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第95話 蒲郡カエラ
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メアリに依頼を手伝ってもらったおかげで三百五十万円を簡単に手にした俺だったが、自分の寿命が残り三日だということにふと思い至る。
一週間に一人殺せばいいのでこれまでは一週間おきに人を殺していたが、よくよく考えるとそんなギリギリまで待つ必要はない。
この世には履いて捨てるほど悪人は存在しているだろうし、万が一殺人に失敗した時のことを考慮して、一日二日余裕を持たせておいた方がいいかもしれない。
そこで俺は一人で依頼を受けることにした。……はずだったのだが。
「おい、なんでお前がいるんだよ」
「ショートケーキとモンブランとぉ、あとチーズケーキとアイスココアくださぁい」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」と、店員さんがお辞儀をして厨房の方に戻っていくのを楽しそうに眺めているメアリに俺は毒づいた。
「今回の依頼は俺一人で受けるって言っただろうが」
「せやかてうち、ヤマトお兄ちゃんと一緒におりたいんやもん」
時と場合によっては非常に嬉しい言葉を吐くメアリだったが、今はそのタイミングではない。
「お前は昨日一昨日ってさんざん人を殺してるだろうが。俺の猶予はあと三日なんだよ」
ほかにお客はいないがそれでも声を殺して話しかける。
「別にうち、ヤマトお兄ちゃんの邪魔するつもりなんかあらへんよぉ。今回の依頼はヤマトお兄ちゃんが好きにやったらええで。うちはただ、ヤマトお兄ちゃんと行動できればそれでええんやからぁ」
とメアリ。
本当か?
喫茶店でスイーツ食べたかっただけじゃないのか、こいつ。
にんまりしながら運ばれてきたケーキを頬張るメアリの姿に、俺はため息を漏らしつつ時計を見上げた。
ここは俺が住むアパートの近くにある喫茶店。
いつ来てもお客があまりいないことと、防犯カメラがないことで俺のお気に入りの会談場所となっている。
今日会う依頼主の名前は蒲郡カエラ。
年は俺と同じ二十四歳で、前橋市でOLをやっているとのことだ。
一年前に亡くなった父親の遺産でキャバクラ通いをしているニートの弟を殺してほしいという依頼があり、今日この場所で会うことになっている。
「なんや、ガマガエルみたいな名前やなぁ」
隣の席から俺のスマホを覗き込みながらメアリが口を開いた。
「お前、そういうこと依頼主の前で絶対言うなよっ」
「えぇ~、なんでなん?」
「馬鹿なのかお前」
カランカラン。
とそこに一人の女性客が姿を現した。
地味な恰好のその女性は店内をきょろきょろと見回している。
「なぁ、もしかしてあの人ちゃうん?」
「かもな。とりあえずお前は黙ってろよ。俺が話を進めるから」
そう言い聞かせてから俺はそれとなく「ごほん」とせき込んでみた。
すると女性がこちらを振り向き俺と目が合う。
「……あ、あのっ……間違ってたらすみません。も、もしかして、devilさん、でしょうか……?」
とととっと近寄ってきた女性が不安そうに訊ねてきた。
「ええ。そちらは蒲郡さんで間違いないですよね」
「あ、は、はい。そうですっ……」
蒲郡さんは何度も小さく首を縦に振る。
「す、座っても……?」
「はいどうぞ、座ってください」
「し、失礼します」
テーブルを挟んで俺の目の前の席に腰を下ろすとそわそわし出す蒲郡さん。
普段から落ち着きのない人なのか、それともこれから殺人依頼の話をするので緊張しているだけなのか、蒲郡さんは小動物のように首や目玉をしきりに動かしていた。
俺はそんな蒲郡さんを一応調べるために読心呪文と悪人感知呪文を同時に発動させる。
「蒲郡さん、何か注文しますか? よかったらおごりますけど」
「あ、い、いえっ、わたし、あ、あまり喉乾いてないし、お腹もすいてないので、だ、大丈夫ですっ」
「そうですか」
「うち、あと牛乳もらおうかなぁ」
俺は厨房の奥からやってきた店員さんに、「アイスミルクとアイスコーヒーください」と頼んでから蒲郡さんに向き直る。
「それで蒲郡さん……あなた、なんで偽名使ってるんですか?」
俺の問いに女性は顔をこわばらせて固まった。
◇ ◇ ◇
「偽名? ヤマトお兄ちゃん、どういうことなん?」
「それは俺が聞きたいよ」
言いながら蒲郡と名乗った女性を見やる。
「この人の本名はわたべみほ。ですよね? わたべさん」
「な、な、何を言ってるんですか……わ、わたしはそんなっ……」
(なんでわたしの本名がバレてるんだ? 演技は完璧だったはず。バレるはずないのにっ)
「演技? わたべさん、あなた何が目的なんですか? もしかして……殺人者か?」
「……っ!?」
(わたしの考えてることが読まれてるっ? っていうか殺人者って何? どうしよう、このままじゃ進)
「ヤマトお兄ちゃん、この人悪人? それとも殺人者なん?」
「いや、悪人でも殺人者でもないらしい。ただ何か隠してるな」
「……っ!」
するとその時、わたべみほが席を立って逃げ出した。
頭の中は、
(逃げなきゃ! 逃げなきゃ!)
というセリフでいっぱいだった。
女性の割に思いのほか足が速かったわたべみほは、店内を駆け抜けあっという間に外の雑踏へと消えていった。
「ヤマトお兄ちゃん、あの人逃がしてもよかったん?」
「うーん、だって殺すわけにもいかないだろ。悪人じゃなかったし」
俺の悪人レーダーにひっかからなかった以上わたべみほは悪人ではないはずだ。
「それに顔と名前が一致してるから俺の千里眼で見ようと思えばいつでも見られるし、まあいいだろ」
「ふ~ん、ヤマトお兄ちゃんがそう言うのならうちはどうでもええけどぉ」
そう口にしたメアリはいつの間にか目の前のケーキをすべて平らげていた。
一週間に一人殺せばいいのでこれまでは一週間おきに人を殺していたが、よくよく考えるとそんなギリギリまで待つ必要はない。
この世には履いて捨てるほど悪人は存在しているだろうし、万が一殺人に失敗した時のことを考慮して、一日二日余裕を持たせておいた方がいいかもしれない。
そこで俺は一人で依頼を受けることにした。……はずだったのだが。
「おい、なんでお前がいるんだよ」
「ショートケーキとモンブランとぉ、あとチーズケーキとアイスココアくださぁい」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」と、店員さんがお辞儀をして厨房の方に戻っていくのを楽しそうに眺めているメアリに俺は毒づいた。
「今回の依頼は俺一人で受けるって言っただろうが」
「せやかてうち、ヤマトお兄ちゃんと一緒におりたいんやもん」
時と場合によっては非常に嬉しい言葉を吐くメアリだったが、今はそのタイミングではない。
「お前は昨日一昨日ってさんざん人を殺してるだろうが。俺の猶予はあと三日なんだよ」
ほかにお客はいないがそれでも声を殺して話しかける。
「別にうち、ヤマトお兄ちゃんの邪魔するつもりなんかあらへんよぉ。今回の依頼はヤマトお兄ちゃんが好きにやったらええで。うちはただ、ヤマトお兄ちゃんと行動できればそれでええんやからぁ」
とメアリ。
本当か?
喫茶店でスイーツ食べたかっただけじゃないのか、こいつ。
にんまりしながら運ばれてきたケーキを頬張るメアリの姿に、俺はため息を漏らしつつ時計を見上げた。
ここは俺が住むアパートの近くにある喫茶店。
いつ来てもお客があまりいないことと、防犯カメラがないことで俺のお気に入りの会談場所となっている。
今日会う依頼主の名前は蒲郡カエラ。
年は俺と同じ二十四歳で、前橋市でOLをやっているとのことだ。
一年前に亡くなった父親の遺産でキャバクラ通いをしているニートの弟を殺してほしいという依頼があり、今日この場所で会うことになっている。
「なんや、ガマガエルみたいな名前やなぁ」
隣の席から俺のスマホを覗き込みながらメアリが口を開いた。
「お前、そういうこと依頼主の前で絶対言うなよっ」
「えぇ~、なんでなん?」
「馬鹿なのかお前」
カランカラン。
とそこに一人の女性客が姿を現した。
地味な恰好のその女性は店内をきょろきょろと見回している。
「なぁ、もしかしてあの人ちゃうん?」
「かもな。とりあえずお前は黙ってろよ。俺が話を進めるから」
そう言い聞かせてから俺はそれとなく「ごほん」とせき込んでみた。
すると女性がこちらを振り向き俺と目が合う。
「……あ、あのっ……間違ってたらすみません。も、もしかして、devilさん、でしょうか……?」
とととっと近寄ってきた女性が不安そうに訊ねてきた。
「ええ。そちらは蒲郡さんで間違いないですよね」
「あ、は、はい。そうですっ……」
蒲郡さんは何度も小さく首を縦に振る。
「す、座っても……?」
「はいどうぞ、座ってください」
「し、失礼します」
テーブルを挟んで俺の目の前の席に腰を下ろすとそわそわし出す蒲郡さん。
普段から落ち着きのない人なのか、それともこれから殺人依頼の話をするので緊張しているだけなのか、蒲郡さんは小動物のように首や目玉をしきりに動かしていた。
俺はそんな蒲郡さんを一応調べるために読心呪文と悪人感知呪文を同時に発動させる。
「蒲郡さん、何か注文しますか? よかったらおごりますけど」
「あ、い、いえっ、わたし、あ、あまり喉乾いてないし、お腹もすいてないので、だ、大丈夫ですっ」
「そうですか」
「うち、あと牛乳もらおうかなぁ」
俺は厨房の奥からやってきた店員さんに、「アイスミルクとアイスコーヒーください」と頼んでから蒲郡さんに向き直る。
「それで蒲郡さん……あなた、なんで偽名使ってるんですか?」
俺の問いに女性は顔をこわばらせて固まった。
◇ ◇ ◇
「偽名? ヤマトお兄ちゃん、どういうことなん?」
「それは俺が聞きたいよ」
言いながら蒲郡と名乗った女性を見やる。
「この人の本名はわたべみほ。ですよね? わたべさん」
「な、な、何を言ってるんですか……わ、わたしはそんなっ……」
(なんでわたしの本名がバレてるんだ? 演技は完璧だったはず。バレるはずないのにっ)
「演技? わたべさん、あなた何が目的なんですか? もしかして……殺人者か?」
「……っ!?」
(わたしの考えてることが読まれてるっ? っていうか殺人者って何? どうしよう、このままじゃ進)
「ヤマトお兄ちゃん、この人悪人? それとも殺人者なん?」
「いや、悪人でも殺人者でもないらしい。ただ何か隠してるな」
「……っ!」
するとその時、わたべみほが席を立って逃げ出した。
頭の中は、
(逃げなきゃ! 逃げなきゃ!)
というセリフでいっぱいだった。
女性の割に思いのほか足が速かったわたべみほは、店内を駆け抜けあっという間に外の雑踏へと消えていった。
「ヤマトお兄ちゃん、あの人逃がしてもよかったん?」
「うーん、だって殺すわけにもいかないだろ。悪人じゃなかったし」
俺の悪人レーダーにひっかからなかった以上わたべみほは悪人ではないはずだ。
「それに顔と名前が一致してるから俺の千里眼で見ようと思えばいつでも見られるし、まあいいだろ」
「ふ~ん、ヤマトお兄ちゃんがそう言うのならうちはどうでもええけどぉ」
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