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十二歳編

王都編――救援要請③

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「あれ? ブリジット騎士団長じゃないですか? こんな所で何を?」

 声を聞いただけでアリスの首筋がチリチリと痛み、嫌な予感に背筋に冷たい汗が流れる。
 嫌な予感が現実になってしまったと、瞬時に察知したアリスはフィンの背後に回り込んだ。

 フィンの背後に隠れたアリスの頭にクレイがフードをかぶせる。
「じっとしてろよ?」と、唇だけで伝えたクレイがフィンと共にアリスの身体を隠す。

 隙間から見える王子は、一〇代後半から二〇代前半。
 高級そうな赤い服に金色の刺繍が際立つ、豪華な衣装をまとっている。
 金髪、赤目。身長は一七五~一八〇。
 細身で、色白、いかにも日の下には出ていませんといった感じだ。

「おや、第二王子殿下、お久しぶりですな。王子殿下こそ、このような場所で何を?」
「いや、私はただ……。そ、そんな事より、そちらの方々は?」

 恭しく騎士の礼をしたガルーシドの問いを焦った様子で逸らした第二王子と呼ばれた人物は、嘘くさい笑顔を浮かべインシェス家の面々へ視線を向けた。

「こちらは私の娘婿の家族です。剣狂、魔狂と言えばお分かりになるでしょう?」
「……なんと、この方々が! そうか、素晴らしい! ぜひお話をお聞かせ――」
「――殿下、どうやらお迎えのようですよ」
「迎え?」

 ガルーシドの視線を辿った第二王子は、顔を引きつらせる。
「す、すまない。急用ができた! また今度で頼む!」と言うと急いで踵を返した。
 王子らしくない王子が、走り去ると、今度はフリルやらリボンやらをたっぷりつけた桃色のドレスを纏ったご令嬢が彼を追って走っていく。

「お待ちになってぇ~、ケーリックさまぁ」

 漸く難が去ったと息を吐いたアリスは、走り去る令嬢の背中を追いながら両手を合わせた。
 心底の感謝を込めて……。

『アリス、アリス!!』

 立ち入り禁止と書かれた立て札の前で急かすユーランの声を聞いたアリスは、ジェイクを見上げる。
 見上げられたジェイクは、ガルーシドと二人何事か話しておりアリスの視線に気づかない。
 アリスの耳に届く声からすると、ガルーシドにここが何のために作られた洞窟なのかなどを聞いているようだ。

「わかった。ガルーシドには悪いが、陛下への説明を頼みたい」
「請け負った」
「ゼス。灯りを」
「分かったよ。父さん」

 ジェイクに呼ばれたゼスが、何事か呟くと小さな光が周囲に灯るように浮かび上がった。
 ゼスと視線を合わせ、ゼスが頷く。
 すると今度は、ガルーシドを見て二人が頷き合う。
 直ぐにガルーシドは、踵を返し城へと戻っていく。
 その背を見送り、アリスを中央においたジェイクたちは中へ進み始めた。

「フィン、アリスは頼むぞ。クレイは殿だ」
「はい。アリス、手を離さないで」
「任せろ!」
「うん。わかった」

 土の匂いが際立つ洞窟には、ゴロゴロと崩れた岩や泥が転がり、木の根がいたるところにあり小さなアリスの身体ではとても歩きにくい。
 更に不気味さを醸し出すように地下水が、ぴっちゃん、ぴっちゃんと音を鳴らし反響していた。
 
「うぅ、怖い! ひぃぃぃ!!」 
「「アリス!!」」

 首筋に冷たい何かが触れ、アリスは叫ぶ。
 すぐさまフィンとクレイがアリスを呼んだ。
 あまりの恐怖に涙を瞳いっぱいに貯めたままアリスはフィンに抱き着いた。

「フィンにぃ!」
「どうした? 大丈夫か?」
『フーマ、見タ。アリス、水、当タル』

 フーマの報告を聞いたアリスは、未だ早鐘を打つ心臓を抑えながら数回深呼吸を繰り返した。

 もう、怖いよ。こう言う所本当に嫌い! お化け出そうだし……。

 必死に嫌な妄想をあら間から追い出したアリスは、落ち着きなく視線を彷徨わせながら、ビクビクと肩を震わせる。
 そんなアリスに「抱き上げて行こうか?」とフィンが一声かけ抱き上げると移動を再開した。

「フィンにぃ、ごめんね……」
「あはは、アリスがこんなに怖がりだって思わなかった」
「もう、笑わなくても――」

 笑わなくてもいいのにと唇を尖らせたアリスの脳裏に、過去の恥ずかしい記憶がよみがえる。
 過去、日本でのことだ。
 あるサスペンス映画のチケットが懸賞で当たった翼は、一人で見に行った。
 映画の上映が始まり、ニ〇分ほど経った頃だ。
 ただ、ハトが飛び立つシーンでその音に驚き、隣の人にそれを見られ爆笑された。

 あの時、本当に恥ずかしかった……。まさか隣の人の肩に当たるとは思わなかったもん。

「父さんが灯りともしてるし、これぐらいなら平気じゃない? ほら、アリスが悲鳴をあげたから父さん、灯り増やしてくれてるし、ね?」
「うぅ……だって、ジメジメしてて、暗くて、お化け出そうで……嫌なんだもん」
「オバケ? それって、魔獣? 聞いたことないなー」
「いや、魔獣じゃな……えっと、レイスとかゾンビとかの仲間?」
「れいす? ぞんび?」 
「ううん、何でもない」

 首を傾げているフィンとの会話を無理やり終わらせたアリスは、この世界にレイスやゾンビがいるかどうかを聞いていなかったことを思い出す。
 そして、今度ルールシュカに会ったら聞いてみようと考えた。

『アリス、この穴を降りるんだよ!』

 うっ、〇子……。なんでこんなところに井戸が……!!
 ユーランに呼ばれ、先を見たアリスはまたも泣きそうな顔になる。
 びっしりと苔がこびりついた井戸は、周囲が薄暗く、切れたロープや壊れかけた木製のバケツのせいで、おどろおどろしい見た目をしていた。
 
「ふむ。ここで道が終わってるな。アリス、この先はどこに行くんだ?」
「……」

 フィンに抱き着いたままアリスは無言で井戸を指す。
 それを見たジェイクが井戸を覗き込み、難しい顔をした。
 同じく覗き込んだゼスも、何事か考え込んでいる。
 フィンに抱かれたまま二人に合流したアリスは、井戸の中を覗き込み「ひっ!」と小さく悲鳴を漏らした。

「井戸の底に遺骸ですか……」
「ここからでは年代まではわからんが、かなり古い物だな。ここは昔の抜け道らしいから、その当時の兵士か何かだろう。それはいいが、どうやって降りるかだ」
『フーマ、手伝ウ。皆、降ロス』
『え?』

 アリスが問い直すより早く、フーマの力でアリスたちの身体が浮かび上がる。
 嫌な予感がアリスの脳裏をかすめるも時すでに遅く。
 
「ちょ、フーマ! フーマ待ってェェェェェ!!」
「ひゃっほ~~~! 最高だぜー!」

 アリスの雄たけびにも似た悲鳴と、クレイの実に楽しそうな声が洞窟内に響いた――。
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