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十二歳編

フェリス王国編――その頃馬車では……

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 そうして、しばらくの時が経ち、ポンと音を立ててユーランが戻ってくる。

『ただいま、アリス』
「おかえり、ユーラン」
『皆あいつらには怒ってたから、協力してくれるって』
「そっか、ありがとう。ユーラン!」

 やり切った感で興奮気味に語るユーランをアリスは指の腹で撫でる。
 アリスがひとしきり撫でたところで、満足したらしいユーランは首に尻尾を巻き付け、アリスの頬に顔を寄せた。
 すりすりと柔らかなユーランのもふもふが、アリスに擦り付けられる。
 くすぐったいような気持ちいいような、そんな感覚にアリスはつい笑い声を出した。

 アリスの笑い声が聞こえたフェルティナ、アリスをそっと離した。
 そして、彼女の首元に居るユーランに目を向け「それ、動物?」と聞いた。

「ユーランって言う、水の精霊さんだよ」
「あら、精霊様なんて初めて見たわ!」

 ゼスの時と違い、フェルティナは精霊であるユーランを簡単に受け入れた。

『精霊様じゃなくってユーランね! ボクとアリスは仲良しなんだ』
「ユーランね。私はフェルティナ、アリスのお母さんよ」
『フェルティナ、覚えた』
「ふふ、可愛い!」

 ひょいっとユーランを持ち上げたフェルティナは、ユーランをぎゅっと抱きしめる。
 フェルティナの行動を受け入れるユーランは、その後しこまた撫でられ、へろへろになった。
 母とユーランを微笑ましそうに見ていたアリスは、最後には楽し気な声をあげて笑う。

 疲れた様子で戻ったユーランは、アリスの膝に丸まった。
 ユーランをいたわるようにアリスがゆっくりと撫でれば、彼はぐてっと腹を出した。
 そんなユーランにアリスは問う。

「ねぇ、ユーラン。食事は何を食べるの?」
『ボクたち精霊は、魔力がご飯なんだ。だから、何もいらないよ~』
「そうなの……残念だわ。アリスが作るご飯やお菓子はとてもいしいのに」
『……ボク、食べてみたい』

 流石三人の子供を育てた母親だ。ユーランをまんまと食事に誘い出した。
 ユーランに乞われたアリスは、ラーシュもいることだしとフルーツケーキを出す。
 やっぱりと言うか見てくれが酷いとアリスは再び凹みかける。
 
「これはっ、美しい! まるで宝石をちりばめたようだ!」
「凄くきれいね!」
『これが食べ物っ! 綺麗だね~』

 だが、そんなアリスの気持ちを知らないラーシュ、フェルティナ、ユーランは口々にケーキを褒めた。
 むず痒い思いがアリスの心を占める。

「これはどうやって食べるのですかな?」
「これはですね。結婚式の披露宴で新郎と新婦——結婚したお二人が一つのナイフを持って、ケーキにナイフを入れるんです。その後、綺麗に切り分けて、披露宴に来てくれた人達に配るんです」
「ほうほう! 結婚披露宴の時にですね! そのまま私の娘に伝えましょう。きっとあの子も喜びます」
「あ、でも人数分ないかもしれないのでご家族で食べて貰っていいですよ?」

 アリスの説明を真剣に聞いていたラーシュは、メモ帳にわざわざメモを取る念の入れようだ。
 それを見たアリスは、人数の事が気になり追加で家族で食べることもオススメしておく。 

 魔法の鞄から、フルーツケーキとケーキカット用のに入れておいたナイフ、皿、フォークを取り出したアリスは、ケーキを崩さないようにそっとナイフを入れた。

「断面が美しいですね~!」
「これ、ラーシュには味見です。昼に渡したケーキの見本ですから、味を覚えて伝えてあげて下さい」
「これが……なんと素晴らしい!! やはり代金をお支払い——」
「いえ、もう十分頂きましたから」

 再び代金の話を持ち出すラーシュをアリスは慌てて止める。
 一抱えもある袋に入った屑石を貰ったのだ。もう十分すぎる。

『凄く綺麗だね! 精霊の泉みたいだ!』
「アリス、アリス、これ、これがケーキなのね!! ママ凄く楽しみだわ!」

 小さな手でナイフを掴んだアリスは、出来る限り慎重に一つずつ皿にのせた。
 そして、ユーラン、ラーシュ、フェルティナの前に一皿ずつ置くと二人にフォークを渡す。

 あむっと一口食べたフェルティナの瞳が、これまで見たことないぐらいに輝いた。
 ラーシュさんは……と、アリスが見ればこちらも母に負けず瞳を輝かせている。
 一方のユーランは、フォークを使わず短い前足で果物を持つとペロッと舐めた。

『美味しい! アリスの魔力がいっぱい入ってる!!』
「はぁ~、私はなんて幸せ者なんだ」
「はぅ~美味しいわ~」

 三者三様の喜びようにアリスはにんまりと笑う。

 甘いケーキには、アールグレイの紅茶がいいだろう。
 そう思ったアリスは、鞄から暖かな紅茶を出した。

 紅茶で口内を湿らせたアリスは、ケーキを一口頬張る。
 仄かに甘い生クリームのふんわりとした触感を楽しめば、甘酸っぱい果物の酸味がとても美味しい。
 柔らかなスポンジに挟まれたカスタードクリームは、バニラビーンズが良く聞いていて果物の酸味を全く感じない。
 一口食べるごとに違う果物の風味を感じたアリスは、はぁ~幸せと幸せを感じた。

 ケーキを食べ満足したアリスは、ユーランと一緒に屑石の加工を再開する。
 ユーランがやってくれる加工方法は、川の流れで削れて丸くなる石と同じようだ。
 研磨用の器械がないこの世界では、ユーランの魔法がとてもいい効果を発揮してくれる。
 
『アリス、これはどういう形にするの?』
「うんとね。雫の形ってわかるかな? うーん難しい」

 言い方を考えていたアリスは諦めて、指で雫の形を書いて見せる。
 するとユーランは少し考えるようにして、石を削り始めた。
 出来上がった石を手に持ったアリスは、ユーランを抱きしめる。

「凄い!! ユーラン凄く頭いいね。まさかあれだけでわかるなんて」
『わーい! あってた! 良かった。ボク頑張った!』

 テーブルに置いておいた雫型の石を、指先で摘まんで持ち上げたフェルティナが「器用な物ね~」と、感心したように感想を漏らす。
 横でしげしげとその石を見ていたラーシュは「ほう、こういう加工ができれば屑石でも……」と、何かを考えているようだ。

「凄く綺麗でしょう? パワーストーンみたいなものだからお守りになると思うの!」
「パワーストーン? 魔石みたいなものかしら?」
「うーん。少し違うかな。普通の石より精霊の気配が強い石って言えばいいかな?」
「ほう! そのような石があるのですね?」
『あるよ。アリスの持ってる石からは、ボクたちの気配が少しするよ』

 アリスとユーランの言い分に、ラーシュは再び考え込んだ。
 これが後々、大事を招くことになるとは知らない一人と一匹は、再び石の加工を始めるのだった。
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