上 下
54 / 84
第3章

15話:頼んだよ

しおりを挟む
 魔王軍の魔将【影刃】ゼフィルス。ヤツは勇者との戦いで、まだ本気を出していないように思えた。初手で本気を出して戦っていれば、勇者をもっと簡単に殺せたはずだ。
 だが、それがどこまで本気なのかなんてどうでもいい。
 ただ――どれだけ俺を楽しませてくれるかが問題だ。

「改めて、名前を聞こう」
「我は魔王軍の魔将が一人。【影刃】ゼフィルス。――参る!」

 黒い霧のような闇を纏うゼフィルスは、言葉と同時に姿が消えた。いや、消えたんじゃない。ヤツは影の中に溶け込んだのだ。現れる場所の予想はできている。
 俺はわざとその場に立ち尽くす。

 ――そこか。

 俺の足元の影から、闇に溶け込んだゼフィルスが音もなく漆黒の剣を振るって現れた。
 一瞬の殺気は、見つけるのに十分すぎる時間だった。
 この戦いで、俺は【重力】を使わないと決めている。そうしなければ楽しめないからだ。

「未熟だな」

 俺はわずかに身体を横にずらし、ゼフィルスの攻撃を紙一重で避ける。そのまま、軽く指先でゼフィルスの腹部に触れるように打ち込むと、衝撃波がゼフィルスの体内を駆け抜けた。

「ぐっ……!」

 掌底打ちと同様の原理を指先でやってみたが、レベルのお陰なのか簡単にできた。
 ゼフィルスは跳躍して距離を取る。

「……遊んでいるのか?」
「当然だ。それが強者の権利。これで終わりにするつもりか?」

 ゼフィルスは無言で剣を構えた。
 それを見て俺は笑みを浮かべる。

「いいね。そうこなくっちゃ」

 ゼフィルスの身体が闇と一体化し、黒く染まる。彼が剣を掲げると、足元の影が広範囲に広がる。そして掲げた剣が振り下ろされ、四方八方から影の刃となって攻撃を繰り出してくる。普通の相手なら、瞬殺されていただろう。しかし、俺にはすべての攻撃が見えている。

 一歩、二歩。無駄のない動きで俺は攻撃を避けていく。それが楽々とできるこの身体が素晴らしい。魔の森で、死にも狂いで生き抜いた甲斐があったというもの。
 しばらくして攻撃が止んだ。

「おっと、終わりだな」
「この技は、他の魔将ですら無傷ではいられない。さすがと言ったところか」
「魔将ともあろうお方から、お褒めにあずかるなんて光栄だな」
「今では嫌味にしか聞こえないな」
「んじゃ、俺の番だな」

 そう告げた俺が無造作に拳を振るうと、衝撃波となってゼフィルスを襲う。
 【重力】を使わず、ちょっと力を入れて殴ったらこれである。本気で殴ったら、山一つは軽く消し飛ぶ。
 ゼフィルスは賭け外の中に消えるように逃れ、離れた位置で現れた。

「素の力か?」
「当たり前だ。スキルを使っては楽しめないだろう?」
「いいだろう。まだまだこれからだ」

 そこから、ゼフィルスによる猛攻が始まった。己の力を全て出し切るような、そのような攻撃の数々だった。
 影を使った様々な攻撃に、俺は思いのほか楽しんでいた。
 俺が笑っていることに気付いたゼフィルスが、問いかけてくる。

「楽しんでもらえたなら、もういいか?」
「何言ってんだ? これから、だろう?」
「……そうか。悪いが、魔力がもう少ない。次の攻撃が最後になる」
「いいぜ。正面から受け止めてやる」

 俺の言葉を信じたのか、ゼフィルスの魔力が高まっていく。
 ゼフィルスの影がゆらりと揺れたかと思うと、彼の背後に広がる影が生き物のように形を変え始めた。【影刃】と呼ばれる魔将の名の由来が、その瞬間に理解できた。
 形を変えた影と高まった魔力は、ゼフィルスの構えた剣へと収束する。漆黒よりさらに黒く染まった剣は、魔力によってキラキラと輝く。その様は、まるで星空のような美しさをしていた。
 ゼフィルスは剣を振るった。

「――蒼影斬!」

 ゼフィルスの剣が空を裂いた瞬間、闇が押し寄せる波のように俺へと迫ってきた。光を一切通さない蒼黒の刃が、空間そのものを切り裂くように唸りを上げる。その圧倒的な魔力の奔流は、普通の者ならば一瞬で跡形もなく消し飛ばされるだろう。

 だが、俺は――

「その程度か?」

 彼の刃は俺に届くことなく、その凄まじい威力が俺の前で無力に消え失せる。全てが無意味だったかのように、闇が霧散し、魔力が俺を包むことはなかった。
 俺は何もしていない。ただ、そこに圧倒的なまでのレベル差があっただけ。
 ゼフィルスは荒い呼吸をしながら剣を支えに片膝を突き、こちらを見ていた。その視線には、驚きという感情しか含まれていなかった。

「……化け物、め」

 俺にとっては賞賛の言葉だ。

「美しい技だった」

 俺は本心からそういった。誰にでも真似できる技ではなく、そこには確かな努力が実在していた。

「我は、貴様のお眼鏡に適ったか? 楽しめてもらえなかったのなら、この首を差し出そう。その代わり、魔王様を殺さないほしい」

 そう言ってゼフィルスはヘルムを取り、素顔を晒した。
 魔族特有の青白い肌。鋭い蒼色の目はまるで深い海のようで、感情を一切隠している。彼の黒に近い深い青色の髪は肩まで流れ、時折、影が揺れるのが見える。その無表情な口元は冷たさを感じさせる。

「お願いできる立場と思っているのか?」

 ゼフィルスの目が一瞬、見開かれる。そして諦めたように首を横に振った。
 口元にはわずかな笑みを浮かべて。

「いいや。そもそも勝負にすらなっていない。だから、少しでも楽しめたと思ったのなら、この首と引き換えに、この願いを聞いてほしかっただけだ。貴様と敵対すれば、魔王様は殺され、魔族は滅びるだろう。そうしないためだ」
「最初は冷酷なヤツだと思っていたが、同族のことを想ってのことだったのか」

 ゼフィルスは答えない。それが俺にとって答えとなっていた。
 そもそもゼフィルスは、俺の実力に気付いて殺気すら向けてこなかった。だから、殺す理由がない。俺は世話になった人たちを、魔物の軍勢の襲撃から守っただけ。
 魔物は消えた。あとは、俺が楽しんだだけ。

「ゼフィルス。魔王に伝言だ。あとで遊びに行くってな」
「では?」
「元々殺すつもりはない。お前は俺に勝てないと理解して、殺気すら向けてこなかった。それに、結構楽しめたからな。不満か?」
「いいや。感謝する。伝言、確かに承りました。改めて、名前を聞いても?」
「テオだ。こっちはエイシアス。良い酒を用意しておけよ? エイシアスに殺されたくなかったらな」
「わかった。では」

 ゼフィルスは影に溶け込むようにして消えるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



新作投稿してます!
『無名の兵士、実は世界最強~平凡な兵士でいたいのに、なぜか周囲から英雄扱いされて困るんだが~』
https://kakuyomu.jp/works/16818093087467812713
「目立ちたくないのに、結局は周囲に優秀さを見せつけてしまう主人公の物語」です。


下にある【☆☆☆】をポチッと押すのと、【ブクマ】をしていただけたら嬉しいです!
作者の励みになり、執筆の原動力になります!
少しでも応援したい、という方はよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...