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第二十五話

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 雨が降ったという知らせが入り、帝都に押し寄せた農民が引き上げていったあと、ヴェロミアはすぐに神殿を離れている――ザイオンに会うために。

 ハルファスは後継者であるザイオンの信用が失墜しきらなかったことに安堵しながら、今後への憂いを拭い去れずにいた。

 前聖女アリアンナの正体など、ハルファスにはどうでもいいことだった。

 彼女が本当に力を持っていたからこそ、周囲の妬みを受けたのだと考えてもいた。そのアリアンナは辺境に護送される途中で逃げ出し、帝都に潜伏しているという情報もあったが、それは偽報だと疑い始めている。

 ハルファスはアリアンナが、他国の勢力に加担することを恐れていた。

 東に隣接する遊牧民の国ナハトヴァは何度か国境線を脅かしているが、『神雷』とも言われる局所的な悪天候で幾度となく侵攻を中断していた。しかしアリアンナが不在となってからは、天候が乱れる様子がなく、雲ひとつない晴天が続いている――このままでは、次の侵攻に対して『神雷』が訪れることはない。

「……なぜアリアンナが追放されるとき、そなたは神殿を離れていたのだ? そなたこそが、最もアリアンナの力を理解していたのではないのか」
「っ……お、お許しください、皇帝陛下……っ」
「アマンダよ、ご苦労だった。そなたは朕の……」

 ハルファスはアマンダに背を向け、立ち去ろうとする。

 老帝の巨躯が、小さく揺れた。

「わ、私は……陛下のために……っ、十年以上も、あの神殿で……っ!」
「ぐぅっ……ぅ……アマンダ……ッ」

 背に突き立てられた短刀は、ハルファスにとって直ちに致命傷には至らなかった。

 抜き放った剣が、アマンダの身体を斜めに走り抜けた。

 その場に倒れ、動かなくなったアマンダを見下ろして、ハルファスは虚ろな目をして立ち尽くす。

 ――皇帝陛下のご意思とあれば、私はどのようなことでも……。

 正室との関係が悪化したあと、ハルファスは後宮の側室だけではなく、配下と関係を持つことがあった。アマンダとの関係は宮殿では風聞として流れたものの、ごく短い間のものだった。

 その忠義を利用し、そして歪めた。斬らねばならぬと一度は考え、思い留まった。

「……刺すならば、もっと深く刺せば良かったものを」

 ザイオンを利用し、聖女アリアンナの力を手に入れようとした。アマンダを神殿に送り込んだのも、全てそのため――そのアマンダを切り捨てようとした自分への報い。

 かつて愛した相手を追い込み、それを正しいと思ったことの傲慢。

 誤りの始まりはいつからだったのか。胸を満たす虚しさと共に、ハルファスはその場に倒れた。



 皇帝が重傷を負い病臥に伏した事実は、民に対しては伏せられたが、宮殿内では隣国が送り込んだ暗殺者によるものとされた。

 ゾルダート家の別邸でヴェロミアとともに滞在していたザイオンが、ナハトヴァによる侵攻の報を受けたのは、皇帝のもとを神官長が訪れた翌日のことであった。
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