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第2話 回復呪文

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「いてててっ……」

翌朝、俺はベッドから起き上がるとすぐにテレビの報道番組を全チャンネル確認した。
もちろん昨日の一件がニュースになっていないかをチェックするためだ。

一時間かけて全チャンネル回して観てみたが、昨日の夜の公園で殺人事件が起きたなどというニュースはどこの局も一切取り扱ってはいなかった。


昨日の男の名前がわかればもっと積極的に調べられるのだが……。
……って待てよ、昨日頭の中で響いた声は確かあの男のことを後藤田真一と言っていたはずだ。

「後藤田真一、後藤田真一……」
俺は新聞で後藤田真一という名前を徹底的に探した。
インターネットでも検索してみた。

だがそれでも後藤田真一に関する事件の情報は得られなかった。

「あの男、どうなったんだ……」
事件化していないことで昨日の出来事がまるで夢だったかのように感じられた。
しかし夢ではなく現実だったことは体に残ったあざと痛みが何よりの証拠だ。


俺は今一度、昨日俺の頭の中に響いた声を思い返してみる。
その声は俺が後藤田真一を殺したからレベルが上がったと言っていた。
ゲームのレベルアップみたいにHPやちからが上がったとも言っていた。

「ほかにも何か言ってたな……なんだったっけ?」

昨日殴られすぎたせいかぼーっとする頭をフル回転させ思い出す。

「……そうだっ。呪文だっ。えーっと、確か……クフイカ?」

ぴろぴろりん!

その呪文を口にした瞬間へんてこな効果音が頭の中に響いた。
すると直後全身から痛みがすっと消えた。

「えっ!? ……あれ?」

俺は腕を動かし足を動かし腹を触り顔を触る。
そのあと風呂場に直行して鏡で全身を見回した。

「……治ってる!?」

昨日はあざだらけだった全身に今は傷一つついてはいない。
それどころか小学生の時に負った背中の古傷まで見事にきれいさっぱりなくなっていた。


「なんだよこれ……さっきの呪文のせいか……?」

俺は鏡の前で眉間にしわを寄せる。
昨日今日と俺の身の回りで起こっていることは一体――


ピンポーン。

その時、玄関のチャイムが鳴った。

警察っ!?

俺は一瞬身構えたが、
「おはようございます~、隣の清水です~」
アパートの隣の部屋に住む清水さんの声がした。

俺は急いで身なりを整えると玄関へと向かう。

ドアを開け、
「あ、どうも。おはようございます清水さん」
いつも通りの平静を装い会釈する。

清水さんは先月からこのアパートに住み始めた女性で高校生の娘と二人で暮らしている。
三十六歳だと聞いているがとてもそうは思えないくらい若く見える。
一回り下の俺と同級生だと言っても充分通用するだろう。

「これ、昨日の余りもののカレーなんだけど沢山作ったからよかったら食べて」
「あ、いつもすみません」

カレーが詰まったタッパーを差し出してきた。
このように清水さんは一人暮らしの俺を気遣ってか、よく手料理をおすそわけしてくれる。
初めは邪魔くさいと思っていたが清水さんの手料理はそこらの店よりよほど美味しいので、今では密かに俺の楽しみの一つとなっていた。

「ヤマトくん、今日お仕事は?」
「あ、今日は久しぶりの休みです」
「そうなんだ~。あたしも今日はお仕事休みなのよ、奇遇ね~」

清水さんは近くの弁当屋で働いている。
その弁当屋は前はひいきにしていたのだが、清水さんが働き出してからはなんとなく気恥ずかしくて敬遠していた。
だから今ではもっぱらコンビニ弁当だ。

「今日は美紗も高校が創立記念日で休みだからこれから二人で水族館に行くのよ」
「そうなんですか、仲いいんですね」
「本当は遊園地に行く予定だったんだけどほら、こんなに雨が降ってちゃあね」
清水さんは後ろを振り返った。
テレビでもやっていたがここら辺一帯は昨日の深夜からかなりの雨量を記録しているらしい。

「でも美紗も二年生だし受験勉強があるからあんまり遊んでいられないんだけどね~」

娘の美紗ちゃんとはこのアパートに引っ越して来た時に一度だけ顔を合わせている。
利発そうな可愛らしい女の子という印象だ。

「じゃあね。タッパーは洗わなくていいからね~」
そう言うと清水さんは手をひらひらさせながら出ていった。

「ありがとうございましたー」
閉まりかけのドアの隙間に向かって俺は礼を言う。

ドアがきちんと閉まったのを確認して「ふぅ~……」と一息ついた。


「公園……行ってみるか」
昨日の現場を自分の目で見て確かめるべきだと心に決めたところで――

ぎゅるるる~。

腹の虫が鳴る。

「こんな時にも腹は減るんだな……」
自分の腹の虫に呆れつつ清水さんから受け取ったタッパーを持って台所に向かう。

冷蔵庫にそれを入れ、
「カレーは晩ご飯にいただくとするか」
代わりに食パンを取り出した。

「うん。朝はやっぱりパンだよなっ」

人を殺してしまった反動からか、誰も見ていないのにわざと明るく振る舞うと俺はパンをトースターにセットした。
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