上 下
18 / 118

第18話 細谷和美

しおりを挟む
昨日は一睡も出来なかった。

好きな人に本命チョコを貰えたと思ったら殺されそうになったのだから無理もない。
まさに天国から地獄とはこのことだ。


俺はスーツを着込むといつもより一時間も早く家を出た。


◇ ◇ ◇


職場のドアを開けると中に一人だけいた社員が顔を上げ、
「おはよ……!!?」
目と口を開いたまま硬直した。

「おはようございます。早いんですね、細谷さん」
「……な、な、なんでっ……!」
その社員とは細谷さんだ。

「なんで俺が生きているかですか?」
「わ、私のチョコ、食べたはずなのにっ……」
青ざめた顔で声を震わせる。
よく見ると手も震えているようだが寒さのせいだけではないだろう。

とそこに、
「うーさみさみ、おいーっす。おっ二人とも今朝は早いな、どうした」
先輩社員が入ってきた。

「おはようございます。俺も細谷さんも一昨日休んだ分を取り戻そうと思って早く出社したんです」
「おう、そうか。ご苦労さん」
先輩社員は奥のデスクに座る。

俺は先輩社員の目を盗んでかがみ込むと、細谷さんの耳元でそっとささやいた。
「細谷さん、ちょっと場所変えましょうか」
「……い、いいわよ」

明らかに怯えている様子の細谷さんを連れて俺は屋上へと向かった。


◇ ◇ ◇


場所は変わって会社の屋上。
真冬にこんなところに来る社員などまずいないから安心して話が出来るというものだ。

「わ、私があげたチョコ、食べなかったの……?」
「そんな警戒しないでください。殺すつもりならとっくにやってますから」
「くっ……答えなさいっ。食べたの、食べなかったのっ!」
細谷さんは恐怖を振り払うように叫んだ。
吐いた息が途端に白くなる。

「食べましたよ。そんで死にかけました」
「じゃあどうして生きてるのよっ」

解毒呪文と回復呪文を使えるんで、と馬鹿正直には答えない。
あきらに注意されたからな。

「まあ別にそれはいいでしょう。それより次はこっちの番です。なんで俺が殺人者だってわかったんですか?」
「……」
答えない。

「俺は一つ質問に答えたんですから細谷さんも答えてくださいよ……殺しますよ」
今のところは殺す気などないが脅しの効果は充分あったようで、
「……私の呪文、殺人者を感知する呪文であなたが殺人者だとわかったのよ」
細谷さんは素直に喋ってくれた。

「殺人者を感知する呪文ですか……」
そういえばあきらがそういう呪文があるというようなことを言っていたっけ。

「それで俺を殺そうと?」
「あなたが殺人者だってわかってから私の正体がいつ気付かれるかひやひやしてたのよっ。私のレベルはたったの6、殺られる前に殺るしかないでしょっ」
「レベル6?」
「そうよ。悪いっ?」

細谷さんは既に五人の人間を殺しているということか。

俺のレベルが自分よりも低い4だって知ったらどんな反応をするだろう。
だがこっちの手の内はさらしたくない。とりあえず黙っておこう。

俺は細谷さんの鋭い眼差しを正面から見据え、
「最後に一つだけ答えてください」
淡々と話す。

「……何よ」
「細谷さんはまだ俺を殺すつもりがありますか?」
「そんなの私にもわからないわよっ。それよりあなたはどうなのよ、私を殺す気なのっ?」

一拍間を置いて俺は答えた。
「……いえ、俺は細谷さんを殺したりしませんよ」
「そんなの信じられないわっ。私はあなたを殺そうとしたのよっ!」
「それは俺に殺されると思ったからでしょう」

殺されると思ったから殺られる前に殺ろうとしただけ。
それは俺の前三件の殺人理由と大して変わらない。
この人は俺と同じだ。

「はぁ~。ここは寒いですね。そろそろ戻りましょうか」
「……わ、私のこと、許してくれるの?」
「はい。だから来年はもっと美味しいチョコくださいね」

俺はそれだけ言うと呆然と立ち尽くす細谷さんを残して屋上をあとにしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

処理中です...