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十二歳編

リルルリア編――ビルの家:After

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 アリスが料理を終えて戻ると、掘っ立て小屋が様変わりしていた。
 原因は、ゼスの魔法とアンジェリカのスキルのせいだ。

 見ていたクレイは語る。
「じいちゃんがさ、家を建て替えるって言うから、家の中の物を全部フィンと二人で、鞄に入れたんだ。で、家の中の人間を避難させた。そしたらさ、父さんが魔法で家をぶっ壊したんだよ! 何やってんだって思ってたら、今度はばあちゃんが、鞄から木出してスキルでさくっと家建てたんだ」
 
 正直、よくわからない……。
 勝手に人の家建て替えていいの? 常識的には無しだよね?
 いやでも、雨漏りしそうだったし、風が吹くたびに柱ゆれてたし……いいのかな?
 まぁ、これだけしっかりした家なら、ビルたちも安心して住めるはずだし良しとしよう!
 たとえ、それが家族による行為であり、人外と思えるような技であったとしても自分は知らない……って無理だよね。

 遠い眼をしながら無理矢理なんとかなるだろうと、結論づけたアリスは本人が居ぬ間に新しい家を見て回ることにした。

 アンジェシカのスキルを使って建てられた家は、しっかりとした丸太を土台に作られている。
 外観は、丸太を組み合わせた見た目だ。
 中は、真新しい板を張り合わせた壁、光沢あるこげ茶色をしたフローリングの床に作り替えられていた。

 家の大きさは変わっていない。
 だが、中は空間拡張の魔道具のおかげで、かなり広くなっている。

 以前の家の間取りは、部屋が二つとコンロがあるだけの台所だった。

 新し間取りは、キッチンと呼べる台所から続くのは、食事を取るためのリビングダイニング。
 更に個別になった風呂とトイレ。
 部屋の数は、四つに増えていた。

 そして、全ての部屋にアンジェシカ製の超高性能魔道具と魔石が取り付けられている。
 それを見つけたアリスが、再び遠い眼になったのは言うまでもない。

 少し気晴らしをしようとアリスは、家の外へ出る。

 出た瞬間、アリスは深いため息を吐く。
 ついさっき来た時にはなかった柵と言う名の塀が建ち、家の周りを囲っていたのが原因だ。

 家主が居ないのにここまで改築するとか……ビルになんて説明すればいいの?
 土下座したら許してくれる?
 家族の暴走をどうやって止めようかと思案していたアリスは、スンと表情を無くした。

 そんなアリスの目の前で、フェルティナが畑に何か植えている。

 ママ……一体何をやっているの?
 ここリルルリアは、大木の幹に建つ街のはずで、土なんて無いよね? なのになんで、畑が……。 

「あら、アリス、そんな顔してどうしたの。あ、もしかして枝なのに、なんで畑が出来るのかって思ってる?」

 フェルティナに思考を読まれたアリスは、素直に頷いた。

「ほら、ここ見えるかしら?」
「魔道具?」
「そうよ」

 フェルティナが示した場所をアリスは真剣に観察する。
 土の下に見える緑色の芝生のような魔道具には、よく見る魔石がついていた。

 フェルティナの説明によれば、この魔道具はこのリルルリアでは当たり前に売っている物。
 魔道具の性能は、幹への負担や衝撃をなくすと言う。
 芝生の上に置かれたレンガ造りのプランター――大きさは畳三畳分ぐらい――も魔道具で、こちらは畑の土や水が地上に行くよう魔法を付与している。
 アンジェシカが作った魔道具は、畑を囲うように組まれた鉄製の杭も魔道具だった。こちらは空間を広げるための物だった。

 ……魔道具って便利なんだな。
 そう言えば、家の中が広くなったのも魔道具のおかげだったけ? あれもおばあちゃんが作ったのかな? 
 台所とかお風呂、トイレにも便利そうな魔道具あったわ。

 やりすぎ感が見え始めたアリスは、引き攣る顔を隠すようにその場を離れた。
 もう見ない、聞かない、知らないと自分に言い聞かせながら、ビルの母親の元へ向かう。

 数回ノックすると部屋の扉が開かれる。

「アリス、おかえり」
「ただいまー」
「スキル使ってたって?」
「うん!」

 新しいベットから半身を起こしたビルの母親は恐縮しながら「ヒルデです」と名乗り、頭を下げた。
 それに答えたアリスは、ヒルデの側に腰を下ろす。

「ヒルデさん、お腹すいてませんか?」
「え、えぇ。まぁ、その……」
「良かったらこれ、どうぞ」

 どうなっているの? と、ヒルデは問いたそうだ。
 それを見取ったアリスは、徐に魔法の鞄からトマトと野菜のおかゆを鍋ごと取り出す。
 ごめんなさい! と、心の中で謝りながらアリスはヒルデの少し暖かくなった手に木の器を手渡した。

「あり、がとうございます」
「お代わりもあるのでゆっくり召し上がってくださいね!」

 なんとか乗り切ったとアリスが安心したのも束の間、ヒルデの寝室となった部屋の扉が勢いよく開く。

「アリス! い、いえがっ!!」
「あ、ビル。おかえり。ご飯食べる?」
「いや、おかえりじゃなくって! まぁ、食べるけど……って違う!!」

 慌てた様子で部屋に駆け込んできたビルだ。
 言い訳を考える間もなく戻ったビルをアリスは、無難な返事で往なす。
 だが、そう簡単にビルは往なされてくれなかった。

 どう説明したらいいのか、悩んだアリスはフィンへ助けを求めるような眼を向ける。
 と、そこへ、発端となったジェイクが姿を見せた。
 
「ビル坊、落ち着け」と言ったジェイクは、ビルの頭を優しく撫でると彼を母親の側に座らせる。

「これは我らから頑張ったビル坊へのプレゼントだ」
「え……」

 ビルの瞳が、大きく見開かれた。
 それは次第に潤み「なんで……」と、小さな声が漏れる。
 そして、水の膜を張った瞳から、決壊したように涙があふれ出した。

「お、おれ……こ、こんなこと、してもら、貰うほど……いい子、なんか……じゃない。か、かあちゃんが、ひとりで……がんば、頑張って……」

 涙ながらにビルは、自分はこんなことをして貰える人間じゃないと必死に言い募る。

 そうじゃない。私が見たビルは、幼いながらに母親のため、家のために一生懸命頑張る立派な人だった。
 どうにかその思いを伝えたいと考えたアリスは、泣きじゃくるビルの手を握る。

「ビル。私は、ビルが頑張ってると思ったよ。一生懸命お母さんのために薬草取って、それで家のことして……ビルはいっぱい頑張ったんだよ!」

 ビルにつられアリスもまた涙ながらに訴える。
 ポロポロと零れる涙は、止まることを知らないように流れ続けた。

 幼い二人の鳴き声が止んだのは、しばらくしてからだった。
 今は泣き疲れ、穏やかな寝息をすぅすぅと立てている。

 眠るアリスを優し気に見たジェイクは、ヒルデに一抱えもある鞄を渡した。
 中に入っているのは、少しのお金と二か月分はあるだろう食料だ。

「しばらくの間はこれで食いつなげるだろう。もし、仕事に困るようであれば五の幹にある森の羊亭のグレイスを訪ねると良い。決してあなたを害したりしないから安心して尋ねるように」
「ありがとう、ございます。この御恩をどう返せばいいか……」
「我らに恩を感じるのであれば、この子と妹にしてやってくれ、それが我らに対する恩返しになる」

 そう告げたジェイクの手がビルを優しく撫でた。

 
 アリスが目を覚ますと見慣れた天井が見える。
 眠っているうちに森の羊亭に戻ってきていたと理解した彼女は、うーんと伸びをしてベットから起き出した。
 時間を知るため窓を見ればまだ日は高い。
 誰か一緒に出掛けてくれないかな? と考え、廊下に出たか彼女は、そこで金髪碧眼の男の子と再会してしまう。

「あ、君は!」
「ひっ!」
「ま、待って!!」

 得も言われぬ悪寒と共に短い悲鳴を上げたアリスは、彼の呼びかけを無視して部屋に戻った。
 バタンと荒々しく扉を閉めた彼女は、扉に寄りかかるようして座り込むと胸を押さえた。
 
 しばらくして心臓の音が止みほっと息を吐き出したアリスは、何故あの人にだけそうなるのかを考える。
 だが、結局ゼスたちが部屋に戻るまで、その答えは見つからなかった。
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