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第二十一話

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 町の高台に上がって、北東の国境壁の方を見る。領主様と兵士たちが国境壁に着くまでにはまだ時間がある。

(こちらの兵隊の数はそんなに多くない。この辺りの領主様は辺境伯だと聞いたけど、あまり軍隊の人数を増やすことはしていないみたい)

 もし隣国の戦力がこちらを上回っているようなら、同盟を破って攻撃されてしまうと、ベナルタだけでなく広い範囲の領土が奪われてしまう。

 それを防ぐためにはどうするか。まず、アランテラ側が何を考えて兵を集めているかを知る必要がある。

 私は地面に魔法陣を描き始める。そして、ある悪魔のことを思い出す――私の願いを何でも叶えてくれると言ったのに、何の代償も求めなかった彼のことを。

 そんなに都合のいい話はないと思ったから、私は悪魔の召喚を解除した。悪魔大公爵ダンタリオン――彼は今、どうしているだろう。

 ――僕を召喚した君には、契約の機会が与えられる。さあ、願いを言ってくれ。

 ――君は人の手に余る力を手に入れられる。それでも何も求めないというのか?


 悪魔は召喚されると、召喚者に願いを尋ねる。願いの大きさに応じて『代償』を求め、それを差し出すことで召喚者と悪魔は契約を結ぶ――私以外の召喚士に会ったことがないから、それが普通なのかどうかはわからない。

 けれど一つ分かっていることがある。天使と悪魔が人間に近い姿をしていても、どちらにも畏敬を持って接するべきだということ。

 特に悪魔の中には、人間を堕落させようとする者もいる。大それたものを与えようと強く誘惑してくる悪魔は、求める代償も大きい。

 あの悪魔――ダンタリオンは、人に誰しも欲望があると言った。それを引き出して欲望を満たし、代償を支払わせる。彼はそういうことをする『本物の悪魔』だった。


 ――その番犬に首輪をつけなかったことを、後悔するがいい。


 魅入られるような悪魔の言葉に、私は自分でも知らなかった欲望を言葉にしそうになった。でも、ナーヴェの声で踏みとどまることができた。

「今度も、気を強く保たなきゃ。ナーヴェ、見ていてくれる?」
「…………」

 ナーヴェはつぶらな瞳で私を見上げる。この子がいてくれれば、私はきっと大丈夫――どんな悪魔が現れても落ち着いて向かい合える。

「――汝、紫の衣を纏い、あらゆる時と場に通じる者よ。我が呼び声に応じ姿を現せ」

 詠唱を終えた瞬間、魔法陣から光が溢れる。

 そして姿を現したのは、革張りの本を持った学士のような男性。しかし、彼の頭には角があって、悪魔であることを示している。

「……我が名はガーシュイン。契約者よ、久しいな」

 改めてガーシュインと名乗った男性は、目を閉じたままのように見えるけれど、これでちゃんと見えている。天使ジブリス様の『千里眼』と似ているけれど性質の異なる『万象眼』という眼を持っていて、彼は少しだけ先の未来を予測することができる。

 私が領主様と会ったとき見た、彼の未来。私はそれもまた、ガーシュイン様と契約しているからこそ見えたものだと推測していた。

「ガーシュイン様、あの壁の向こうで、隣の国が兵隊を集めているんです。領主様が向かっていますが、このままでは衝突が起きるかもしれません……私は、それを避ける方法を知りたいんです」

 ガーシュイン様は本を開く。多くの悪魔がガーシュイン様の知識に一目置き、彼が持つ本を『全知の書』と呼んで欲しがっているのだという。

 その本に収蔵される事柄には、現在までの人間界、魔界の出来事も含まれている。ガーシュイン様だけが、本から知識を引き出すことができるとのことだった。

「……国境向こうに布陣している隣国は、こちらの領主が十分な兵力を持っていないことを把握している。領主の部下に、間者が紛れこんでいるのだ」
「そんな……それで、攻めてこようとしているっていうんですか?」
「砂漠の多い隣国からすると、隊商が訪れるこの街は『理想郷』のように見られているそうだ。あの兵たちは、アランテラの国軍ではない。いくつかの豪族を束ねる棟梁が自分の意志で挙兵し、こちらを占領したあとに事後報告をするつもりでいるのだろう」

 ガーシュイン様は私の知りたかったことと、それ以上のことを教えてくれた。

「……戦いを避ける方法だが。私は君の参謀というわけではないが、それでも聞くか?」

 そんなことを言うけれど、それが謙遜だということを私はよく知っている。

 ガーシュイン様は魔界の均衡を保つためにその智謀を使っている、『戦乱の調停役』でもあるのだから。
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