上 下
56 / 103
十二歳編

フェリス王国編――迷子のアリス③

しおりを挟む
 真剣な紫の瞳に見つめられたミリアナは、ふと表情を崩すと何とも言えない顔で笑った。

「そうね……少し、向こうの部屋で話しましょうか」

 子供たちには聞かせられない話なのだろうと思ったアリスは、ミリアナと共に隣の部屋へ移動した。
 四畳半ほどの簡素な部屋には、小さな窓が一つとベットが一つ置かれているだけだ。
 
 ベットに座ったミリアナは隣を叩き、アリスに座るよう促した。
 アリスがベットに座るとミリアナは、優しい口調のまま孤児院について語りだす。

 孤児院を支えているのは、親を亡くした孤児院にいる十二歳~十六歳の子供たちだった。
 彼らは毎日、危険と知りつつダンジョンに潜っているそうだ。
 そのことをミリアナは、とても心苦しく思っている。

 だが、彼らの収入がなければ、孤児院にいる働けない子供たちは食べていけない。
 ミリアナとしては何とかしなければと言う気持ちはあれど、実際どうにもできないのだと言う。

「私にもっと、力があれば……」

 肩を落としたミリアナに、どんな言葉を贈るべきかアリスは悩んだ。
 必死に孤児院を切り盛りするミリアナに、自分が伝えられることってなんだろう? 
 孤児院の子供たちがお腹いっぱい食べられる方法があれば……。
 ぐるぐると考えていたアリスは、ミリアナの手にあるホットドックに目を向ける。

「あ! そうだ。その手があった!」
「アリスちゃん?」

 突然大きな声で、手を打ったアリスにミリアナは驚き目を見開いた。

「ミリアナさん。教えて欲しいことがあります」
「何かしら?」
「カルロの街で、市民が飲食店をやるにはどうしたらいいかです」
「この街で飲食店??」

 頭上にはてなを飛ばすミリアナをアリスは見つめる。
 その時だった。

『アリス~~~』
『アリス。フーマ心配シタ』

 と、聞きなれたユーランとフーマの声が聞こえ、もふっとしたものがアリスの顔を覆った。
 突然のことにアリスは酷く驚くきながら、喜ぶ。

『ごめんね。二人とも心配かけて』
『アリス、アリス、アリス~~』
『アリス居ナイ、フーマ寂シイ』

 うりうりうりうりと二つのモフモフが、アリスの顔面にこすりつけられる。
 息が!! と、苦しさに悶えながらアリスは何度も謝った。
 漸く二人を落ち着かせたアリスは、何とか顔面から離すことに成功する。
 
『ユーラン。お願いがあるの』
『アリス。何?』
『あのね。伝言を伝えて欲しいの』
『わかった。直ぐ戻るよ!』

 アリスの伝言を聞いたユーランが、ポンと音を立てて消える。それを見送ったアリスは、フーマを膝の上に乗せる。
 そして、ミリアナへと向かい合う。

「それで、ミリアナさん。この街で飲食店と言うか屋台を開くにはどうしたらいいですかね?」
「そうね……。商業ギルドに登録して、売る物の安全性――えーっと、販売物を事前に持って行って、許可を貰えば屋台販売は可能よ」
「なるほど……この神殿に、大きなパン焼き窯ありますか? あと、魔法を使える子はいますか?」
「え、えぇ。あるし、いるわよ」
「なら、やりましょう! 孤児院のための屋台を!! 売り子は子供達でもできるし、きっと売れます!」

 突然、声を張ったアリスにミリアナはたじろぐ。
 だが、そんなミリアナをお構いなしに、アリスは独り立ち上がりこれからの事を考えた。

*******
(時間軸が少し戻ります)

 一方その頃、アリスを見失ったクレイは心の中で自分自身を攻めながら、必死にアリスを探して街中を走り回っていた。

「アリス~~~」

 クレイが大きな声で、アリスの名を呼ぶも返事はない。
「くそっ!」と、舌打ちしたクレイはまた別の場所に向かって走り出す。
 
 捜索を一時クレイに任せたフィンは、宿に戻り祖父母と両親にアリスと逸れてしまった事を伝えていた。
 アリスが居ないと気づいた場所を聞かれたフィンは、その場所までジェイク、ゼス、フェルティナを案内する。
 アンジェシカは、宿にアリスが戻る可能性があるため留守番だ。

「ここか?」
「……はい」
「フィン。落ち込む気持ちはわかる。だが、今はアリスを探すのが先決だ」
「父さん……」

 あまり身長が変わらないフィンの頭を撫でたゼスは、ゼスに一度頷くと探査の魔法を使う。
 だが、何千人と暮らすこの街で、流石のゼスもアリスの魔力が追えないのか何度も頭を振り、眉間に深い皺を刻む。
 
「ゼス、もういい。足で探すぞ」
 
 その場にとどまる事十分、ジェイクはゼスの肩に手を置き止めた。
 このままここにいても、門が閉じるまでの時間がないと判断したためだ。

「……すいません」
「気にするな。アリスは無事だ。大丈夫だ! とにかく、私とゼスはスラムの方を、フィンはクレイと合流して街の中を、フェルティナはすまないが、アンジェを頼む!」
「わかりました」
「わかったよ」
「えぇ、任せて!」

 ジェイクとゼスと別れたフィンは、とにかく足を動かした。
 
 自分が余計なことに気を取らせてしまったせいでと、フィンは己を責める。
 その一方で、もし、アリスが犯罪に巻き込まれでもしたら……と、余計なことを考えそうになる。
 違うと何度も頭を振り、嫌な思考を消したフィンは、クレイの元へかける。
 視界の端に妹の姿を探しながら――。

 無情にも八鐘が鳴り、門が閉まる。
 それをクレイと共に見つめたフィンは、目を離してしまった自分のせいで、アリスがいなくなってしまったと後悔しながら拳を握り締める。

 未だ探そうと必死に目を凝らすクレイにフィンは「アリスが戻ってるかもしれない。一度、戻ろう」と、促した。
  
「ごめん。俺が、俺が目を離したから……」
「……違う。クレイのせいじゃない! 私が、私がアリスを……」

 宿へ戻る道の途中で、立ち止まったクレイが俯きながら謝った。
 フィンからすれば、長男である自分がしっかりみていなかったせいだと、否定するように頭を振る。
 お互いに自分せいだと、言い合うのは不毛だとフィンもクレイにも判っている。
 だが、お互いに言わずにはいられないのだ。

 二人で宿に戻ると、そこには顔色を無くしたアンジェシカと落ち着きなくウロウロとリビングを歩くフェルティナがいた。
 アリスの姿を探したフィンは、やっぱりまだ……と、自分の不甲斐なさを悔やむ。

 クレイが自分の感情を制御できず、テーブルを叩こうと腕を振り上げた瞬間――
 ポンと言う音と共に、アリスと契約した水の精霊ユーランがリビングに姿を見せた。

『アリスからの伝言。アリスは今、南西の廃れた神殿跡に出来た孤児院にいる。ちょっとどうしても、したいことがあるから数日はそこにいるつもり。心配しないで、ね。ボクは、伝えたよ。じゃーね!』

 伝言を言い終えた精霊は、再びポンと音を立てて消える。

 アンジェシカは力なく笑い「良かったわ」と小さな声で漏らすと同時に、ソファーに背を預けて上を向く。
 それまで忙しなく動き回っていたフェルティナは、力が抜けたようにその場で座り込んだ。
 クレイは力なく腕を下ろし「ハハハ」と乾いた声で笑った。
 
 フィンもまた、安心すると同時に力が抜けそうになる。
 だが、彼にはまだやらなければならない事があった。

「私、おじいちゃんと父さんに知らせてくるよ」
「フィンにぃ、俺も行く」

 若い二人は連れ立って宿屋を出ていく。
 帰って来た時の悲壮感は、露と消えていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

祖母の家の倉庫が異世界に通じているので異世界間貿易を行うことにしました。

rijisei
ファンタジー
偶然祖母の倉庫の奥に異世界へと通じるドアを見つけてしまった、祖母は他界しており、詳しい事情を教えてくれる人は居ない、自分の目と足で調べていくしかない、中々信じられない機会を無駄にしない為に異世界と現代を行き来奔走しながら、お互いの世界で必要なものを融通し合い、貿易生活をしていく、ご都合主義は当たり前、後付け設定も当たり前、よくある設定ではありますが、軽いです、更新はなるべく頑張ります。1話短めです、2000文字程度にしております、誤字は多めで初投稿で読みにくい部分も多々あるかと思いますがご容赦ください、更新は1日1話はします、多ければ5話ぐらいさくさくとしていきます、そんな興味をそそるようなタイトルを付けてはいないので期待せずに読んでいただけたらと思います、暗い話はないです、時間の無駄になってしまったらご勘弁を

翼のない竜-土竜の話-

12時のトキノカネ
ファンタジー
日本で普通に生きてた俺だけど、どうやら死んでしまったらしい。 そして異世界で竜に生まれ変わったようだ。竜と言っても翼のない土竜だ。 生まれた直後から前世の記憶はあった。周囲は草食のアルゼンチノサウルスみたいな連中ばかり。10年、育つのを待って異世界と言ったら剣と魔法。冒険でしょう!と竜の群れを抜けて旅をはじめた。まずは手始めに一番近い人間の居住エリアに。初バトルはドラゴンブレス。旅の仲間は胡散臭い。主人公は重度の厨二病患者。オレツエェエエエを信じて疑わないアホ。 俺様最強を目指して斜めに向かっている土竜の成長物語です。

処理中です...