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第二十二話
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「アリア、領主様と兵隊の方たちが帰ってきたみたい。戦いにならずに済んで良かったわ、本当に」
家に戻ったあと、ミシェルたちローラング一家はベナルタの町を離れる相談をしていたけれど、幸い荷造りは途中で中断することになった。
ガーシュイン様の持っている力は、相手の戦意をなくさせるというもの。戦意がなければどんなに強い人たちも攻めてこられない。
アランテラの豪族たちは、このあたりの水不足に乗じてベナルタの町に攻め込み、奪おうとしていたということだった。水不足はジブリス様が解決してくれたので、国境を守る辺境伯の兵隊たちにも活力が戻っている。
ガーシュイン様は戦って撃退することもできただろうと言ったけれど、戦いを避けられるならそれが一番だと私は思う。
「……アリア、やることがあるって言っていたけれど、それは何だったの?」
「この町が無事であるようにって、おまじないをしていたの」
「そうだったのね……アリアは魔法が使えるんだものね。それで町が守られたんだってわかったら、アリアはこの町の守り神様って呼ばれちゃうわね」
「誰にも言っちゃだめよ、魔法は人に知られると使えなくなっちゃうから」
召喚術のことを話すと、昔から怖がられてしまうことが多かった。本当のことを言わないのは少し心苦しいけど、本当のことを言うのがいつでも正しいとは限らない。
天使や悪魔の力を借りようとして、身を滅ぼす人だっている。私の場合は、強い魔力が身体に宿るようにしてきたから、『代償』を求められても命に関わったりはしない。
「――アリアさん、大変、領主様がいらっしゃってるわよ!」
「え……?」
ミシェルのお母さんが私を呼んでいる。領主様と言われても、何も心当たりが――と言いたいところだけど、私はあのとき、領主様を呼び止めてしまっている。
「ど、どうしたのかしら……アリア、どうするの?」
「ミシェル、心配しないで。きっと、さっきお声がけしてしまったことについてだと思うけど……捕まえられたりはしないと思うわ」
「……そうよね、何も悪いことはしてないものね。でも、大丈夫かしら……」
「大丈夫よ、すぐに戻ってくるから」
不安そうなミシェルを抱きしめてから、私はナーヴェに少し離れて後ろからついてくるように言って、家の外に出た。
領主様は馬を近くに繋いで、一人だけで立っていた。外は小雨が降っていて、領主様はそれでもかまわずに待っていたのか、すっかり濡れてしまっている。
「……夜分にすまない。ローラング商会の娘のことは知っていたから、ここを訪ねてみたが……最近、この町にやってきたのだな」
「はい。領主様、先程国境の方に向かわれて、戻られたばかりなのではないですか。雨も降っていますし、お家に戻って休まれたほうが……」
差し出がましいことを言ってしまっていると思うけれど、領主様が風邪を引いてしまいそうで心配だった。
髪が濡れてしまって、昼にお会いしたときと少し印象が違って見える。勇ましい人、どこか影のある人――そんな印象はなくなって、穏やかな顔つきになっていた。
「……『お家』か。確かに、あなたの言う通りだ。こんな雨の中、訪ねてきてどうするというのだろうな」
「そのままでは、お風邪を引いてしまいます。どうか、屋根のあるところにお入りください」
ローラング夫妻から、領主様を家の中に入れてもいいと言われていた。雨の中で立ち話というわけにもいかないから。
それ以前に、私と領主様がお話するだけでも、恐れ多いことだと思うのだけど――領主様は私の言うとおりにしてくれて、お店の入り口まで入ってきてくれた。
「領主様、髪を拭かせていただいてもよろしいですか?」
「……そうか、水が滴ってしまうか。すまない」
無礼なことを、と言われてしまうかもしれないと思ったけれど、やっぱり領主様の態度が柔らかくなっている。
お風呂上がりに使う乾いた布を持ってきて、領主様の髪を拭く。ナーヴェの視線を感じるけれど、領主様を警戒したりもしていないし、いい子にしてくれている。
「……犬を飼っているのか」
「はい、ナーヴェと言います。領主様は、動物はお好きですか?」
「……嫌いではないが。犬もいいが、猫の方が好きかもしれない」
私も今聞くことじゃなかったと思うけど、領主様が素直に答えてくれるので、少し可笑しくなってしまう。笑ってはいけないと思うけれど、顔がほころんでしまいそう。
「……今日のうちにと思っていたが、出直すことにする。騒がせてすまなかった」
「あ……お、お気をつけてお帰りなさいませ」
領主様は馬に乗って、雨の中を駆けていってしまう。夜道は危ないけれど、領主様はきっと慣れているんだと思う。
「……それにしても、何だったのかしら」
出直すと言っていたけど、本題はまた今度ということになるのかな。
そういえば、まだ領主様の名前を聞けてなかった。ミシェルならきっと知っているだろうから、聞いてみようかな。
家に戻ったあと、ミシェルたちローラング一家はベナルタの町を離れる相談をしていたけれど、幸い荷造りは途中で中断することになった。
ガーシュイン様の持っている力は、相手の戦意をなくさせるというもの。戦意がなければどんなに強い人たちも攻めてこられない。
アランテラの豪族たちは、このあたりの水不足に乗じてベナルタの町に攻め込み、奪おうとしていたということだった。水不足はジブリス様が解決してくれたので、国境を守る辺境伯の兵隊たちにも活力が戻っている。
ガーシュイン様は戦って撃退することもできただろうと言ったけれど、戦いを避けられるならそれが一番だと私は思う。
「……アリア、やることがあるって言っていたけれど、それは何だったの?」
「この町が無事であるようにって、おまじないをしていたの」
「そうだったのね……アリアは魔法が使えるんだものね。それで町が守られたんだってわかったら、アリアはこの町の守り神様って呼ばれちゃうわね」
「誰にも言っちゃだめよ、魔法は人に知られると使えなくなっちゃうから」
召喚術のことを話すと、昔から怖がられてしまうことが多かった。本当のことを言わないのは少し心苦しいけど、本当のことを言うのがいつでも正しいとは限らない。
天使や悪魔の力を借りようとして、身を滅ぼす人だっている。私の場合は、強い魔力が身体に宿るようにしてきたから、『代償』を求められても命に関わったりはしない。
「――アリアさん、大変、領主様がいらっしゃってるわよ!」
「え……?」
ミシェルのお母さんが私を呼んでいる。領主様と言われても、何も心当たりが――と言いたいところだけど、私はあのとき、領主様を呼び止めてしまっている。
「ど、どうしたのかしら……アリア、どうするの?」
「ミシェル、心配しないで。きっと、さっきお声がけしてしまったことについてだと思うけど……捕まえられたりはしないと思うわ」
「……そうよね、何も悪いことはしてないものね。でも、大丈夫かしら……」
「大丈夫よ、すぐに戻ってくるから」
不安そうなミシェルを抱きしめてから、私はナーヴェに少し離れて後ろからついてくるように言って、家の外に出た。
領主様は馬を近くに繋いで、一人だけで立っていた。外は小雨が降っていて、領主様はそれでもかまわずに待っていたのか、すっかり濡れてしまっている。
「……夜分にすまない。ローラング商会の娘のことは知っていたから、ここを訪ねてみたが……最近、この町にやってきたのだな」
「はい。領主様、先程国境の方に向かわれて、戻られたばかりなのではないですか。雨も降っていますし、お家に戻って休まれたほうが……」
差し出がましいことを言ってしまっていると思うけれど、領主様が風邪を引いてしまいそうで心配だった。
髪が濡れてしまって、昼にお会いしたときと少し印象が違って見える。勇ましい人、どこか影のある人――そんな印象はなくなって、穏やかな顔つきになっていた。
「……『お家』か。確かに、あなたの言う通りだ。こんな雨の中、訪ねてきてどうするというのだろうな」
「そのままでは、お風邪を引いてしまいます。どうか、屋根のあるところにお入りください」
ローラング夫妻から、領主様を家の中に入れてもいいと言われていた。雨の中で立ち話というわけにもいかないから。
それ以前に、私と領主様がお話するだけでも、恐れ多いことだと思うのだけど――領主様は私の言うとおりにしてくれて、お店の入り口まで入ってきてくれた。
「領主様、髪を拭かせていただいてもよろしいですか?」
「……そうか、水が滴ってしまうか。すまない」
無礼なことを、と言われてしまうかもしれないと思ったけれど、やっぱり領主様の態度が柔らかくなっている。
お風呂上がりに使う乾いた布を持ってきて、領主様の髪を拭く。ナーヴェの視線を感じるけれど、領主様を警戒したりもしていないし、いい子にしてくれている。
「……犬を飼っているのか」
「はい、ナーヴェと言います。領主様は、動物はお好きですか?」
「……嫌いではないが。犬もいいが、猫の方が好きかもしれない」
私も今聞くことじゃなかったと思うけど、領主様が素直に答えてくれるので、少し可笑しくなってしまう。笑ってはいけないと思うけれど、顔がほころんでしまいそう。
「……今日のうちにと思っていたが、出直すことにする。騒がせてすまなかった」
「あ……お、お気をつけてお帰りなさいませ」
領主様は馬に乗って、雨の中を駆けていってしまう。夜道は危ないけれど、領主様はきっと慣れているんだと思う。
「……それにしても、何だったのかしら」
出直すと言っていたけど、本題はまた今度ということになるのかな。
そういえば、まだ領主様の名前を聞けてなかった。ミシェルならきっと知っているだろうから、聞いてみようかな。
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