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第十七話
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「……それが事実であったとしても、前聖女の代には長きに渡って国難を退けてきた。不義を働いたとて、その貢献を踏まえれば、清濁併せ呑むべきだったのではないか?」
「大神殿において力を持っているのは神官長、ならびに神官たちです。聖女は本来、神殿の象徴としての役割を果たす存在。ゾルダート公爵家のヴェロミアのように、美しく人々に敬愛される存在こそが、本来その任に……ぐぁっ!」
最後まで言い終える前に、ザイオンの背中に激痛が走る。一度、二度と鞭を打たれる――全身から脂汗がにじみ、痛みのあまりに歯を砕けそうなほどに食いしばる。
「こ、このような……ことが……」
「許されるか、だと? ザイオンよ、この帝都の正門前で何が起きているのか知っているのか?」
「……帝都の……ぐっ! うぐぁぁぁっ……!」
鞭が閃き、乾いた音が響く。ザイオンの背中の皮膚は裂けて、血が滲み出していた。
「南方の農村地帯を治める領主が、領民を抑えきれぬと伝令を送ってきた。日照りが続いて作物が枯れ果てているというではないか。この乾季には、毎年大神殿に使いを送り、雨を降らす祈祷を行わせてきた。その役目をザイオン、お前に引き継がせたはずだが……」
「っ……わ、私は……ヴェロミアに、雨を降らせるようにと……」
「帝都正門前でもう一度その言葉をのたまえるか。農民たちが押し寄せ、全く雨が降っていないと訴えているのだ、愚か者が……っ!」
ザイオンはヴェロミアの邸宅を訪れた日――一週間前のことを思い出す。
聖女は象徴にすぎない。神官たちが健在なら、聖女の地位にいるのが誰であったとしても、祈祷の結果は変わらない。
だが、皇帝ハルファスはそうではないと言う。何かの間違いだという言葉を飲み込み、ザイオンはうなだれたまま、今にも失われそうな意識を辛うじて繋ぎ止める。
「……ザイオン、おまえに名誉挽回の機会を与えよう。農村の民を説得して領地に戻すこと、そして一週間以内に日照りの対策を打つこと」
「っ……陛下……」
ヴェロミアがまだ、聖女としての役割を果たせていない。もしくは、神官たちがヴェロミアの指示を無視している――ザイオンの頭の中を幾つもの推測が巡る。
――ヴェロミアに聖女としての力がなく、アリアンナが本物の聖女だった。
それだけは認めるわけにいかない。ザイオンは噛み切った唇の端から血を流しながら、皇帝を睨みつけるようにして言った。
「……汚名を晴らす機会をいただき、感謝します。皇帝陛下」
「朕を失望させるな。もう良い、下がれ」
傷の手当てを受けることも許されず、ザイオンは激痛に顔を歪めながら謁見の間を後にする。
「ゾルダート公爵家の内情について、早速調べさせます」
皇帝ハルファスの側近であり、玉座の傍らに控えている男が言う。ハルファスは答えなかったが、男はそれを肯定として、玉座の傍を離れた。
ハルファスは去っていく息子の背中に氷のように冷たい視線を送り、そして独りごちた。
「あれが聖女の力を御すことができればと思ったが。新たな聖女が見込み違いでなければいいのだがな」
その言葉には、皇帝としてではなく、父親としての情が含まれていた――だが、当のザイオンは、父から受けた温情を自覚することもなく、今は誰にも向けようのない憤りで胸を滾らせていた。
「大神殿において力を持っているのは神官長、ならびに神官たちです。聖女は本来、神殿の象徴としての役割を果たす存在。ゾルダート公爵家のヴェロミアのように、美しく人々に敬愛される存在こそが、本来その任に……ぐぁっ!」
最後まで言い終える前に、ザイオンの背中に激痛が走る。一度、二度と鞭を打たれる――全身から脂汗がにじみ、痛みのあまりに歯を砕けそうなほどに食いしばる。
「こ、このような……ことが……」
「許されるか、だと? ザイオンよ、この帝都の正門前で何が起きているのか知っているのか?」
「……帝都の……ぐっ! うぐぁぁぁっ……!」
鞭が閃き、乾いた音が響く。ザイオンの背中の皮膚は裂けて、血が滲み出していた。
「南方の農村地帯を治める領主が、領民を抑えきれぬと伝令を送ってきた。日照りが続いて作物が枯れ果てているというではないか。この乾季には、毎年大神殿に使いを送り、雨を降らす祈祷を行わせてきた。その役目をザイオン、お前に引き継がせたはずだが……」
「っ……わ、私は……ヴェロミアに、雨を降らせるようにと……」
「帝都正門前でもう一度その言葉をのたまえるか。農民たちが押し寄せ、全く雨が降っていないと訴えているのだ、愚か者が……っ!」
ザイオンはヴェロミアの邸宅を訪れた日――一週間前のことを思い出す。
聖女は象徴にすぎない。神官たちが健在なら、聖女の地位にいるのが誰であったとしても、祈祷の結果は変わらない。
だが、皇帝ハルファスはそうではないと言う。何かの間違いだという言葉を飲み込み、ザイオンはうなだれたまま、今にも失われそうな意識を辛うじて繋ぎ止める。
「……ザイオン、おまえに名誉挽回の機会を与えよう。農村の民を説得して領地に戻すこと、そして一週間以内に日照りの対策を打つこと」
「っ……陛下……」
ヴェロミアがまだ、聖女としての役割を果たせていない。もしくは、神官たちがヴェロミアの指示を無視している――ザイオンの頭の中を幾つもの推測が巡る。
――ヴェロミアに聖女としての力がなく、アリアンナが本物の聖女だった。
それだけは認めるわけにいかない。ザイオンは噛み切った唇の端から血を流しながら、皇帝を睨みつけるようにして言った。
「……汚名を晴らす機会をいただき、感謝します。皇帝陛下」
「朕を失望させるな。もう良い、下がれ」
傷の手当てを受けることも許されず、ザイオンは激痛に顔を歪めながら謁見の間を後にする。
「ゾルダート公爵家の内情について、早速調べさせます」
皇帝ハルファスの側近であり、玉座の傍らに控えている男が言う。ハルファスは答えなかったが、男はそれを肯定として、玉座の傍を離れた。
ハルファスは去っていく息子の背中に氷のように冷たい視線を送り、そして独りごちた。
「あれが聖女の力を御すことができればと思ったが。新たな聖女が見込み違いでなければいいのだがな」
その言葉には、皇帝としてではなく、父親としての情が含まれていた――だが、当のザイオンは、父から受けた温情を自覚することもなく、今は誰にも向けようのない憤りで胸を滾らせていた。
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