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第十五話

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「遠くで姿を見たことはありますが、ザイオン様と話したことはないし、お会いしない間に婚約破棄をされましたから。義理の立てようがありません」
「……それでも、貴女の置かれた状況を知らず、これまでの務めに対する感謝もしなかったこの国の人々を助けるというのか」
「悪い人ばかりじゃないはずですから。でも……ジブリス様のなさったことを、ヴェロミアが自分のおかげというように言ってしまったら、それは嘘になりますね」

 ジブリス様は私の真意を測るようにじっと見つめてくる。そして、何かを考えるように目を閉じた。

 天使様の姿は、人々が理想とする姿そのもの。神の作った芸術と言われるその美貌を目にしただけで、心を奪われてしまう者もいるという。

 ザイオン様も美しい姿をしていたけれど、その行いを噂に聞くだけでも、私の知らない世界の人だと思った。婚約と言われても、いつか皇妃になれると期待したりすることもなかった。

 男性不信というわけじゃないけど、綺麗な男の人は信用できない――そう考えただけでも、ジブリス様に少し伝わってしまったみたいで、ちょっとたじろいでるみたい。

 怒ってないなんてありえないでしょう? 急に居場所を奪われて、殺されかけたんだから。

「ザイオンやヴェロミアたちにこれから何が起こるとしても、今の貴女には関係がない。それが分かっているのならば、いいだろう」
「私に助けられることなんて、二人は望んでいないはずですから。ヴェロミアは私より良い聖女になれるんじゃないですか?」
「……貴女がそれを言うのはどうなのか。この国の人間は、どれだけ大きな……いや。それ以上は、今は言うまい」

 彼が何を憂いていたのか――話しているうちに、それがわかった。

「心配してくれてありがとうございます、ジブリス様。私は元気にやっています」
「……本来の用件はなんだ? この辺りの状況を見れば想像はつくが」
「このままだと、水が枯れてしまいそうなんです。ジブリス様のお力を貸していただけませんか」
「……全く、どちらが偽の聖女なのか。『供物』はすでに受け取っている。元聖女……いや、アリアよ。我が司る水の祝福を、この町にもたらそう」

 ジブリス様の姿が消える。私は彼がいなくなったあとも、両手を合わせて祈っていた。

 本当は人間の前に姿を現してくれることのない存在を、魔法で呼び出している。お姿を見せていただいたことに、常に感謝しなくてはならない。

「……ナーヴェ、今日は我慢できたね」

 いつもなら、ジブリス様はナーヴェの天敵なので、服の裾に噛み付いたりしている。もし大人の姿で対面したら、どうなってしまうか――それは、私でも少し怖くなるくらい。

 私は地面に描かれていた魔法陣を丁寧に消してから、ナーヴェを連れて寝室に戻った。


 その日の夜――町の近くを流れる河に水量が戻って、水不足は一気に解消した。

 その河は、私たちが通ってきた山から流れ出しているものなので、山に十分な雨を降らせてもらえれば水量は回復する。

 水を司る天使ジブリス様。このあたりは水不足になりやすい土地柄のようなので、また近いうちにお祈りを捧げさせていただきます。
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