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第五話
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「たかが図体のでかい獣だ、矢を放て!」
私を取り押さえた兵士はそのままで、残りの兵士たちがナーヴェと戦おうとする。
「あなたが隊長なら、部下の人たちを止めた方がいいですよ」
「っ……貴様、まだ減らず口を……見ろ、我らは獣などに臆したりは……」
取り押さえられているので後ろを見られない――だけど、放たれた矢がナーヴェに届かなかったことはわかる。
「な、なんだ、矢が……っ、凍って……!」
「っ……グレイズ様、あの獣、魔法を……っ」
「馬鹿な、獣が魔法など使うものか! 矢が効かぬなら剣を、槍を使え!」
私を取り押さえていた兵士も、ナーヴェと戦う要員に駆り出される。投げ出されるようにして解放された私は、振り返ってナーヴェと、五人の兵士が対峙している光景を見た。
魔界の門を守る悪魔、ナーヴェリウス。彼が持つ三つの力のうち一つが『氷の魔眼』。
ナーヴェに弓矢は通じない。その左目で一瞥しただけで矢を凍らせ、砕いて氷の細片に変えてしまう。
「うっ、うぁっ……あぁぁぁぁっ!」
「よ、鎧が……凍りついて……っ、ぐぁぁぁっ……!」
ナーヴェに矢を放った三人の兵士の鎧が、氷の魔眼を浴びたことで凍りつく。凍傷で激痛が走っているだろうけど、彼らのしたことを考えると憐れむ気にはならない。
「お、おのれっ……こんなところで、俺は……っ」
「隊長殿、私にお任せを……っ、うぉぉぉっ!」
背中に背負っていた槍を構えて、兵士が突進していく。
巨大な狼のような姿になったナーヴェは、その美しい銀色の体毛をさらりと揺らして、全く動じずに兵士を一瞥する――今度は、その瞳が赤く輝く。
「――がぁぁぁっ……あ、熱い、熱っ……あぁぁぁぁっ!」
ナーヴェの右目に宿っている、もう一つの力――それが『赤熱の魔眼』。
兵士が持っていた槍の柄は木でできている。それを一瞬で炭に変えて、兵士の鎧もまた赤熱する――その場で苦しんでのたうち回る彼を横目に、ナーヴェは悠然と歩いて、隊長と呼ばれた男の前に進み出る。
ナーヴェは私の傍らに寄り添うようにして立ち止まる。一人残った男は怯えきっていて、それでも剣を手放さなかった。
「そ、そうか……偽聖女というのは、本当のことだったのか……魔獣を手懐け、人間を脅かす魔女……それがお前の正体か、女……っ!」
「……あなたに今回のことを命じたのは、ゾルダート公爵ですか? それとも……」
――男が笑う。その表情の意味が分からない私でもない。
「答える気はないと、そういうことですか。では、あなたには二つの選択があります」
「選択……?」
「ここでみすみす命を投げ出すか、大人しくあの親子にお金を返して、この四人を連れて帝都に帰るか。どちらにしますか?」
「……俺が……選ぶ、答えは……っ」
剣の扱いに自信があるのだろう。私が彼の間合いに入っているなんて、そんなことは大きな勘違いだけど。
「――貴様さえ殺せば、俺はぁぁっ!」
『……よく我慢したね、アリアンナ。でも、もういいだろう』
ナーヴェリウスの魔眼が『二つ同時に』輝きを放つ。
急激に冷凍されたあと、凄まじい熱量を与えられる。すると地上にあるほとんどのものは形を保っていられなくなり、砂のように崩れてしまう。
「……馬鹿な……こ、鋼鉄の、剣が……ぐぁぁぁっ……!」
左手は凍りつき、右手は炎に包まれる。男は前のめりに倒れ込んで、そのまま動かなくなった。
私もナーヴェが戦うところはそう見たことがないけれど、こんなに怒っているのは初めて見たかもしれない。
私を取り押さえた兵士はそのままで、残りの兵士たちがナーヴェと戦おうとする。
「あなたが隊長なら、部下の人たちを止めた方がいいですよ」
「っ……貴様、まだ減らず口を……見ろ、我らは獣などに臆したりは……」
取り押さえられているので後ろを見られない――だけど、放たれた矢がナーヴェに届かなかったことはわかる。
「な、なんだ、矢が……っ、凍って……!」
「っ……グレイズ様、あの獣、魔法を……っ」
「馬鹿な、獣が魔法など使うものか! 矢が効かぬなら剣を、槍を使え!」
私を取り押さえていた兵士も、ナーヴェと戦う要員に駆り出される。投げ出されるようにして解放された私は、振り返ってナーヴェと、五人の兵士が対峙している光景を見た。
魔界の門を守る悪魔、ナーヴェリウス。彼が持つ三つの力のうち一つが『氷の魔眼』。
ナーヴェに弓矢は通じない。その左目で一瞥しただけで矢を凍らせ、砕いて氷の細片に変えてしまう。
「うっ、うぁっ……あぁぁぁぁっ!」
「よ、鎧が……凍りついて……っ、ぐぁぁぁっ……!」
ナーヴェに矢を放った三人の兵士の鎧が、氷の魔眼を浴びたことで凍りつく。凍傷で激痛が走っているだろうけど、彼らのしたことを考えると憐れむ気にはならない。
「お、おのれっ……こんなところで、俺は……っ」
「隊長殿、私にお任せを……っ、うぉぉぉっ!」
背中に背負っていた槍を構えて、兵士が突進していく。
巨大な狼のような姿になったナーヴェは、その美しい銀色の体毛をさらりと揺らして、全く動じずに兵士を一瞥する――今度は、その瞳が赤く輝く。
「――がぁぁぁっ……あ、熱い、熱っ……あぁぁぁぁっ!」
ナーヴェの右目に宿っている、もう一つの力――それが『赤熱の魔眼』。
兵士が持っていた槍の柄は木でできている。それを一瞬で炭に変えて、兵士の鎧もまた赤熱する――その場で苦しんでのたうち回る彼を横目に、ナーヴェは悠然と歩いて、隊長と呼ばれた男の前に進み出る。
ナーヴェは私の傍らに寄り添うようにして立ち止まる。一人残った男は怯えきっていて、それでも剣を手放さなかった。
「そ、そうか……偽聖女というのは、本当のことだったのか……魔獣を手懐け、人間を脅かす魔女……それがお前の正体か、女……っ!」
「……あなたに今回のことを命じたのは、ゾルダート公爵ですか? それとも……」
――男が笑う。その表情の意味が分からない私でもない。
「答える気はないと、そういうことですか。では、あなたには二つの選択があります」
「選択……?」
「ここでみすみす命を投げ出すか、大人しくあの親子にお金を返して、この四人を連れて帝都に帰るか。どちらにしますか?」
「……俺が……選ぶ、答えは……っ」
剣の扱いに自信があるのだろう。私が彼の間合いに入っているなんて、そんなことは大きな勘違いだけど。
「――貴様さえ殺せば、俺はぁぁっ!」
『……よく我慢したね、アリアンナ。でも、もういいだろう』
ナーヴェリウスの魔眼が『二つ同時に』輝きを放つ。
急激に冷凍されたあと、凄まじい熱量を与えられる。すると地上にあるほとんどのものは形を保っていられなくなり、砂のように崩れてしまう。
「……馬鹿な……こ、鋼鉄の、剣が……ぐぁぁぁっ……!」
左手は凍りつき、右手は炎に包まれる。男は前のめりに倒れ込んで、そのまま動かなくなった。
私もナーヴェが戦うところはそう見たことがないけれど、こんなに怒っているのは初めて見たかもしれない。
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