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12話・『アズマ視点』・選択まで奪われてはいない

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 わざわざ拾っておいてくれた上に届けようとしてくれるなんて、皆が皆して悪い妖ばかりではないんだ。この狐の少女、マーホンだって良きクラスメイトである。

 と考えたのもつかの間、つまみ上げている指先には不思議な感触とぬくもりがあることの気づく。ハンカチにはあまり使われないであろうシルク系の手触りで、ポケットに収まっていただけではないぬくもりがある。

 手に視線をやったらどうだ。それはハンカチじゃなくて女性ものパ……ランジェリーじゃないか!?

「ボフッ!?」

「やだー、アズマ先生の変態ー」

 驚く俺を尻目に、からかうようなことを言って逃げ出すマーホン達。そんな後ろ姿が恨めしかった。

 なんとか自分を保てたころには逃げ切られており、追いかけることもままならず諦めるのだった。

「……くそぉ。どうすんだよ、これ」

 俺は毒づきながら、とりあえずは薄い布切れをスラックスのポケットに押し込んだ。

 まだこれから仕事を続けなければならないというのに、女性ものの下着を所持しているというだけで気が気でない。

「――のようなことが発生しておりますので、生徒の心のケアなどに留意してください」

 案の定、夕方に入った緊急の会議ではほとんど教頭先生の話が抜け落ちていた。

 確か、妖保護園――簡単に言うと妖専用の孤児院――に脅迫の手紙が届いたというものだったか? まぁ、随分と物騒だなという感想ぐらいは思いつく。

「えー、西先生、聞いていましたか?」

「え、あ、はい……物騒な世の中で嫌になりますね」

 昨晩にネットニュースで数行の内容に目を通しただけの記憶を頼りに、当たり障りのない答えを返しておいた。心ここにあらずなことを見抜くあたり、教頭という立場も伊達ではないようだ。

 話を戻すと、園児への殺害をほのめかす愉快犯的な内容であるため注意しておけってことかな。都内数カ所で起こった事件だから、気持ち穏やかとは行かないのもわかる。

 反面で、まだ見ぬ容疑者の心情や背景、事を見抜く視点など考えることも多い。が、そうした見方をしない者がほとんどである。

「は? その程度の感想なのか? 人間というのはなんと卑劣なんだ!」

「あ、あの……」

 その一番たるウホーキン先生が側にいるのだから、俺としては堪った話ではない。いつものこととはいえ、会議を何度も停止させられる教頭先生だって呆れを浮かべた。

 さてさて、いつもであれば波風立てない方法で受け流すのだが、そのような余裕は今の俺にはない!

「良いヤツ悪いヤツなんて、妖にでもいるでしょう。それに、妖権派の自作自演という噂もあるので早計というものです」

「なッ……。そんなもの、反妖派どもの逃げだろ……」

 やはり怒り任せに言い返してきたか。ここで言い合いに発展すると面倒なことになるが、助け舟を出してくれるのは教頭先生。

「両先生、議論は結構ですが生徒第一でお願いしますね。下手に不安を煽ると、それこそ学校の風紀を乱します」

「ぐぬぬ……」

「えぇ、もちろん弁えています」

 決まりごとを持ち出されてはウホーキン先生も黙らざるを得なくなり、俺も愛想笑いを浮かべてその場を収める意思を示した。

 早く、皆の視線から逃れたい。

 臨時の会議が終わった後も、俺は職員室に縛り付けられることとなる。その間、ポケットに押し込まれた布切れを見つけられるのではないかと、不安に苛まれ続けた。

 それから開放されたのが8時を回った頃、肉体的精神的疲労を抱えながらもなんとかマンションまでたどり着く。こんなことを続けたらどうなることやら。

「遅くの帰り、お疲れ様やな」

 出迎えてくれたのは、管理人が娘ラーンであった。

「あぁ、ただいま……。疲れているので、申し訳ないけど」

 人間、いつもと違うことがあると別の反応をしてしまうことがある。今回など特にそうだ。

 この誤差レベルの言動を見逃さなず、さらに妖力により畳み掛けてくるのがラーンという女性だ。

 通り過ぎた背後で薄い光が瞬いたのは、管理室で流れているテレビのライトではない。

「右のポケット、何隠しもっとんのかな?」

「あ、いや、これは……」

 男が持っていたのなら何かしらの容疑をかけられる代物を発見され、俺は答えに窮してしまった。一つだけの瞳で射抜かれたのなら、大人しくゲロするか萎縮して黙りこくってしまう。

 黙秘を貫こうとする俺の努力も虚しく、ラーンは手元の電話を取って連絡を始める。

「もしもし、スズ? 私や。ちょっと、先生の部屋に集合してな」

「ちょっ! お願いします! 勘弁してください! 何でもしますから!」

 しかし願いは虚しく、下着泥棒の容疑者と被害者、マンションの管理人による糾弾会は開かれてしまった。

 公判に続く!
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