荒れ地に花を

グタネコ

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第八章  花

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 小野はミイラ化して死んでいた。四件のミイラと同じだった。
 川合は命だけは助かったが、右手は肩から先が完全に干からび切除する以外方法はなかった。
 ギタヒが警察の事情聴取を受け、植物園で聞いた、小野と川合の会話の内容を話した。
 川合は気力をなくしたのか、救急病院のベッドの上で、麻生圭子を殺害した状況を全て明らかにした。
「どうするかな」
 佐竹は上にどう伝えたらいいか考えた。
 麻生圭子の自殺が、川合ら四人による殺人だったことは、本人の自供などから、すっきり解決した。管轄は違うが、これほど自供がはっきりしていれば、問題にはならないだろう。
 問題はミイラだった。高橋、小尾、山口、丸山、そして小野、五人がミイラになった理由を上にはどう説明すれば良いのか。
 麻生圭子が遺伝子組換えで作り出した新種の植物が、彼女の恨みをはらすために、殺害に関与した人間を襲った。
 佐竹は、これで間違いないと信じていたが、こんなことを書いても、誰も信じないだろう。
 刑事課長の杉本も、署長の長谷川も冗談が通じない堅物だ。
「おい、大丈夫か、病院に行って調べてもらってこい」と言われそうだ。
「おい」
 佐竹は鈴木を呼んだ。
「報告書はお前が書け」
「ええ? 何でですか、佐竹さんが書いて下さいよ」
「練習だよ、練習。ブツブツ言ってないで、さっさと書いて、課長に提出してこいよ」
「嫌ですよ」
「書けよ」
「嫌です。それじゃ、じゃんけんでどうです。三回勝負で」
 結局、佐竹は鈴木と二人で、課長の席に行き、口頭でミイラ事件の顛末を報告した。
 遺体が短時間でミイラ化した理由について、佐竹は、「よく分かりません」と言うつもりだったのが、鈴木が麻生圭子の植物が恨みで人を襲ったとか、和泉という研究者が言うには、何か特別なフェロモンが関係していて、襲う相手を決めているとか、身振りを交えながら話しだした。
 課長は、
「分かった、分かった」と、鈴木の熱弁を途中で遮り、佐竹の顔を見て、「まあ、病死だな」と言った。
 川合は全てを自供した後、深夜、誰にも看取られずに死んだ。ミイラではなかった。正真正銘、心臓マヒだった。水分を吸い取られ、心臓が弱ったせいだった。
 これで、麻生圭子の研究データを盗もうとした人間は全て死んでしまった。
 警察の仕事は取りあえず、終わりだった。
 佐竹が圭子の死の真相を亮子に説明した。 亮子は、
「分かりました。ありがとうございました」
 と目に涙を溜めながら、頭を下げた。
 残った問題は、小野や川合が探していた圭子の研究データだった。
 残されていた葉の遺伝子解析により、遺伝子組換えの、おおよその見当はついたのだが、詳細については、分からない点が多かった。
 ともかく、今のままでは、残った葉から圭子の作った「花」を再生できたとしても、いつ人を襲い出すか分からない。
 ギタヒが言ったように、砂漠化を防ぎ、大地を緑に変える奇跡の植物だったとしても、このままでは、試験栽培もできない。
「研究室にも聞いてみたんですが。パソコンに入っていた圭子さんのデータは全て、消してしまったらしくて、残ってないんです」
「そうなんですか」
「ひどい話ですよ」
 データの消去は、教授の片山の指示だった。表向きは、パソコンは大学の所有物なので、他の人が使うために、データを消去するということだったのだが、本音は、自分の研究室で自殺するような者のデータは消してしまえという事だったようだ。
「お姉さんから、何か渡された物とかないですか。預かっている物とか」
 和泉が圭子のマンションで、残っていたファイルを調べながら、亮子に尋ねた。
「本当に隠したのなら、誰かに預けているんじゃないかと。誰にも言わずに変な所に隠して、もし自分がいなくなったら、永久に発見されないかもしれませんからね」
「考えてみましたけど、特に何も……」
「そうですか……」
 和泉は机の上のファイルや、机の引き出し、本棚などを調べたが、圭子の研究資料は見つからなかった。パソコンに保存されたファイルも調べてみたが、やはり何も手がかりはなかった。
「私の部屋にも、少しは……」と亮子が言った。段ボール箱に詰めて送られてきた圭子の私物のことだった。小野が忍び込んで調べようとした物だ。
「ええ、それじゃ、見せてもらいます」
 ダメだろう、と和泉は思った。小野が必死で調べても何も出て来なかったのだ。
 だいたい、大切な物なら、研究室に残しておくとは考えられなかった。 
 和泉は亮子のアパートに行き、段ボール箱の中身を調べた。一つ一つ、とりだしてみたが、やはり研究データは見つからなかった。
「フー」
 和泉は珍しく、大きなため息をついた。データが一体、どこにあるのか、見当もつかなかった。
「どうぞ」
 亮子がコーヒーを入れた。
「すいません」
「お砂糖は?」
「えーと、二つ」
「二つ?」
「あの……三つで」
 亮子は、微笑みながら、和泉のカップに角砂糖を三つ入れた。和泉は、雰囲気に似ず、大の甘党だった。
「ありがとうございます」
 和泉は、砂糖をスプーンでかき混ぜて溶かし、甘くなったコーヒーをうまそうに飲んだ。
 亮子は、もう何も見つからなくても良いような気持ちになっていた。
「あの……」
 亮子は、自分のコーヒーにミルクを注ぎながら言った。
「何ですか?」
「もう、見つからなくても……」
「えっ?」
「姉の研究ですけど、もう、いいんじゃないかなって……」
「どうしてですか?」
 小野が尋ねた。意外な言葉だった。
 亮子は、コーヒーを見つめ、
「小野さんをミイラにしたのは、姉の花なんですよね」
 と言った。
「ええ……まだ、はっきりとは」
「いいんです。分かってますから。はっきりおっしゃってもらって」
「ええ……まあ……多分、そうですね。植物園で見た、あの花が麻生さんの花に間違いない出しょうね」
「だとしたら、データが見つかっても、また、恐ろしいことが起こるかもしれませんから……」
 和泉には答える言葉がなかった。
 悲劇への道は善意のレンガで敷き詰められている。原爆を開発した科学者は、まさか、大量虐殺をしたかったわけではないだろう。
 確かに、麻生圭子の研究は、希望にも悲劇にもなりうる可能性があった。農地の砂漠化を食い止める奇跡の花かもしれないし、全てを吸い尽くす悪魔の花になってしまうかもしれない。
 亮子が言うように、表に出さずに、このまま静かに眠らせて置く方がいいのかもしれなかった。
 しかし、と和泉は思った。ニール・ギタヒの真剣な目が和泉を見つめているような気がした。
 彼は、あれが、麻生圭子の花が、最後の希望だと思っている。故郷に広がる、赤茶けた荒れ地を緑に変えてくれる唯一の花だと信じていた。
 彼女にしても、自分の研究が永遠の眠りにつくことを望んではいないだろう。
「駿君が亡くなってから、姉は、少しおかしくて、何だか死に急いでいるような感じで……」
 亮子が言った。
「死に急いで?」
「ええ、貯金通帳が引き出しに入っているとか、銀行のパスワードが日記に書いてあるとか、おかしなことばかり、一生懸命、私に説明して……」
「日記? 日記があるんですか?」
 日記という言葉が引っ掛かった。
「えっ、ええ」
 姉の日記……。
 職場復帰に空き巣騒動、他にもいろいろな事があって、亮子は、姉の日記の事をすっかり忘れていた。
「どこにあるんですか? ちょと、見せていただいていいですか」
「え、ええ」
 どこに置いただろう。亮子は、思い出してみた。
 姉のマンションを片付けに行き、机の引き出しで日記を見つけた。後で読もうと思い、バッグに入れて、部屋に帰った。
 そして……バッグから……自分の机の。
 亮子は机に行き、一番下の引き出しを開けた。
「ありました」
 亮子は、姉の日記を取りだし、和泉に見せた。
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