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十二歳編

王都編――救援要請④

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 井戸の底に降りたアリスは骸骨を見ないようにしながら、ユーランの呼びかけに従って彼が浮かぶ方へ視線を向ける。
 岩を積み重ねて作られたらしい場所――アリスの頭より二〇センチほど上の場所に、何かが彫られ石がついていた。
 
「パパ、灯りをこっちに」

 頷いたゼスが、アリスの方へ灯りを移動させる。
 丁度アリスの視線が当たる場所には、何か文字が刻まれていた。

 えっと……『ここを通る者たちへ 起動させるには、贄を捧げよ』か。
 贄って何? まさか……誰かが死なないとダメってこと?!

 読めてしまった文字にアリスは恐怖を覚え、数歩後ずさりする。

「アリス、どうした?」 
「え、あ、ううん。何でもない」
『アリス、早く進もう!!』
『ユーラン、でも、でもね……』

 頭が混乱したアリスは、ユーランに答えることができず口ごもる。
 ——次の瞬間、徐に魔法陣に手を当てたゼスが、ふぅーと息を吐き魔力込めた。

「パパ!!」
「父さん! 大丈夫なのかよ?」
「問題ないよ、アリス。心配させたね」
「本当に?」
「あぁ、ダンジョンじゃないからね。この手の古い魔法陣は、大仰に贄なんて書いてあるけど基本的に贄と言うのは魔力のことなんだ」
「ならいいけど……」
「心配するじゃないか!!」
「それは悪かったね。クレイ」

 ゼスは父親らしくにこやかな顔で、クレイとアリスの頭を順番に撫でた。

 無事でよかったとアリスがホッと息を吐く間、魔法陣の周りに刻まれた八つの魔石に時計回りで青い光が灯っていく。
 すべての魔石に灯りがつくと、今度は流れ出るように魔法陣の溝へ青い光が走っていった。
 中央の星が完成すると同時に、ゴゴゴと言う音を立て魔法陣の横の岩が横へ。

「ふむ、罠は無いようだな。さて、行くか」
「じいちゃん、俺、前行きたい!」
「……罠察知には、いい具合に向いてるか。よし、ではクレイ先頭を行ってみろ」
「やったぜ!」
「クレイ、くれぐれも気をつけろ?」
「分かってるってフィン兄」

 ニヤッと笑ったクレイが、サムズアップして前へ移動する。
 クレイの横にジェイクがピタリと張り付き、最後尾はゼスに変わった。
 
 坑道のような道には、緑に光る苔がついており灯りが要らないほど明るい。
 その道をユーランが先導しつつ、アリスたちは慎重に進んだ。
 
『アリス、ここを左だよ!』
「クレイにぃ、左だって」
「おう!」

 何の警戒もなく左へ行こうとするクレイの首根っこを、ジェイクが掴み「こら、探査!」と叱る。
「ごめん!」と謝ったクレイは、弓を構えると矢じりがついていない矢を数本飛ばした。
 耳を澄ますクレイは、しばらくしてカラン、カランと矢が落ちる音を確認する。
 そして、ジェイクへ向き直り頷いた。

「いいだろう。進もう」
「うん。わかった」
「ねぇ、フィンにぃ」
「うん?」
「今のは、何?」

 歩きながら聞いたフィンの説明によれば、罠が在りそうな怪しい箇所に矢を飛ばしてることで罠が起動したりしないかを確認するための行為だと言う。
 そう言えばこの世界ってダンジョンあるしねと、アリスは納得する。
 ダンジョンの中には、罠ダンジョンと呼ばれるものもあるとルールシュカが言っていたし、安全確認のための行為だと思えばいい。

『アリス、この先だよ!』
『この先だね』
『うん!』

 はしゃぐユーランに答えたアリスは、クレイたちに聞こえるように目的地がこの先だと伝える。
 と、その時――

「アリス、下がって!」
「じいちゃん、お客さんだぜ!」

 声を張り上げたフィンに抱えられ、アリスは壁際に押し付けられた。
 一体何がと思うより早く、アリス以外の四人が臨戦態勢になる。

「アリス、このまま動かないでね。守ってあげるから」
 
 頷いたアリスの耳にもチュウ、チュウとネズミの鳴き声が遠くから、近づいてくるのがわかった。
 魔獣が出た! と、アリスは理解する。

 聞いてないよ、ユーラン!! 魔獣がいるなんて、聞いてない!!
 うっ、匂いがヤバイ。
 
 腐った生ごみ、下水に近い匂いがネズミが近づくほどに強くなり、アリスは鼻をつまむ。

 そうして、フィンの背中から覗き見た通路に、体長一メートルほどの巨大なネズミが姿を見せた。
 ゴワゴワしてそうな毛は針金のように尖り、尻尾の先には矢じりのように三角になった突起がある。
 赤く光った眼は、異様で見た目も全く可愛くない。

 あれが、魔獣なんだね。
 ……名前は……サギッタラットか。
 アレって剣通るのかな?

 初めての魔獣を前にしてアリスは、冒険者ランクで言えばDランクの魔物であるにもかかわらず、大切な人達が傷つかないか不安になった。
 
 後ろからネズミが迫っているのに、ネズミから噛みつかれたゼスの周囲のネズミを牽制するのに必死でクレイは気づいていない。
 アリスはクレイが危ない事を察知して、ジェイクが動けないかとジェイクを探した。
 が、ジェイクはジェイクで十数匹ネズミに囲まれており、動けないどころかこちらの方が危ないことに気付く。
 
「あ、クレイにぃ後ろ!! パパがネズミに食べられてるよ!! 大丈夫なの? お、おじいちゃん囲まれてるよ。皆が食べられちゃう! フィンにぃ、助けてあげて、ね! お願い!!」
「アリス、落ち着いて。あの程度なら何の問題もないから」
「でも、でもでも、皆がケガしたら嫌だよ」

 焦りから涙声でフィンに助けを求めたアリスを、フィンが宥める。
 だが、アリスの耳にフィンの声は届いていない。
 それに気づいたフィンは、大きく息を吐き「皆、アリスが泣いてるよ!」と怒気の籠った声をあげた。

 ピタッと全員がアリスを見る。
 そして――瞬く間に終わった。

 ゼスが魔法を発動し、土の魔法で太い槍を作るとネズミを串刺しに。
 ジェイクは、囲んでいたネズミの首と胴を切り離し。
 クレイは、凄い速度で矢をつがえては放っていく。

 倒すべき魔獣が居なくなり、三人がばつの悪そうな顔で戻ってくる。

「すまんな。アリス……じいちゃん良いとこ見せたかったんだ」
 眉間をポリポリ掻きながら、ジェイクが謝る。

「ごめんね、アリス。泣かせるつもりは無かったんだけど……。ちょっと実験したくて……その」
 ゼスは、本音駄々洩れで謝りしょんぼりと項垂れた。

「泣くなよ。ほら、もう全部片付いたろ? な?」

 懲りた様子のないクレイは、魔獣の血がべっとりとついた手でアリスの涙を拭おうとする。
 それをフィンがパシっと弾く。

 濡れた瞳で三人を見上げたアリスは、三人に怪我がないかを見て回り安堵する。
 フィンと言う壁が無くなり、アリスは漸く、周りの惨状――ゴロゴロと転がる首や串刺しのネズミの死骸が目に入った。
 
「イヤァァァァァ!!」
「「「「アリス!!」」」」

 叫び卒倒しかけたアリスを四人は何とか受け止めた――。
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