英雄の歌

福澤賢二郎

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龍が翔ぶ

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《俺》
大斧を肩に担ぎ、白い鎧を纏った男が、ひときわ大きい白馬に股がり近づいてきた。容姿から北斗と推測できた。
北斗は政から独立して北方を治めていた。
12年前に中原まで進行してきた事がある。
誰もがあの大斧の前には太刀打ち出来ず、次々と城を落とし、皆殺しにして進軍した。だが、政都攻めの直前で自国に引き返した。背後から北の蛮賊と反抗勢力が通じて反乱を起こした為と聞く。その侵略から政にとって、北斗は恐怖の対象となっている。
俺も子供の時によく聞かされた。
その北斗が目の前にいる。それも殺気を放ってだ。
「劉翔、見事な戦だった。爽快だったぞ」
「俺の事、知っているのかい?」
「無論。最近のお前の活躍は無視できないものがある。次々と賊を倒し、弱きを助ける。それも政の民だろうが、北の民だろうが、関係なくだ。我々の領地でもお前を勇者として称える者も出てきている」
「それは有難い」
「その褒美として、俺が相手をしてやる」
「それは、嬉しいね」
北斗が先に大斧を振り下ろした。
大剣で受ける。
大地を砕くような衝撃だった。
とんでもなく強い。だけど、負けられない。
押し返して、胴体に向かって渾身の一撃を叩き込む。
それを軽々と斧で跳ね返す。
「なかなかの一撃だ」
凛と蒼航が助けに入ろうとした。
俺の方が劣勢と見たのだろう。
「手助けは不要だ」
「俺は三人でもかまわんが」
「一人で十分」
今度は速さで勝負だ。
大剣を両手に持ち、連続攻撃を仕掛けた。

《朧凛》
凛は劉翔と北斗の戦いに魅了されていた。
まるで剣舞のようだ。
五年の間に彼は物凄く強くなってしまった。

最初に会ったのは従兄弟の曹覇が塩州の反乱を沈めると言う事で戦に同行した時だった。
反乱軍の兵士がバタバタと倒されていく。
劉翔が倒していたわけではなく、妹の飛音が倒していた。
衝撃だった。無駄のない動き、美しさ、雷のような激しい攻撃。
武の天才だと思った。
それに引き換え、劉翔の方は妹の影に隠れて震えているだけだった。
曹覇は飛音に部下になるように迫り、飛音は兄の安全を確保する事を条件に了承した。
数ヶ月後、劉翔だけが北の治安を取り戻すまで賊を討ち果たすように命じられた。
凛は曹覇から劉翔を二年守り、その後は機会を見て殺すように指示された。
最初は本当に弱く、人も殺せず、戦の度に泣き、尿を漏らし最悪だった。
二年も守るなんてうんざりと思っていた。
だが、一年ぐらい経過した頃だろうか。戦の最中に行方不明になってしまった。
逃げたと思った。
曹覇にその事を伝えた。
凛はこれで帰れると思ったが、意外な回答があった。
後一年は留まれと言う事と劉翔を探す必要は無く、もし、見つけた場合は殺せと言うことだった。
一年後、ふらっと戻ってきた。
全身が傷だらけだったが、筋肉が付き、精悍になっていた。
劉翔は王という盗賊を討つ為に出陣すると言い、千騎を連れて戦にでた。
凛は勝手な事を言っていると思ったが、殺すには良い機会と思い賛成した。
しかし、劉翔は凄まじい怒りで大剣を振るい、賊を皆殺しにしてしまった。
その後も劉翔は強くなる為に自らを追い込み鍛え上げてきた。
彼に何があったか誰も知らない。

目の前で史上最強と言われる北斗と互角の戦いを展開している。
凛の隣に蒼航がやって来る。
「劉兄、凄すぎるなあ」
「そうだな」
「劉兄は死にもの狂いで戦い続けてる」
「最初はどうしょうもなく、弱かったのに」
「でも、優しかったな」
「私、殺せるかな」
「もう、やめようか」
「曹覇が許さない」
「大丈夫さ」
何故だろう。目から涙が溢れてくる。
一時間ぐらい経ったが、決着はつかない。
日が暮れ始め、星が輝き始めた。
一人の兵士がやってきた。
「残党の処理が終わりました」
北斗は大剣を弾き、劉翔と距離をとった。
「劉翔、残念だが、ここまでだ。久しぶりに楽しかったぞ。また、会おう」
「俺はまだまだ強くなるぞ」
「まあ、頑張れ」
北斗はそう言い残して去っていた。
蒼航が劉翔を明るい笑顔で迎える。
「劉兄、お疲れ」
「北斗は手加減をしてくれていた。凛にカッコいいところを見せようと思ったけど、駄目だった」
凛がニコリと笑う。
「十分です。これで劉翔様の名が一気に広まります。北斗と互角に戦った男として」
「う~ん、飛音にも俺の名は届くかな」
「もちろんですが、その前に家に帰りましょう」
「そうだな。帰ろう」
夜空に北斗七星が輝いている。

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