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第一章 贄と学園の謎

051 前代未聞の答え合わせ

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 上では恐ろしい会話が繰り広げられ、下ではベルトを外す音がする。
「やめろっ……!」
 足で何度も紫影を蹴るたび、紫影は息を詰まらせて咲紅を睨む。
 互いに遠慮などしていられなかった。ここでシロだと証明できれば、疑いは晴れてなくなるのだ。ぶっつけ本番の演技は、巫覡となった現実と紫影を信じる心が合わさり、ぶつかり合う。
 抵抗などあってないようなもので、下着ごと一気に下げられた。
 紫影はもう一つの拘束具を出し、両足首にかけた。
「茉白様、供物をどうぞ可愛がって下さいませ」
「咲紅君……きれい」
「見るなっ……近寄るな……!」
 瑠璃はうっとりと咲紅の身体を上から下までくまなく見ると、真っ白な肌に触れた。
 生け捕りになった魚のようで、ひどく情けなかった。
 身をよじって抵抗を見せるも、手も足も使えなければどうしようもない。
 茉白は咲紅の太股に触れると、膝や裏側、付け根と撫でていく。中心にあり、いまだに芯を持たない性器を掴んだ。
 細くて頼りない指は、紫影のものとは大違いで、慣れない感覚に抵抗感を覚える。
「咲紅、気持ちいいですか? だんだん熱を持ってきましたが」
「ぐっ……やめ、ろ…………!」
 男の性は悲しいもので、好きな人ではなくても反応をしてしまう。
 性巣を瑠璃が触れ、柔い手つきで揉みしだいていく。同じ性器であるのに、別の形へと徐々に変わっていった。
 せめて二人に顔だけは見られたくないと、横に逸らした。
「ッ……、…………!」
 今まで見たことがないような、冷徹な顔があった。いつもの慈しむ顔も抱きしめてくれる腕もない。紫影はまさに供物としてしか扱っていない、暖かみのない表情をしている。
 紫影が正しいのだ。ここで押さえるふりをして手でも握られたりしたら、紫影に触れられている喜びで射精と同時に淫紋が浮かぶ可能性がある。冷酷なくらいがちょうどいい。
「うっ…………!」
 気持ちとは裏腹に、若い身体は精を吐き出した。
 三人の視線は同時に腹部へ注がれる。何を言われるのか怖くて、咲紅は目を閉じたまま誰かの言葉を待った。
「……淫紋は浮かびませんね」
「咲紅君は巫覡じゃないってことか……」
 紫影は咲紅に触れないように、手と足にかかった手錠を外した。
「御理解頂けて光栄に存じます。ですがまだ咲紅は高等部三年。来年まで時間はあります。一人でも多くの巫覡を生むために、努めさせて頂きます。さあ、こちらのタオルで拭いて下さい。……咲紅もこれで身体を拭け」
「うるさいっ!」
 咲紅は渡されたタオルを奪い取って、紫影の頬をおもいっきり叩いた。
 まさか殴られると思っていなかった紫影は、茫然自失としている。
「うるさいうるさいうるさい! 巫覡だろうが儀式だろうが、そんなもの知るかよ! 全員出ていけ! 茉白も瑠璃もだ!」
 継承もつけずに、咲紅は力の限り絶叫した。
「……茉白様、瑠璃様。確認は終えましたので、部屋を出ましょう」
「待って。咲紅君は?」
「長いこと時間を費やしました。きっと従長たちもお探しでしょう」
「私たちを送って下さるということは、咲紅を一人にするのですね。いいのですか?」
 茉白は心配の声を口にするが、紫影を見定めるような言い方だった。
「贄生たちも当然大事にしておりますが、私は神に遣える者です。どちらを優先するかは、決まっております」
「そうですか。では瑠璃、出ましょう」
「は、はい……」
 瑠璃だけは咲紅を心配そうに見るが、咲紅は目を合わせなかった。
 扉が閉まる音がして、施錠の音が鳴る。咲紅ははっと瞼を開けた。
 紫影は鍵をかけてくれた。鍵は審判者である紫影が持っていて、開ける方法は咲紅が内側から開けるしかない。独りでいられる、孤独の時間を作ってくれたのだ。
「う……っ…………、ぅ…………」
 零れる涙を何度拭っても、ここでの出来事はなくならない。
 部屋中に匂う独特の精臭が事実を突きつけていた。
 受け取ったタオルで身体を覆い、湯殿へのろのろと歩く。
 熱いシャワーを出し、頭部から痛めつけるほど強い水圧で浴びた。
 これでよかった。一秒の打ち合わせもないまま、ふたりで乗り切った。これからの未来のために、現実を乗り越えるために。
 腹部に目をやると、淫紋も浮かんでいない。紫影が敵と見なしていた茉白の前で証明できたことは大きい。この話は間違いなく教祖へ伝わる。
 まだ安心はできないが、しばらくは安泰と思っていいだろう。
 涙は止まらず、咲紅は全身の水分を抜きたくて、大声で泣き続けた。

 咆哮するかの如く泣いた後はすっきりし、布団の上で身を投げたまま眠りについていた。
 誰も入ってきた形跡はない。咲紅は内鍵を開けて、神殿を出た。
 すでに太陽は昇っていて、よほど疲労が溜まっていたのだと苦笑いした。
 昨日は知らない間に雨が降ったらしく、所々に泥濘ができている。
 蛇が顔を突っ込み、水を飲んでいる最中だった。
「おはよう。昨日はありがとな」
 蛇は顔を上げる。喉が渇いた、と頭に伝わってきて、蛇はもう一度水を飲み始めた。
 蛇は身体をうねりながら、茂みの中へ入っていってしまった。
 いつもなら咲紅に寄りつくのに珍しい。
 立ち上がると、木の影が揺らめく。裏にいたのは紫影だった。
「おはよう。……目の下ひどいことになってるぞ? まさか寝てないのか?」
「自分より俺の心配か」
「ああ……うん……。確かにそうだな」
 紫影は腕を広げると、咲紅をそっと抱きしめる。深く深く、今まで見たことがないほど、安堵の息を吐いた。
「どうしたんだよ」
「こっちの台詞だ。発信機を見たらお前は神殿から動いていないし、ここに来るまでなんて声をかけたらいいのかずっと考えていた」
「巫覡の二人は?」
「昨日のうちに帰った。瑠璃様はお前の心配を心底しているようだった。茉白様は上辺だけの心配だな。詫びの言葉を口にしてはいたが、神として正しいことをしたと態度が物語っていた。俺からは特に何も返さなかった」
「無言の圧力ってやつだな」
「深夜、教祖直々に連絡が来て、謝罪をしたいから本部へ来いと。もちろん丁重にお断りした」
「教祖様の誘いを断るって前代未聞だな」
「ああ。教祖よりも、今は贄生の心のケアを優先したいとはっきり言った。怒りを表せば、当分の間はおとなしくしてくれるだろう」
 紫影は腫れ物扱いで咲紅の腰に触れ、目の下を指で触れる。
 泣き顔でひどいことになっているのは、咲紅も同じだ。
「親子って感じで、うれしいかも。おそろいだ」
 言いたい意図を察した紫影は、泥沼に浸かったような笑みを零す。
 笑えているが内に秘めたものを思うと、笑顔のオウム返しはできなかった。つんと鼻の奥に痛みが走り、咲紅はさっさと歩き出す。
 咲紅は大きなあくびをした。
「あーあ、もうひと眠りしたい」
「宿舎まで送ろう」
 いつもは隣を歩くのに、紫影は咲紅の斜め後ろをついてくるだけだった。
 こんな日もたまにはあっていい。もしかすると、子供の頃はこうして後ろから見守っていたのかもしれない。
 想像するだけで、背中が痒くなるしスキップをしたくなる。
 足下が早歩きとスキップの間くらいになって、もたついてしまった。
「大丈夫か?」
「うん」
 恥ずかしくなって目を合わせないでいると、目鼻顔立ちのしっかりした顔が降ってきた。
 影が重なると、咲紅も紫影の腰に手を回した。
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