SENGOKU-2

福澤賢二郎

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拾伍 旅

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《飛燕》
今、二川の関所を抜けて海岸沿いを歩んでいた。
半歩前に愛馬春兎に乗る酒井直次がいる。
二人旅。

「飛燕、海はデカイな」

「そうですね」

沖に幾つもの船が見える。
笑顔で直次が一番大きな船を指さした。

「佐吉や太郎丸はあれに乗っているのかな」

「まだでしょう。あと二日後に出発しますから」

直次が笑顔で飛燕の方を振り向く。

「あいつら、船酔いで大変かな」

「きっと、そうでしょうね」

飛燕から自然と笑みが漏れる。
私、笑ってる。
直次に出会うまで笑う事なんて無かったのに。
飛燕は心から純粋な直次を思っていた。

「よし、あの波うち際まで競争しよう」

「どこですか。よく、わからないのでさすが」

直次が飛燕に寄せて指さす。

「あそこだ。わかったか」

直ぐ横に直次の顔があり、飛燕の心は高鳴っている。
心の音が直次に聞こえてしまわないか心配になる。

「あっ、わ、わかりました」

「よし、始めだ」

春兎が駆け出した。
飛燕も馬で追いかけるが、春兎に追い付けるわけは無く、負けてしまった。

「直次様は卑怯です。だって、春兎は日本一の名馬に並びます」

「そうか、卑怯だったな」

直次が、近づいてきてニコリと笑い、右手で頬を優しく摘まみ、顔を近づける。

「笑顔、少し不満気な顔、どれも綺麗で可愛くなった」

「な、直次様のおかげです」

「ははは、そうか」

直次は頬を放して再び歩きだした。
飛燕も続く。

「七海の奴、どうしてるかな」

「もうすぐ戦が始まるので、準備で忙しいのではないでしょうか」

「そうか」

「恋しいですか」

「そうだな」

私は近くにいます。
だから、そんな事を言わないで。
心が壊れそうなほど、痛いのです。

《新木七海》
曳馬城は三方原台地の突端に造られていた。
城は椿姫という女性が守っているらしい。
徳川軍は西側に陣をはり、東側は武田軍が陣を構えた。
十二月という事もあり、冷え込んでいる。
日が暮れるのも早く、陣のあちこちで明かりが灯され始めた。
七海と義郎は酒井陣営をそれぞれ見て回った。

一際、大きな声が聞こえて来た。

「おお、七海殿、会いたかったぞ」

「あなたは、確か、本多忠勝殿だったかな」

「そうだ。俺様は本多忠勝よ。うん?」

本多忠勝が周りをキョロキョロする。

「どうした?本多殿」

「ひ弱なアイツは?」

「直次様の事か?」

「おお、そうだ。そいつだ」

「ここには来ていない」

「アイツは弱いからな。戦場には来ない方が良い」

「本当は強いかもよ。本多殿よりも」

「そんなワケないだろ。じゃあ、俺様が奴に勝った場合は俺様の嫁になれ」

「いいだろう」

七海は可笑しく思わず笑ってしまった。

私は本当の事を知っている。

今、直次様はどこにいる?

大人しく待っているワケない。
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