上 下
4 / 26

第四話

しおりを挟む
「ふん……金貨二百枚と少しか。辺境の商人にしては貯め込んでいるな」
「そ、それは、仕入れのためのお金で、それがなければお店が……っ」
「おまえたちは金貨二百枚で、一人分の命を買ったんだ。さて、これはどちらの代金だ?」
「ひっ……お、お父様……」
「……娘を無事で帰してくれ……どうか、娘だけは……」

 つまり、こういうことだった。私が人里を目指しているところに、野盗の装いをして襲いかかる。
 
 野盗がこの辺りに出て私の命を奪ったと、誰かに証言させる――前任の偽聖女は追放され、不運にも野盗に命を奪われた。

 そうすることで私が聖女として復権するという、万に一つの可能性は消える。ゾルダート公爵が考えたのか、他の誰かか。

(こんなときでも怒りが湧かない。ずっとそうしてきたから……でも、ゾルダート家の思い通りになってもいいなんてことも思わない)

 私はこれから、自由になる。

 これは私が自分のしたいことをする、最初の一歩。

 木陰から出て、私は馬を降りてお金を数えている兵士の前に真っ直ぐ歩いていって――その頬に平手打ちをした。
 
「っ……き、貴様、偽……いや、どこの女だ……っ!?」

 とぼけちゃって。それは確かに、私のことを偽聖女って呼んだら証人が怪しむよね。

 でもそんなこと、今はどうでもいい。この商人の親子はお金を渡す必要なんてないし、もちろん命を取られることだってない。

「お、おい、逃がすな……っ」
「こ、ここを通りがかったのが運の尽きだったな……その姿、奴隷でも逃げ出したか」

 だからこんな格好をしてるのは、必要なことだからだってば……と、私も何も説明してないから仕方ない。何も話す義理もないけど。

 私は取り押さえられて、地面に膝を突かされる。商人の親子から注意がそれてる――私は力を振り絞って顔を上げて、逃げるようにと目で訴える。

「他人の心配をしている場合か?」

 頬に当たる冷たい感触――目の前に立っている兵士が剣を抜いて、私の頬に刃をつきつけてくる。

「……お前はここで、名も知れぬ野盗に襲われて死ぬ。しかし抵抗しなければ、殺したことにして奴隷市場に送ってやろう。薄汚れた身なりだが、顔はいいようだからな」

 私はこんな人達を含めて、この帝国を守ろうとしていたのか。

 やるせないを通り越して、情けない。それでも私は――最後にもう一度だけ、この人たちに問いかける。

「……奴隷になることを拒否すれば、私を殺す。本当に、それでいいんですね?」
「くっ……くはははっ。まだそんなことを……聖女様というのは、帝国で一番愚かな女ということか……ははははっ!」

 私に剣を突きつけている兵士が笑う。私を取り囲んでいる兵士四人も嘲笑する。

 ――私の頬に、赤い血が伝う。

 私が身につけているぼろぼろの法衣。それは兵士たちの目を逃れて、地面に魔法陣を描くために寄与してくれた。

「チッ……動くなと言ったはずだ、傷物は奴隷としても値が……」
「――そうですか? 私は感謝していますが」

 私の血は、召喚術を発動させるための捧げものとなる。

 地面に描いた魔法陣に、血が一滴落ちて――次の瞬間、辺りを眩いばかりの光が包み込み。

「……な……んだ、あれは……」

 目の前にいる兵士が、私ではなく、その背後を見る。

 第一の従魔、ナーヴェリウス。召喚術によって呼び出された彼の体躯は、子犬のようだった時とは比べ物にならないほどに大きく、その姿は兵士たちを恐怖で凍りつかせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お望み通りに婚約破棄したのに嫌がらせを受けるので、ちょっと行動を起こしてみた。

夢草 蝶
恋愛
 婚約破棄をしたのに、元婚約者の浮気相手から嫌がらせを受けている。  流石に疲れてきたある日。  靴箱に入っていた呼び出し状を私は──。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

みんなもやってるから浮気ですか?なら、みんながやってるので婚約破棄いたしますね

荷居人(にいと)
恋愛
私には愛する婚約者がいる。幼い頃から決まっている仲のいい婚約者が。 優しくて私だけをまっすぐ見てくれる誠実な人。嫌なことがあっても彼がいればそれだけで幸せな日となるほどに大切な人。 そんな婚約者は学園の高等部になってから変わってしまった。 「すまない!男ならみんながやってることだからと断りきれなくて……次からはしないよ!愛してるのは君だけなんだ!」 誠実から不誠実の称号を得た最初の彼の変化。浮気だった。気づいたのは周りの一部の令嬢が婚約者の浮気で落ち込むのが多くなり、まさか彼は違うわよね………と周りに流されながら彼を疑う罪悪感を拭うために調べたこと。 それがまさか彼の浮気を発覚させるなんて思いもしなかった。知ったとき彼を泣いて責めた。彼は申し訳なさそうに謝って私だけを愛していると何度も何度も私を慰めてくれた。 浮気をする理由は浮気で婚約者の愛を確かめるためなんて言われているのは噂でも知っていて、実際それで泣く令嬢は多くいた。そんな噂に彼も流されたのだろう。自分の愛は信用に足らなかったのだろうかと悲しい気持ちを抑えながらも、そう理解して、これからはもっと彼との時間を増やそうと決意した。 だけど………二度、三度と繰り返され、彼の態度もだんだん変わり、私はもう彼への愛が冷めるどころか、彼の愛を信じることなんてできるはずもなかった。 みんながやってるから許される?我慢ならなくなった令嬢たちが次々と婚約破棄をしてるのもみんながやってるから許されますよね?拒否は聞きません。だってみんながやってますもの。

婚約破棄、爵位剥奪、国外追放されましたのでちょっと仕返しします

あおい
恋愛
婚約破棄からの爵位剥奪に国外追放! 初代当主は本物の天使! 天使の加護を受けてる私のおかげでこの国は安泰だったのに、その私と一族を追い出すとは何事ですか!? 身に覚えのない理由で婚約破棄に爵位剥奪に国外追放してきた第2王子に天使の加護でちょっと仕返しをしましょう!

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

公爵令嬢ですが冤罪をかけられ虐げられてしまいました。お覚悟よろしいですね?

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のシルフィーナ・アストライアは公爵令息のエドガー・サウディス達によって冤罪をかけられてしまった。 『男爵令嬢のリリア・アルビュッセを虐め倒し、心にまで傷を負わせた』として。  存在しない事実だったが、シルフィーナは酷い虐めや糾弾を受けることになってしまう。  持ち物を燃やされ、氷水をかけられ、しまいには数々の暴力まで。  そんな仕打ちにシルフィーナが耐えられるはずがなく……。 虐めて申し訳ない? 数々の仕打ちの報いは、しっかり受けていただきます ※設定はゆるめです。 ※暴力描写があります。 ※感想欄でネタバレ含むのチェックを忘れたりする残念な作者ですのでご了承ください。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

【完結】婚約破棄された公爵令嬢、やることもないので趣味に没頭した結果

バレシエ
恋愛
サンカレア公爵令嬢オリビア・サンカレアは、恋愛小説が好きなごく普通の公爵令嬢である。 そんな彼女は学院の卒業パーティーを友人のリリアナと楽しんでいた。 そこに遅れて登場したのが彼女の婚約者で、王国の第一王子レオンハルト・フォン・グランベルである。 彼のそばにはあろうことか、婚約者のオリビアを差し置いて、王子とイチャイチャする少女がいるではないか! 「今日こそはガツンといってやりますわ!」と、心強いお供を引き連れ王子を詰めるオリビア。 やりこまれてしまいそうになりながらも、優秀な援護射撃を受け、王子をたしなめることに成功したかと思ったのもつかの間、王子は起死回生の一手を打つ! 「オリビア、お前との婚約は今日限りだ! 今、この時をもって婚約を破棄させてもらう!」 「なぁッ!! なんですってぇー!!!」 あまりの出来事に昏倒するオリビア! この事件は王国に大きな波紋を起こすことになるが、徐々に日常が回復するにつれて、オリビアは手持ち無沙汰を感じるようになる。 学園も卒業し、王妃教育も無くなってしまって、やることがなくなってしまったのだ。 そこで唯一の趣味である恋愛小説を読んで時間を潰そうとするが、なにか物足りない。 そして、ふと思いついてしまうのである。 「そうだ! わたくしも小説を書いてみようかしら!」 ここに謎の恋愛小説家オリビア~ンが爆誕した。 彼女の作品は王国全土で人気を博し、次第にオリビアを捨てた王子たちを苦しめていくのであった。  

処理中です...