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第四章 闇の谷
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エレンがクムと薬草を採ってきてから、十日がたとうとしていた。
二人は、地下の書庫から薬草に関係する本を探し集め、食事も忘れて読みふけった。
集めてきた薬草から薬を作るには、葉を乾燥させ、煎じ、それを患者に飲ませれば良いらしい。そして、「煎じる」というのは、乾燥させた葉を熱いお湯で煮て、その汁をこせば良いことも分かった。
「お母様のお茶と同じね」
母は、午後、お茶を楽しんでいた。ポットに何かの葉を入れて、しばらく置き、カップに注いで優雅に飲んでいた。今まで、エレンは、母の「お茶」を気にしたことがなかった。
いや、お茶だけではない、エレンは母が何をしているか気にしたことは一度もなかった。エレンの目には、母はただ優しいだけで何も自分の考えがない女性にしか見えていなかった。
気がついてみると、少し、不思議だった。母はどこで、お茶を知ったのか。母以外の人がお茶をするのを見た事がなかった。
母がポットに入れている茶色い葉はどうやって手に入れたのか。考えれば不思議なのだが、今は、ともかく薬が先だった。
本には、日の光を避け、風通しの良い場所で乾燥させる、と書かれていた。光を避けると言っても、神の樹の時代に太陽の光は地上まで届いていなかった。いつもぼんやりとした明るさしかない。
エレンは窓際の風が入る場所に草を並べ、ただ待った。「乾燥」というのが、どんな状態なのか分からなかった。本には、その「乾燥」させた薬草の姿は描かれていなかった。
十日たち、濃い緑色の葉から水分が抜け、茶褐色の干からびた状態になった。
「もう良いかしら」
エレンは、カラカラに乾いた葉を見つめながらクムに言ったが、クムも分かりようがなかった。
これ以上待っても、もう葉は変わらなそうだ。
「やりましょう」
エレンは言った。煎じて薬を作るのだ。
エレンは、お湯を沸かした。そして、母親がお茶をいれるように、ポットの中に乾燥させた草を入れた。葉を入れたお湯はしばらくすると、茶褐色に変わっていった。
「これで良いのかしら」
エレンがクムの顔をみた。
「そう……ですね」
クムは濃い茶褐色の液体を見つめた。いくら見つめても、この液体が求めている薬かどうか、分かりようがなかった。
「本に書かれた通りに、作ったはずですけど……」
「そうよね……」
エレンが、褐色の液体をコップに入れ、匂いをかいだ。
甘い匂いではない。初めて嗅ぐ匂いだった。良いとは言えないが、思わず遠ざけたくなるような匂いでもなかった。
エレンが、コップを口に運び、一口飲んだ。
「えっ」
クムがびっくりして声をだした。
「お嬢様、お嬢様、そんな」
エレンが顔をしかめた。顔がゆがんでいく。胸を押さえ、苦しそうな表情になった。
「お嬢様、だいじょうぶですか」
エレンは、体をくの字に曲げ、今、口にした褐色の水を目の前の桶に吐き出した。
「お嬢様、すぐに、誰か呼んできます!」
クムが驚いて叫ぶように言い、部屋から駆けだして行こうとした。
「クム、クム」
エレンがクムを止めた。
「私は、だいじょうぶ。ちょっと、苦くてびっくりしただけ。何でもないわ」
「お嬢様……」
クムの目から大粒の涙が流れてきた。クムは涙を拭きながら、
「もう、二度とこんなことはしないでください。私が飲みますから、私が、私が……もしも、お嬢様になにかあったら、そう思っただけで、息ができなくなりそうです。お願いですから、もう、本当に、二度とこんなことは……」
クムは泣きじゃくりながら言った。
「分かった。分かったわ。クム。ごめんなさい。今度から気をつけるから」
エレンはクムの肩に手を置いて言った。
これでは苦すぎる。誰も飲めそうにない。 エレンは、水を足してみた。煎じた水は茶褐色から淡い透明な琥珀色に変わった。
「どうかしら……」
エレンはつぶやいた。
色は美しかった。良さそうだ。上手くいったのではないか。しかし、確信はない。誰も薬を見た事がないのだ。
「私が……」
と言って、クムがコップにとり、一口飲んだ。
「どう?」
エレンがたずねた。
クムは、味を確かめるように、ゆっくり飲み込み、お腹の辺りを手でさすった。
「だいじょうぶそうです。お腹は痛くなりません」
「病気は治るかしら?」
エレンが言うと、
「どうでしょう。私は熱がないので……」
とクムは答えた。
「そうね」
エレンは小さく首を振った。
熱が下がって、病気が治るかどうか、健康な人間が飲んでも分かるはずがなかった。
「でも、何だか気分がすっきりしたような……」
クムが言った。
「そう、それじゃ、これを持っていきましょう。病気の人に飲んでもらって、熱が下がるかどうか、確かめましょう」
エレンは、そう言うと、琥珀色の薬水が入ったポットを手にした。
二人は、地下の書庫から薬草に関係する本を探し集め、食事も忘れて読みふけった。
集めてきた薬草から薬を作るには、葉を乾燥させ、煎じ、それを患者に飲ませれば良いらしい。そして、「煎じる」というのは、乾燥させた葉を熱いお湯で煮て、その汁をこせば良いことも分かった。
「お母様のお茶と同じね」
母は、午後、お茶を楽しんでいた。ポットに何かの葉を入れて、しばらく置き、カップに注いで優雅に飲んでいた。今まで、エレンは、母の「お茶」を気にしたことがなかった。
いや、お茶だけではない、エレンは母が何をしているか気にしたことは一度もなかった。エレンの目には、母はただ優しいだけで何も自分の考えがない女性にしか見えていなかった。
気がついてみると、少し、不思議だった。母はどこで、お茶を知ったのか。母以外の人がお茶をするのを見た事がなかった。
母がポットに入れている茶色い葉はどうやって手に入れたのか。考えれば不思議なのだが、今は、ともかく薬が先だった。
本には、日の光を避け、風通しの良い場所で乾燥させる、と書かれていた。光を避けると言っても、神の樹の時代に太陽の光は地上まで届いていなかった。いつもぼんやりとした明るさしかない。
エレンは窓際の風が入る場所に草を並べ、ただ待った。「乾燥」というのが、どんな状態なのか分からなかった。本には、その「乾燥」させた薬草の姿は描かれていなかった。
十日たち、濃い緑色の葉から水分が抜け、茶褐色の干からびた状態になった。
「もう良いかしら」
エレンは、カラカラに乾いた葉を見つめながらクムに言ったが、クムも分かりようがなかった。
これ以上待っても、もう葉は変わらなそうだ。
「やりましょう」
エレンは言った。煎じて薬を作るのだ。
エレンは、お湯を沸かした。そして、母親がお茶をいれるように、ポットの中に乾燥させた草を入れた。葉を入れたお湯はしばらくすると、茶褐色に変わっていった。
「これで良いのかしら」
エレンがクムの顔をみた。
「そう……ですね」
クムは濃い茶褐色の液体を見つめた。いくら見つめても、この液体が求めている薬かどうか、分かりようがなかった。
「本に書かれた通りに、作ったはずですけど……」
「そうよね……」
エレンが、褐色の液体をコップに入れ、匂いをかいだ。
甘い匂いではない。初めて嗅ぐ匂いだった。良いとは言えないが、思わず遠ざけたくなるような匂いでもなかった。
エレンが、コップを口に運び、一口飲んだ。
「えっ」
クムがびっくりして声をだした。
「お嬢様、お嬢様、そんな」
エレンが顔をしかめた。顔がゆがんでいく。胸を押さえ、苦しそうな表情になった。
「お嬢様、だいじょうぶですか」
エレンは、体をくの字に曲げ、今、口にした褐色の水を目の前の桶に吐き出した。
「お嬢様、すぐに、誰か呼んできます!」
クムが驚いて叫ぶように言い、部屋から駆けだして行こうとした。
「クム、クム」
エレンがクムを止めた。
「私は、だいじょうぶ。ちょっと、苦くてびっくりしただけ。何でもないわ」
「お嬢様……」
クムの目から大粒の涙が流れてきた。クムは涙を拭きながら、
「もう、二度とこんなことはしないでください。私が飲みますから、私が、私が……もしも、お嬢様になにかあったら、そう思っただけで、息ができなくなりそうです。お願いですから、もう、本当に、二度とこんなことは……」
クムは泣きじゃくりながら言った。
「分かった。分かったわ。クム。ごめんなさい。今度から気をつけるから」
エレンはクムの肩に手を置いて言った。
これでは苦すぎる。誰も飲めそうにない。 エレンは、水を足してみた。煎じた水は茶褐色から淡い透明な琥珀色に変わった。
「どうかしら……」
エレンはつぶやいた。
色は美しかった。良さそうだ。上手くいったのではないか。しかし、確信はない。誰も薬を見た事がないのだ。
「私が……」
と言って、クムがコップにとり、一口飲んだ。
「どう?」
エレンがたずねた。
クムは、味を確かめるように、ゆっくり飲み込み、お腹の辺りを手でさすった。
「だいじょうぶそうです。お腹は痛くなりません」
「病気は治るかしら?」
エレンが言うと、
「どうでしょう。私は熱がないので……」
とクムは答えた。
「そうね」
エレンは小さく首を振った。
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「でも、何だか気分がすっきりしたような……」
クムが言った。
「そう、それじゃ、これを持っていきましょう。病気の人に飲んでもらって、熱が下がるかどうか、確かめましょう」
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