上 下
12 / 103
十二歳編

リルルリア編――森の羊亭③

しおりを挟む
 グレイスたちの興奮が収まるのを待ち、アリスは次に取り掛かる。

「次は、マヨネーズを作ります。これはね。サラダとかサンドイッチ、お肉にも合うソースなんだよ!」
「そうか! じゃぁ、早速教えてくれ」
「楽しみです!」
「うん。とりあえずグレイスさんとユースさんに教えるから、三人はフィンにぃを手伝ってあげて?」

 すごすごとフィンの元へ向かう三人にごめんねと心の中で謝り、アリスは二人に作り方を教える
 マヨネーズ作りの最大の鬼門は、何と言っても木製のホイッパーみたいなもので混ぜ続けることだ。
 男性であれば、できるだろうがアリスには無理だった。

 それを超絶楽にしたのがアンジェリカ作の魔道具である。
 ボタン一つで三十分近く混ぜ続けてくれる上、調理時間も短縮してくれると言う優れものだ。

「まずは、この魔道具にコカトリスの卵を一個入れてね。魔道具がない場合は手作業になるから、ユースさんは手作業で作ってみてね」
「おう」
「はい」

 返事をするなり、スパンと二つのコカトリスの卵の上部が切られる。
 瞬く間に起こった現象は、アリスを驚かせるには十分だった。

 ガチャガチャとボールの中を木製ホイッパーが回り続ける。
 段々とユースの腕が赤くなり、息遣いが上がってきた。

「えっと、次はオリーブオイルをすこーしだけ入れて混ぜてね。グレイスさんは、ボタンを押して」

 アリスに言われるがままグレイスは指を伸ばし、スイッチを押す。すると、ウィーンと何とも言えない音が鳴り、物の数秒で止まった。
  
「これで終わりか?」
「ううん。次は、塩と胡椒とオリーブオイルを入れて、ボタン押して。ユースさんしんどかったら、グレイスさんに変わって貰ってね?」

 ボタンを押したグレイスが、ユースと交代する。
 木製のホイッパーを盛ったグレイスは、その重さに驚いた。
 オリーブオイルで伸ばされたはずの卵は、もったりとしてかなり重く混ぜ難い。

 混ぜ始めて十分が経ち。
 アリスの元にある魔道具で作ったマヨネーズが、最終段階を迎えた。
 未だ混ぜ続ける手作業組は、ひぃひぃと言いながらオリーブオイルを入れては混ぜるを繰り返していた。
 
 そうして更に、二十分。
 そろそろ牛コツもいい頃だろうと野菜を切っていたうちの一人を呼び、薄い赤に染まった水を切るように告げる。
 本当は何度も繰り返し捨てるのだが、時間がないので割愛。
 
「お水きり終わったら、またお水を入れて今度は煮だして欲しいの」
「わかりました。火加減は……」
「強火で大丈夫です!」
「はい」

 アリスともう一人が話している間に、手作業組の作業が終わる。

「聞いていた通り、大分白くなったぞ」
「お、いい感じだね。じゃぁ最終仕上げだよ。レモネのしぼり汁を入れて、もう一度混ぜて!!」
「ぐっ、わかった」
「……はぃ」

 がっくりと項垂れた二人は、また交代でマヨネーズを混ぜた。
 漸く出来上がったマヨネーズを冷蔵庫に保管して貰う。
 
「次は、フレッシュチーズを作るの」
「お、おぅ」

 ミルクを鍋いっぱいに入れ、強火にかける。
 ふつふつと鍋肌に気泡が浮き出したら火を止め、レモネの汁をどばーッと入れた。
 混ざるように少しだけ木ベラで、グルグルしてあとは冷めるのを待つ。

「あらめの布が欲しいの!」
「少し待ってろ」
 
 そう言ったグレイスはキッチンから出ていく。五分ほどして戻った彼の手には、丁寧に織られた麻布が握られていた。

「アリス、野菜切り終えたよ」
「ありがとう!」

 フィンに声をかけられたアリスは、こんもりと積まれた野菜たちの中からサラダ用のルッコラとクレソン、レッタとオニロ、角切りのトーマを選ぶ。
 それをフィンに運んでくれるよう頼み。グレイスとユースに、一掴みずつボールに入れたら軽く混ぜ合わせるよう伝えた。
 
 そうこうしている間に、ミルクががホエイとチーズに分かれた。
 お酢じゃないため少し柔らかい気もするけど……仕方ないよね。そう思ったアリスは、今ある材料で作れるものを作ろうと思い直した。

「グレイスさん。水場でこの鍋の中身を掬って、麻布にひっくり返して!」
「おう!」

 何とか元気を取り戻したグレイスは、プルプルしている腕で鍋を抱えるとユースと共にフレッシュチーズを取り出し始めた。

「アリス様、骨のスープがグラグラしておりますが、大丈夫でしょうか?」
「あ! 忘れてた!!」

 牛コツスープを任せていた男性に声をかけられ、アリスは慌ててスープのもとへ向かう。
 良い感じに骨と肉、血管が分離しているのを確認したアリスは、再び男性に骨を取り出し水で洗浄ように告げた。
 フィンと男性三人が、骨の処理を請け負ってくれる。

「アリス嬢できたぞ」

 グレイスに呼ばれ、アリスはとてとてとキッチン内を走る。
 麻布に包まれていたチーズは、まだまだバラバラで今度はそれを纏める作業に移る。
 ラップと言うものがないこの世界で、フレッシュチーズを綺麗に纏める方法は魔法だ。

「フィンにぃ、パパ呼んできて欲しいの!」
「父さんを?」
「うん。少し熱い温度でこれを温めて欲しくて……」

 チーズが入った麻布をフィンに見せるため持ち上げる。
 すると横から、ユースが「温めましょうか?」と言ってくれた。

 後から聞いたのだが、この世界で暮らす人たちは皆少なからず魔力を持っているため生活魔法で、温めや温風など日常でつかっているそうだ。

「お願いします。八十度……うーんと。あ! このチーズが柔らかくなるまで温めて貰っていいですか?」
「わかりました」

 温度と言う概念がないためどう伝えようか悩んだ末、チーズが柔らかくなったらと言ってしまったアリスは不安そうな顔でボールの中のチーズを見つめた。
 徐々に熱が伝わりチーズから湯気が上がり始める。
 じっと見つめられていたユースは、ゆっくりゆっくり熱を上げていく。

「それで大丈夫です! 火傷するので、木べらで捏ねて下さいね」
「フィンにぃは、別のボールに水を入れて塩を持ってきて?」
「分かった」

 緊張した面持ちのユースはアリスの声に魔法を止める。
 ふぅーと長く息を吐き出し、緊張を解いたところで木べらを使いチーズを捏ねはじめた。
 アリスを下ろしたフィンがボールに入れた水と塩を運んでくる。
 そして、再びアリスを抱きあげる。
 小さな指先が、チーズをちょんと触った。

「これならいける。これを十個分に分けて、丸めてください。丸め終わったらこのボールにチーズを入れて」
「おう。手伝うぜ」 
「はい」

 作業すること数分、ぷかぷかと白い十個の塊がボールの中に浮かんだ。
 チーズはそのまま冷蔵庫へ。
 本来なら一晩寝かせて塩味をしっかりつけたいところだが、夕飯に使うのでその時間まで入れておく。

 残るは牛コツスープのみとなり、アリスは二度目の処理が終わった鍋のあるコンロへ歩く。
 ぐつぐつと煮だされている鍋をのぞき込み、頃合いを見てニンシク、ガージョ、ネルギの追加を伝えた。
 
「この状態で、あと二時間茹でたら骨と野菜を取り出して、麻布でスープだけを取り出してね」
「わかった」

 とりあえず二時間と言う時間が出来たアリスは、キッチンの一角にある椅子にフィンと共に座った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

僕だけが違う能力を持ってる現実に気付き始める世界

夏目きょん
ファンタジー
僕には特殊な能力がある。しかしまだ誰もその能力に気づいていない。そう僕ですら…この能力を知った時世界は!? ◇◆◇ 昔々、この世界には魔族と人間と獣族がいました。 魔族と獣族と人間はいつも戦っていました。 しかし、魔族・獣族と人間の間には天と地程の力の差がありました。 だが、人間には彼らにはない『考える力』がありました。 人間は考えた末、【浮遊島】へ移住し、魔族と獣族の争いに巻き込まれないようにしました。 しかし、人間はあと一歩のところで食料の確保をし忘れるという大きな失態を犯してしまう。 これを『食料難時代』と呼ぶ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人類は食料確保の為、定期的に下界、つまり魔族と獣族のいる場所に降りる様になる。 彼らを人は『フードテイカー』と呼ぶ。

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

処理中です...