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第四話
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「ふん……金貨二百枚と少しか。辺境の商人にしては貯め込んでいるな」
「そ、それは、仕入れのためのお金で、それがなければお店が……っ」
「おまえたちは金貨二百枚で、一人分の命を買ったんだ。さて、これはどちらの代金だ?」
「ひっ……お、お父様……」
「……娘を無事で帰してくれ……どうか、娘だけは……」
つまり、こういうことだった。私が人里を目指しているところに、野盗の装いをして襲いかかる。
野盗がこの辺りに出て私の命を奪ったと、誰かに証言させる――前任の偽聖女は追放され、不運にも野盗に命を奪われた。
そうすることで私が聖女として復権するという、万に一つの可能性は消える。ゾルダート公爵が考えたのか、他の誰かか。
(こんなときでも怒りが湧かない。ずっとそうしてきたから……でも、ゾルダート家の思い通りになってもいいなんてことも思わない)
私はこれから、自由になる。
これは私が自分のしたいことをする、最初の一歩。
木陰から出て、私は馬を降りてお金を数えている兵士の前に真っ直ぐ歩いていって――その頬に平手打ちをした。
「っ……き、貴様、偽……いや、どこの女だ……っ!?」
とぼけちゃって。それは確かに、私のことを偽聖女って呼んだら証人が怪しむよね。
でもそんなこと、今はどうでもいい。この商人の親子はお金を渡す必要なんてないし、もちろん命を取られることだってない。
「お、おい、逃がすな……っ」
「こ、ここを通りがかったのが運の尽きだったな……その姿、奴隷でも逃げ出したか」
だからこんな格好をしてるのは、必要なことだからだってば……と、私も何も説明してないから仕方ない。何も話す義理もないけど。
私は取り押さえられて、地面に膝を突かされる。商人の親子から注意がそれてる――私は力を振り絞って顔を上げて、逃げるようにと目で訴える。
「他人の心配をしている場合か?」
頬に当たる冷たい感触――目の前に立っている兵士が剣を抜いて、私の頬に刃をつきつけてくる。
「……お前はここで、名も知れぬ野盗に襲われて死ぬ。しかし抵抗しなければ、殺したことにして奴隷市場に送ってやろう。薄汚れた身なりだが、顔はいいようだからな」
私はこんな人達を含めて、この帝国を守ろうとしていたのか。
やるせないを通り越して、情けない。それでも私は――最後にもう一度だけ、この人たちに問いかける。
「……奴隷になることを拒否すれば、私を殺す。本当に、それでいいんですね?」
「くっ……くはははっ。まだそんなことを……聖女様というのは、帝国で一番愚かな女ということか……ははははっ!」
私に剣を突きつけている兵士が笑う。私を取り囲んでいる兵士四人も嘲笑する。
――私の頬に、赤い血が伝う。
私が身につけているぼろぼろの法衣。それは兵士たちの目を逃れて、地面に魔法陣を描くために寄与してくれた。
「チッ……動くなと言ったはずだ、傷物は奴隷としても値が……」
「――そうですか? 私は感謝していますが」
私の血は、召喚術を発動させるための捧げものとなる。
地面に描いた魔法陣に、血が一滴落ちて――次の瞬間、辺りを眩いばかりの光が包み込み。
「……な……んだ、あれは……」
目の前にいる兵士が、私ではなく、その背後を見る。
第一の従魔、ナーヴェリウス。召喚術によって呼び出された彼の体躯は、子犬のようだった時とは比べ物にならないほどに大きく、その姿は兵士たちを恐怖で凍りつかせた。
「そ、それは、仕入れのためのお金で、それがなければお店が……っ」
「おまえたちは金貨二百枚で、一人分の命を買ったんだ。さて、これはどちらの代金だ?」
「ひっ……お、お父様……」
「……娘を無事で帰してくれ……どうか、娘だけは……」
つまり、こういうことだった。私が人里を目指しているところに、野盗の装いをして襲いかかる。
野盗がこの辺りに出て私の命を奪ったと、誰かに証言させる――前任の偽聖女は追放され、不運にも野盗に命を奪われた。
そうすることで私が聖女として復権するという、万に一つの可能性は消える。ゾルダート公爵が考えたのか、他の誰かか。
(こんなときでも怒りが湧かない。ずっとそうしてきたから……でも、ゾルダート家の思い通りになってもいいなんてことも思わない)
私はこれから、自由になる。
これは私が自分のしたいことをする、最初の一歩。
木陰から出て、私は馬を降りてお金を数えている兵士の前に真っ直ぐ歩いていって――その頬に平手打ちをした。
「っ……き、貴様、偽……いや、どこの女だ……っ!?」
とぼけちゃって。それは確かに、私のことを偽聖女って呼んだら証人が怪しむよね。
でもそんなこと、今はどうでもいい。この商人の親子はお金を渡す必要なんてないし、もちろん命を取られることだってない。
「お、おい、逃がすな……っ」
「こ、ここを通りがかったのが運の尽きだったな……その姿、奴隷でも逃げ出したか」
だからこんな格好をしてるのは、必要なことだからだってば……と、私も何も説明してないから仕方ない。何も話す義理もないけど。
私は取り押さえられて、地面に膝を突かされる。商人の親子から注意がそれてる――私は力を振り絞って顔を上げて、逃げるようにと目で訴える。
「他人の心配をしている場合か?」
頬に当たる冷たい感触――目の前に立っている兵士が剣を抜いて、私の頬に刃をつきつけてくる。
「……お前はここで、名も知れぬ野盗に襲われて死ぬ。しかし抵抗しなければ、殺したことにして奴隷市場に送ってやろう。薄汚れた身なりだが、顔はいいようだからな」
私はこんな人達を含めて、この帝国を守ろうとしていたのか。
やるせないを通り越して、情けない。それでも私は――最後にもう一度だけ、この人たちに問いかける。
「……奴隷になることを拒否すれば、私を殺す。本当に、それでいいんですね?」
「くっ……くはははっ。まだそんなことを……聖女様というのは、帝国で一番愚かな女ということか……ははははっ!」
私に剣を突きつけている兵士が笑う。私を取り囲んでいる兵士四人も嘲笑する。
――私の頬に、赤い血が伝う。
私が身につけているぼろぼろの法衣。それは兵士たちの目を逃れて、地面に魔法陣を描くために寄与してくれた。
「チッ……動くなと言ったはずだ、傷物は奴隷としても値が……」
「――そうですか? 私は感謝していますが」
私の血は、召喚術を発動させるための捧げものとなる。
地面に描いた魔法陣に、血が一滴落ちて――次の瞬間、辺りを眩いばかりの光が包み込み。
「……な……んだ、あれは……」
目の前にいる兵士が、私ではなく、その背後を見る。
第一の従魔、ナーヴェリウス。召喚術によって呼び出された彼の体躯は、子犬のようだった時とは比べ物にならないほどに大きく、その姿は兵士たちを恐怖で凍りつかせた。
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