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第三話

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 大神殿は帝都から北東の方角にある。山間の道を歩いていくと国境があって、隣の国との関所があるそうだった。

 私は辺境送りになるということなのだけど、途中までは座り心地の悪い馬車の荷台に載せられて運ばれ、担がれて道の脇の森の中に運ばれていって、そこで降ろされた。

「ここからは好きにするがいい。夜までに人里に着かなければ、野犬の餌になるだろうな」

 そんな捨て台詞とともに放り出されて、荷台の隅に載っていた麻の草履を渡されて。

 私を運んできた馬車と、護送するためについてきた兵士たちの馬が去っていく。

 何もないよりはましだけど、この草履で山道を歩いたら幾らも歩かないうちに動けなくなってしまう。それも分かっていて放り出してるんだから、あの人たちも底意地が悪い。

「……でも、私はこれからどこに行ってもいいんだ」

 大神殿の中は今日ゾルダート家の侵攻(みたいなものだと思う)を受けるまでは平和そのものだったし、毎日祈るのが大変ではあったけれど、仕事にやり甲斐は感じていた。

 それは、国の人たちが豊かになること、戦争を未然に防いだりしていることが、大神殿の中でも見えていたから。

「あのまま続けても良かったんだけど……『偽聖女』とまで言われたら、ちょっと残る義理はないよね」

 ため息をつく。ザイオン皇太子殿下の面会要望を、祈りがあるからって断ったのがいけなかったのかな。事情を分かってくれるものだとは思ってなかったけど、遅かれ早かれこうなっていたのは仕方ないことなのかも。

 ともかく――会ったことのない国中の人達のために、自分の人生を捧げるのはもうやめにする。十年も修行僧みたいな生活をしていたんだから、それくらいしてもいいはずだし。

 だけど、週に一度のフルーツが潤いで、三日に一度しか沐浴できない生活とか、あのヴェロミアさんに耐えられるとは思えないんだけど……そもそも、私の代わりに聖女の仕事ができるような能力を持っているのかな。持っているから私を追い出したと、それでいいんだよね?

「あの人たちも、私に心配されてもって感じだよね。それより自分のことを何とかしないと」

 さっきから一人で声に出して話しているのは、ちょっと寂しいからだったりする。

 そろそろナーヴェを呼ぼうかな。でも寂しいからって理由で呼んだりすると、あの子はなぜか懐いてこないからな。愛嬌はあるのに中身はクールなんだよね。

「きゃぁぁーっ、お父様ぁっ!」
「貴様ら、どこの者だ……っ、ぐぁぁっ!」

 ――さっき馬車で走っていた道の方から、女の人の悲鳴と、中年の男性の悲痛な声が聞こえる。

 まさか、そこまではしないよね。そう思ってた私が甘かったっていうことなの?

 私は身を低くして、木陰から木陰に移動しながら、声が聞こえた方に向かう――すると。

「運が悪かったな。ここを通るのが今日で無ければ死なずに済んだものを」
「ぐぅ……ま、待て、娘だけは……ぐぁっ!」
「どちらかは生かしておいてやる。積み荷は足がつくからな、有り金を渡してもらおう」

(……野盗のふりをして変装してるけど……あれって、私を運んできた人たち……?)

 そういうこともあるかもしれないと思ったし、警戒はしているつもりだった。

 でも、実際に彼らが私を生かしておかないと考えているなんて、自分から想像するのはあんまりじゃない? そうした方が都合がいいって思うのかもしれないけど、あまりにも酷すぎる。 
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