何も持っていないんですぅ……」
「別にお金なんてとりませんよ。安心してください」
「わぁ~、すごく嬉しいですぅ~。ありがとうございますぅ~」
ルビーさんは顔をほころばせ僕の手を両手できゅっと握ってくる。

「じゃあ僕の家に行きましょうか。ついてきてください」
「はいぃ~」

僕は自分の家へとルビーさんを連れていくと必要以上にはりきって食事の支度をするのだった。


☆ ☆ ☆


「はぁ~、美味しかったですぅ~」
「喜んでもらえて何よりです」

ルビーさんは僕の用意したご飯をすべて美味しそうにたいらげた。
「おかわりどうですか?」と訊くと初めは恥ずかしそうに遠慮していたが、ルビーさんは結局二回もおかわりをした。
幸せそうにしているルビーさんを見て僕も自然と笑みがこぼれる。

ちなみに食事をしながら聞いたところによるとルビーさんは僕より一つ年上の十八歳だということだった。
「それなら敬語は使わなくていいですよ」と僕は言ったのだが、ルビーさんは「滅相もないですぅ」と言って首を縦には振らなかった。


「ルビーさん、これからどうするつもりですか? 行く当てはあるんですか?」
寝てしまったコロの頭をそっと撫でているルビーさんに僕は話しかける。

すると、
「う~ん、それがまったくないんですよねぇ……どうしましょう~」
困り顔を見せるルビーさん。

「あの……」
僕は一年も一人きりで暮らしていたので無意識のうちに人恋しくなっていたのかもしれない。
気付くと、
「……もしよかったら、この村で一緒に暮らしませんか?」
僕はそう口にしていた。
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