95 / 103
十二歳編
王都編――誘拐未遂事件②
しおりを挟む
衛兵が駆けつけてくるのを見越したゼスは、馬車を呼ぶ。
アリスを抱いたゼスと共に馬車へ乗るのはガント、ラーシュだ。
フィンには御者を、クレイには屋根の上に乗せた賊を見張っている。
二〇分かけブリジット公爵の屋敷へ戻ったゼスは、直ぐにジェイクの部屋を訪れた。
抱いたままのアリスをソファーに寝かせる。
アリスの側には、着飾ったフェルティナが付き添った。
ゼスの報告を聞きながら庭先を見たジェイクは、ある一点を睨むかのように目を眇める。
その視線の先には、怪しいと言うほかない王妃の姿が――。
「……と、いう事でアリスは無事でしたが、表に出さない方がいいかもしれません」
「わかった。精霊様が居て下さって良かった。心からの感謝を」
姿が見えない三人の精霊に向かいジェイクは頭を下げる。
返事は無いが、きっとアリスの側にいるだろう。
「こちらでも、王妃について色々と分かった事がある。だが、その前に……彼の事情を聞こうか?」
「はい」
鋭い目を向けられたガントは、怯えたように肩を震わせた。
それに構わず、ゼスはガントに歩み寄る。
「ガントさん、でしたね。我らに理由を教えて下さい。何故、アリスの誘拐に手を貸したのかを……」
「そ、それは……」
言葉をのみ込んだガントは、頭を振り「ダメだ。僕は、何も、何も話せない!」と涙ながらに訴える。
ガントの様子を見てとったアンジェシカは、ジェイクの側近くにより何事かを耳打ちした。
落胆したかのように「仕方ない……か」と呟いたジェイクが、鞘から抜き身の剣を抜く。
一歩、二歩と歩み寄るジェイクにガントが怯え、何度も「ごめんなさい。すみません」と謝るもその足は止まらない。
ガントは震えながら後退り、追い詰められたところで両手で頭を守るようバツ印を作った。
そして――
ジェイクの剣が振り抜かれる。
キィーンと言う音を立て、ガントの手首にはめられていたブレスレットが無残に斬り落とされた。
そのままジェイクは、ブレスレットの中心部にある魔石を砕く。
自分の手首を眺め、尻餅をついた状態で呆然としているガントにジェイクはふっと表情を和らげる。
「ガント殿。これで、話して貰えるかな?」
「え、あ……はうぅ」
「あなた……せめて説明してからになさった方が……」
「盗聴魔法が仕掛けられた魔道具をつけられているんだ。説明したところで相手に筒抜けになるだけだ」
「まったく、あなたってば……」
アンジェシカと会話を終えたジェイクは改めて、ガントへ顔を向けると「話してくれ」と問いかけた。
それに頷いたガントは、ぽつり、ぽつりと事情を話し始める。
クレイの睨んだ通り、ガントは三日前の晩から義理の両親を人質に取られていた。
相手はわからず、家の中には物が散乱していたと言う。
ガントは必死に両親を探した。だが、その痕跡すら残っておらず、途方に暮れて家に戻ったガントは、残されていた書置きを見つけた。
そこには『ブレスレットを嵌めろ』と『両親を助けたければ、いう事を聞け』『裏切れば、死あるのみ』と書かれいたそうだ。
「なんてことだ……何故、私に、何故私に、相談しなかったんだ。ガント!」
ガントの状況が分かり、ラーシュがガントの肩を掴みその身体をガタガタ揺らす。
「申し訳ありません。会長……」と、泣きながら謝るガントをそれ以上、誰も責めることはできなかった。
二人が落ち着くのを待ち、ジェイクは再び問いかける。
「では、指示はいつ受けたんだ?」
「皆さんがいらっしゃる少し前です。近くの子が、僕あてだと手紙を持ってきて……」
ガントはポケットから、くしゃくしゃになった紙を出す。
それをジェイクに渡した。
ジェイクは、ちらりと内容を確かめそののままゼスへ。
受け取った紙を何度か撫でたゼスは、この紙が貴族が使う上質な紙だと気づく。
書かれていたのは、アリスの特徴を書いた絵と『裏の洋裁店へ』と言う言葉だけ。
他に指示は無い。
「ひとまず、彼の両親の事はガルーシドに任せよう」
「あ、いたいた! 父さん、こいつどーすんの?」
「そう言えば、捕らえていたな」
タイミングを呼んだかのようにクレイが扉を開け、フィンが賊の一人を俵担ぎで連れてくる。
気遣うことなくどさりと降ろされた賊は、意識を取り戻していた。
賊には、全身を拘束する縄と自殺防止のため猿ぐつわを嵌められている。
死ぬこともできないまま、敵の眼前に晒された賊はキッとジェイクたちを睨みつける。
「さて、一応聞こうか」
そう言うとジェイクは賊に歩み寄り、耳元である名前を二つ呟いた。
一瞬だけ賊の目が、見開く。
それを見逃さなかったジェイクは、ニヤリと口角をあげる。
「やはりそうか……インシェスに手を出す愚か者どもが、その野心根絶やしにしてくれよう!」
「父さん、どっちに動きますか?」
「伯爵だ。今回の件、糸を引いたのはボリス伯爵」
未だ茶会が開かれているこの場にアリスを残していくのは不安だが、今動かねば逃げられる恐れがあるとジェイクは決断を下す。
「クレイ、フィルティーアに伝言を! フィン、お前はガルーシドに伝言を頼む。アンジェシカは、フィルティーアと共にアリスを頼む」
「えぇ、わかりましたわ」
「えー! 俺かよー」
「分かったよ。おじいちゃん」
ブスくれるクレイの頭にポンと手を乗せたジェイクは「急げ」と二人を促す。
二人が出ていくと同時に、アリスの方を振り向いたジェイクは精霊にだけ聞こえるよう小さな声で『頼みます』と頼んだ。
姿を見せない精霊たちは『任せて!』と言う様に、ふわりとジェイクの頬に、髪に、腕に触れる。
それを感じ取ったジェイクは、再び顔をあげるとゼスを伴い部屋を後にした。
勿論、賊の処理の指示も忘れずに――。
アリスを抱いたゼスと共に馬車へ乗るのはガント、ラーシュだ。
フィンには御者を、クレイには屋根の上に乗せた賊を見張っている。
二〇分かけブリジット公爵の屋敷へ戻ったゼスは、直ぐにジェイクの部屋を訪れた。
抱いたままのアリスをソファーに寝かせる。
アリスの側には、着飾ったフェルティナが付き添った。
ゼスの報告を聞きながら庭先を見たジェイクは、ある一点を睨むかのように目を眇める。
その視線の先には、怪しいと言うほかない王妃の姿が――。
「……と、いう事でアリスは無事でしたが、表に出さない方がいいかもしれません」
「わかった。精霊様が居て下さって良かった。心からの感謝を」
姿が見えない三人の精霊に向かいジェイクは頭を下げる。
返事は無いが、きっとアリスの側にいるだろう。
「こちらでも、王妃について色々と分かった事がある。だが、その前に……彼の事情を聞こうか?」
「はい」
鋭い目を向けられたガントは、怯えたように肩を震わせた。
それに構わず、ゼスはガントに歩み寄る。
「ガントさん、でしたね。我らに理由を教えて下さい。何故、アリスの誘拐に手を貸したのかを……」
「そ、それは……」
言葉をのみ込んだガントは、頭を振り「ダメだ。僕は、何も、何も話せない!」と涙ながらに訴える。
ガントの様子を見てとったアンジェシカは、ジェイクの側近くにより何事かを耳打ちした。
落胆したかのように「仕方ない……か」と呟いたジェイクが、鞘から抜き身の剣を抜く。
一歩、二歩と歩み寄るジェイクにガントが怯え、何度も「ごめんなさい。すみません」と謝るもその足は止まらない。
ガントは震えながら後退り、追い詰められたところで両手で頭を守るようバツ印を作った。
そして――
ジェイクの剣が振り抜かれる。
キィーンと言う音を立て、ガントの手首にはめられていたブレスレットが無残に斬り落とされた。
そのままジェイクは、ブレスレットの中心部にある魔石を砕く。
自分の手首を眺め、尻餅をついた状態で呆然としているガントにジェイクはふっと表情を和らげる。
「ガント殿。これで、話して貰えるかな?」
「え、あ……はうぅ」
「あなた……せめて説明してからになさった方が……」
「盗聴魔法が仕掛けられた魔道具をつけられているんだ。説明したところで相手に筒抜けになるだけだ」
「まったく、あなたってば……」
アンジェシカと会話を終えたジェイクは改めて、ガントへ顔を向けると「話してくれ」と問いかけた。
それに頷いたガントは、ぽつり、ぽつりと事情を話し始める。
クレイの睨んだ通り、ガントは三日前の晩から義理の両親を人質に取られていた。
相手はわからず、家の中には物が散乱していたと言う。
ガントは必死に両親を探した。だが、その痕跡すら残っておらず、途方に暮れて家に戻ったガントは、残されていた書置きを見つけた。
そこには『ブレスレットを嵌めろ』と『両親を助けたければ、いう事を聞け』『裏切れば、死あるのみ』と書かれいたそうだ。
「なんてことだ……何故、私に、何故私に、相談しなかったんだ。ガント!」
ガントの状況が分かり、ラーシュがガントの肩を掴みその身体をガタガタ揺らす。
「申し訳ありません。会長……」と、泣きながら謝るガントをそれ以上、誰も責めることはできなかった。
二人が落ち着くのを待ち、ジェイクは再び問いかける。
「では、指示はいつ受けたんだ?」
「皆さんがいらっしゃる少し前です。近くの子が、僕あてだと手紙を持ってきて……」
ガントはポケットから、くしゃくしゃになった紙を出す。
それをジェイクに渡した。
ジェイクは、ちらりと内容を確かめそののままゼスへ。
受け取った紙を何度か撫でたゼスは、この紙が貴族が使う上質な紙だと気づく。
書かれていたのは、アリスの特徴を書いた絵と『裏の洋裁店へ』と言う言葉だけ。
他に指示は無い。
「ひとまず、彼の両親の事はガルーシドに任せよう」
「あ、いたいた! 父さん、こいつどーすんの?」
「そう言えば、捕らえていたな」
タイミングを呼んだかのようにクレイが扉を開け、フィンが賊の一人を俵担ぎで連れてくる。
気遣うことなくどさりと降ろされた賊は、意識を取り戻していた。
賊には、全身を拘束する縄と自殺防止のため猿ぐつわを嵌められている。
死ぬこともできないまま、敵の眼前に晒された賊はキッとジェイクたちを睨みつける。
「さて、一応聞こうか」
そう言うとジェイクは賊に歩み寄り、耳元である名前を二つ呟いた。
一瞬だけ賊の目が、見開く。
それを見逃さなかったジェイクは、ニヤリと口角をあげる。
「やはりそうか……インシェスに手を出す愚か者どもが、その野心根絶やしにしてくれよう!」
「父さん、どっちに動きますか?」
「伯爵だ。今回の件、糸を引いたのはボリス伯爵」
未だ茶会が開かれているこの場にアリスを残していくのは不安だが、今動かねば逃げられる恐れがあるとジェイクは決断を下す。
「クレイ、フィルティーアに伝言を! フィン、お前はガルーシドに伝言を頼む。アンジェシカは、フィルティーアと共にアリスを頼む」
「えぇ、わかりましたわ」
「えー! 俺かよー」
「分かったよ。おじいちゃん」
ブスくれるクレイの頭にポンと手を乗せたジェイクは「急げ」と二人を促す。
二人が出ていくと同時に、アリスの方を振り向いたジェイクは精霊にだけ聞こえるよう小さな声で『頼みます』と頼んだ。
姿を見せない精霊たちは『任せて!』と言う様に、ふわりとジェイクの頬に、髪に、腕に触れる。
それを感じ取ったジェイクは、再び顔をあげるとゼスを伴い部屋を後にした。
勿論、賊の処理の指示も忘れずに――。
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
瞬間移動がやりたくて〜魔導書編〜
ストレットフィールド
ファンタジー
異世界に転生したが、神や女神なんて者はいなかった。ただ、前世の記憶があるだけ… そんな現代知識も何も活用できない、不自由な世界で一般兵士として徴兵された主人公は戦場に立つ。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる