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第八話
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ザイオンがアリアンナをどう思っていたのか。偽聖女だとして切り捨てる前の彼が、どのような感情を抱いていたか。ヴェロミアはそれに向き合う必要はないと自分に言い聞かせる。
「……ヴェロミア。大神殿の神官たちに、南部の穀倉地帯に雨を降らせるようにと命じてくれ。視察の際に、干ばつの被害が出ていると陳情があった」
雨の降らせ方など知らないが、アリアンナも神官たちに命じていたに違いない。ヴェロミアはそう考え、迷いなく返事をする。
「はい、かしこまりました。殿下、それよりも……」
ヴェロミアはザイオンを見つめる――抱きしめられていた時に触れていた胸に、ザイオンが視線を落とす。
ザイオンが視察中に『遊び』をしていないことは、同行した側近から先に情報を得ている。ヴェロミアはそれも見越して、ザイオンを迎える前に湯浴みをしていた。
「……すまない、少し休む。宮殿に戻るが、婚儀の手はずについては予定通りに進める。ヴェロミア、愛している」
「っ……私もお慕い申し上げております、殿下……」
ヴェロミアは館を出ていくザイオンを見送る。
そして一部始終を見ていた執事の青年を睨みつけると、二階に上がって自室に入り、髪飾りを外して床に投げつけた。
息を荒げるヴェロミア――その時、すぐ近くから手を叩く音が聞こえてきた。
「――女性はやはり恐ろしい。今日こそはと期待していたのかな?」
「っ……お黙りなさい! 何を自分の部屋のように寛いでいるの、この下郎っ! 即刻、ここから出ていきなさい!」
燭台の明かりに照らされ、部屋の隅で椅子に座っている男の姿が浮かび上がる。
男は奇妙な面をつけていた。犬のような、角の生えた獣のような面で顔の上半分を覆っていて、口元だけが見えている――口角が釣り上がり、笑みを浮かべている。
「客人に向かってその態度はないんじゃないかな。僕は『代償』の話をしに来たんだよ。君が手に入れた愛についての報酬だ」
「……そうだったわね。何が欲しいの? お金、それとも地位?」
どこかの貴族家の人間か、それとも商会の関係者か。出自が一切分からないが、ヴェロミアはただ、この男が有能であることだけを知っている。
そう――ヴェロミアが望んだことを、そのまま実現させることができるほどに。
「……おや? もしや、僕にまだして欲しいことがあるとでも?」
「あなたはまだ、私の望みを叶えていない。そうでしょう?」
「最後のひと押しくらいはしなくては、自分で手に入れたという気がしない。そう言っていたのは貴女だったはずだけど?」
「軽口を許してあげるのは、あなたに利用価値がある間だけよ。欲しいものがあるんでしょう? 私に従いなさい」
男は微笑み、脚を組むと、道化のように両手を広げながら言った。
「いいでしょう、ヴェロミアお嬢様。偽聖女アリアンナの追放に続き、何を望みますか?」
「その前に……あなたの名前は? まだ聞いていないと思うのだけど」
「僕のことは、リオンと呼んでくれればいい。普段はそう呼ばれているからね」
男はそう言って、ヴェロミアの望みを聞き――満足そうに笑うと、まるでその場に初めからいなかったかのように、忽然と姿を消した。
「……気味が悪い男。でも、これで私は、きっとザイオン様を手に入れられる」
――ヴェロミアは気づいていない。
男が消えたあと、その足元に生じていた紋様。それが大神殿の『祈りの間』に描かれていたものの一つと酷似していることに。
「……ヴェロミア。大神殿の神官たちに、南部の穀倉地帯に雨を降らせるようにと命じてくれ。視察の際に、干ばつの被害が出ていると陳情があった」
雨の降らせ方など知らないが、アリアンナも神官たちに命じていたに違いない。ヴェロミアはそう考え、迷いなく返事をする。
「はい、かしこまりました。殿下、それよりも……」
ヴェロミアはザイオンを見つめる――抱きしめられていた時に触れていた胸に、ザイオンが視線を落とす。
ザイオンが視察中に『遊び』をしていないことは、同行した側近から先に情報を得ている。ヴェロミアはそれも見越して、ザイオンを迎える前に湯浴みをしていた。
「……すまない、少し休む。宮殿に戻るが、婚儀の手はずについては予定通りに進める。ヴェロミア、愛している」
「っ……私もお慕い申し上げております、殿下……」
ヴェロミアは館を出ていくザイオンを見送る。
そして一部始終を見ていた執事の青年を睨みつけると、二階に上がって自室に入り、髪飾りを外して床に投げつけた。
息を荒げるヴェロミア――その時、すぐ近くから手を叩く音が聞こえてきた。
「――女性はやはり恐ろしい。今日こそはと期待していたのかな?」
「っ……お黙りなさい! 何を自分の部屋のように寛いでいるの、この下郎っ! 即刻、ここから出ていきなさい!」
燭台の明かりに照らされ、部屋の隅で椅子に座っている男の姿が浮かび上がる。
男は奇妙な面をつけていた。犬のような、角の生えた獣のような面で顔の上半分を覆っていて、口元だけが見えている――口角が釣り上がり、笑みを浮かべている。
「客人に向かってその態度はないんじゃないかな。僕は『代償』の話をしに来たんだよ。君が手に入れた愛についての報酬だ」
「……そうだったわね。何が欲しいの? お金、それとも地位?」
どこかの貴族家の人間か、それとも商会の関係者か。出自が一切分からないが、ヴェロミアはただ、この男が有能であることだけを知っている。
そう――ヴェロミアが望んだことを、そのまま実現させることができるほどに。
「……おや? もしや、僕にまだして欲しいことがあるとでも?」
「あなたはまだ、私の望みを叶えていない。そうでしょう?」
「最後のひと押しくらいはしなくては、自分で手に入れたという気がしない。そう言っていたのは貴女だったはずだけど?」
「軽口を許してあげるのは、あなたに利用価値がある間だけよ。欲しいものがあるんでしょう? 私に従いなさい」
男は微笑み、脚を組むと、道化のように両手を広げながら言った。
「いいでしょう、ヴェロミアお嬢様。偽聖女アリアンナの追放に続き、何を望みますか?」
「その前に……あなたの名前は? まだ聞いていないと思うのだけど」
「僕のことは、リオンと呼んでくれればいい。普段はそう呼ばれているからね」
男はそう言って、ヴェロミアの望みを聞き――満足そうに笑うと、まるでその場に初めからいなかったかのように、忽然と姿を消した。
「……気味が悪い男。でも、これで私は、きっとザイオン様を手に入れられる」
――ヴェロミアは気づいていない。
男が消えたあと、その足元に生じていた紋様。それが大神殿の『祈りの間』に描かれていたものの一つと酷似していることに。
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