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第十話

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「私は……『アリア』と言います」

 本名を名乗るべきか迷うところだったので、私は咄嗟に本名をもじって名乗った。心苦しい部分はあるけど、あっさりゾルダート家に私が無事だと知られてもいけない。

 知られたところで、何も怖くはなかったりするけど。一つだけ気がかりなことがあって、できれば確かめておきたい。

 ゾルダート家が私を追放するために動いた理由。もしくは、そうするように誰かがそそのかしたとして、それが誰なのか。

 思い当たる節はあるけど、『彼』の話題を出すとナーヴェの機嫌が心配になるから、後で落ち着いてから相談した方が良さそうね。

「アリア様、私たちは一度、自分たちの町に引き返すことにします。よろしければ、助けていただいたお礼をさせていただけませんか」
「実を言うと、私も人里に降りようとしていたんです」
「そういうことなら、ご一緒に馬車で参りましょう」

 願ってもない申し出だけど、遠慮なく飛びつくのははしたないかも――でも、こんなに目をうるうるさせて期待されると、焦らすみたいなのも良くない。

「ええ、ぜひ。私の方からもお願いします」
「ありがとうございます、アリア様。では、馬車の客席にお乗りください」

 ダグラスさんは自ら御者を務めて、私たちが乗り込むと馬を歩かせ始める。

 ほろ馬車の窓から見えるのはのどかな山林の光景――大神殿の周りは拓かれていたから、こういう景色を見るのは子供の頃以来になる。

「家に戻ったら、母と一緒に腕によりをかけて夕食を作りますね」
「ありがとう。しばらくあまり食べてなかったから嬉しいわ」

 それは本当のことで、私の聖女としての務めには『食事をしない日を設けること』というのもある。

 今日のフルーツが楽しみだったのも、それが二日ぶりの食事だから。でも、もう聖女ではなくなったし、毎日適度に食事をするように戻していく。

 他にも色々聖女の役割を果たすために節制したりしていた部分はあるけど――と考えていたら、枷から解き放たれた解放感でいっぱいになる。

「ふふっ……アリア様、楽しみにしてくださって嬉しいです」
「私のことはアリアって呼んでくれればいいよ。私もミシェルって呼ぶから」

 思い切って砕けた話し方をしてみる――聖女としての表向きの振る舞いでもない、私本来の口調で。

「……ごめんなさい、急に馴れ馴れしくして」
「いいえ、その方が嬉しいです……いえ、嬉しいわ」
「良かった……ありがとう、ミシェル。私、あなたと友達になれたらと思ってたの」
「本当に? あんなに凄い魔法を使う人なのに、私なんかでいいの……?」
「あ、魔法のことはできるだけ内緒にしておいてね」
「ええ、分かっているわ。魔法使いの人は滅多に人前に現れないから、もし広まってしまったら引っ張りだこだもの」

 ナーヴェが警戒していないので、ミシェルが私のことを広めてしまう心配はないと思っていいみたい。疑うことはしたくないけど、召喚術のことは人に知られないようにしないと、必ず混乱が起きることになる。

 でも、私の守りたいものを守るためには召喚術の力を借りたい。それが広まらないように秘密にするのって、大変だけど、少し楽しくもなってくる。

 そんな私の内心をどう思っているのか、ナーヴェは私の膝の上であくびをして、綿の玉みたいに丸まっていた。
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