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第60話 惚れ薬

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次の日もその次の日も俺はミネルバの作った惚れ薬を飲み続けた。
だが惚れ薬の効果はまったく表れない。

惚れ薬を完成させることなど出来ないのではと半ば諦めの念を抱いていたところ俺に突如異変が起こった。

それは実験を始めてから五日目の昼。

ミネルバを見ると胸の鼓動が高鳴り顔が熱くなる。
ミネルバのすべてがいとおしく思えてくる。

「な、なあ、ミネルバ。も、もしかしてだがこれって効き目が出てるんじゃないのか?」
「……わたしのこと好き?」
「あ、ああ。不本意だがそんな気持ちでいっぱいだ」
「……完成した」
ミネルバはむふーっと満足げに鼻を鳴らした。
俺が飲んだものと同じピンク色の液体の入った瓶を高々と掲げる。

「なあ、これ一日で効果は切れるんだよな」
「……そのはず」
「は、はずだと困るんだけどな」
「……わたしは行くところがあるからあなたはここで待ってて」
「お、おう。わかった」
惚れている弱みからかいつもみたいに上手く話せない。
好きな女子と二人きりになってしまった男子中学生のようだ。

俺は家を出ていくミネルバの背中をみつめながら「い、いってらっしゃい」と優しく声をかけるのだった。


◇ ◇ ◇


「……ただいま」
一時間ほどしてミネルバが袋を抱きかかえて帰ってきた。

「な、なんだそれは……?」
「……お金」
「お金?」
「……そう」

……いやいや、説明があまりにもなさすぎる。
もっと詳しく話してくれ。

「お金って、まさか惚れ薬を誰かに売ったのか?」
「……そう」
「そうって……お、お前、惚れ薬を作るのは自分が錬金術師だからみたいなこと言ってたじゃないか」
「……?」
「いや、言ってただろ」

惚れ薬なんてものを世に売り出して平気なのか?
悪用でもされたらまずいんじゃ……。

「ちなみにいくらで売ったんだ?」
「……金貨二百枚」
「に、二百枚っ!? マジかよ」
「……これ、あなたの分」
ミネルバは袋の中から手づかみで金貨を五枚取って俺によこしてきた。

「な、なあ、ちょっと待ってくれ。作るのに協力してた手前言いにくいんだが、惚れ薬なんて厄介なものは売ったりしない方がいいんじゃないか?」
「……なんで?」
「ほ、ほら、何か犯罪めいたことに使われるかもしれないだろ。そうなったらお前も共犯みたいなものだぞ」
「……」
ミネルバは押し黙る。
何か考えているようだ。

「……でも売らないとあなたに報酬を払えない」
「ほ、報酬か……う~ん」
報酬はたしかに欲しいが惚れ薬が悪用されるのは見過ごせない。
俺も片棒を担いでいるようなものだしな。

「わ、わかった。今回の報酬はなしでいい」
「……いいの?」
「あ、ああ。その代わり誰に売ったのか教えてくれ。今からお金を返しに行こう」
「……わかった」
ミネルバは納得した様子で金貨の入った袋を俺に差し出した。

どうやらミネルバはお金が欲しかったというわけではなく単に俺に報酬を支払うために惚れ薬を売ったようだった。
なので二百枚もの金貨にも未練は一切なさそうだった。

「で、誰に売ったんだ?」
「……ドラチェフって人」
「え?」


◇ ◇ ◇


俺はミネルバと騎士宿舎に向かうとランドに取り次いでもらってドラチェフさんを呼び出す。

「やあ、クロクロくん。どうしたんだい?」
「ドラチェフさん、この子から惚れ薬買いましたよね」
「なっ、ど、どうしてそのことをっ!?」
「惚れ薬まだ使ってませんよね。ってことでお金は返しますから惚れ薬返してください」
「だ、駄目だよっ。こ、これはグェスちゃんと付き合うために僕が手に入れたものなんだからっ」
ドラチェフさんは手に持っていた瓶を慌てて後ろに隠す。

「ドラチェフさん、まだグェスさんのこと諦めてなかったんですか? 俺に負けてもう付きまとわないって言ってましたよね」
「うっ、そ、それは……」

するとミネルバが、
「……それ、失敗作。惚れ薬完成できなかった」
口を開いた。

「し、失敗作なのかい? これ?」
「……そう」
「でもさっきは完成したって……」
「……それ、飲んでも気分が悪くなるだけ。だから返して」
「そ、そうなのかい……だ、だったらしょうがないね」
そう言うとドラチェフさんは瓶をミネルバに渡した。
そして俺の持っていた金貨の入った袋を受け取る。

「……惚れ薬、わたしには作れそうにない。ごめんなさい」
「い、いいよ。僕もクロクロくんに言われて目が覚めたからね。もう忘れてくれたまえ」
ドラチェフさんは少し残念そうにしながらも騎士宿舎に戻っていった。

「悪かったな、お前に謝らせて」
「……別にいい」
「そ、そっか」
「……じゃあわたしは帰るから」

俺の言葉にミネルバはそう返すと一人家へと帰っていく。
その小さな後ろ姿を見て無性にいとおしく思えたのはきっと惚れ薬の効果がまだ続いていたからだろう。
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