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第一章 贄と学園の謎

050 冷酷な選択

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 昼の時間帯に神殿に入るのは滅多にない。
 銀郭は神殿に入れないため、外で待機となった。
「懐かしく感じますね」
 茉白の独り言には答えず、紫影は右側の部屋を開ける。ふたりがいつも使っている部屋ではなかった。
 想い出を上書きされたくないため、これには安堵した。巫覡の二人も、特に何も言わなかった。
「巫覡のお二方は奥へお掛け下さい」
「紫影さん、あなたも奥へ来て下さい」
「立場上、横へは座れません。私は咲紅側へ座らせて頂きます」
「では、私が許可をします。紫影さんは私の隣に座って下さい」
 口調は穏やかだが、権力者としての力は圧倒的だった。
「かしこまりました」
 表情を変えずに紫影は一礼して、茉白の隣に座る。
 座卓を挟んだ向こうには、左から瑠璃、茉白、そして紫影だ。
 気迫では負けたくないため、縮こまることはせずに咲紅も最後に座布団へ腰を下ろして背を伸ばした。
「その強い瞳……顔つきは違っても紫影さんに似ていますね」
「紫影に……?」
 茉白の意図が読めず、咲紅は眉間に皺を寄せた。
「似てませんよ。止めて下さい」
「だ、そうですよ。紫影さんは嬉しくはないのですか?」
「なぜそのような質問をなさるのか判りかねますが、他人同士で似てるも何もないかと存じます」
「他人とはよく言いましたね。まあいいでしょう。私、一つ確認したいことがあるのです」
 茉白は薄気味悪い笑みを浮かべると、咲紅を見て小首を傾げた。
「咲紅が黒鼠くろねずではないかと疑っているのですよ」
 胸が強い衝撃を受け、脳に音が響いてくる。身体中の血がざわめき出し、指先も熱くなっていく。
 何が言わなければと口を開きかけたが、唇や喉がが乾燥していてうまく声を出せなかった。
「茉白様、なぜお思いになるのか、お伺いしてもよろしいですか?」
 冷静沈着な助け船が颯爽と現れた。咲紅は冷静に落ち着けと何度も心の中で祈り、不機嫌な顔を貫く。
「私が思ったわけではありません。瑠璃の御神託によるものです」
 今まで無言だった瑠璃は、覚悟を決めた顔をし、大きく頷いた。
「御神託って、蕾咲の儀式や眠っているときに降りるって言われていて、ただほとんどは儀式の最中だったりするらしいんだ。僕が降りたのは眠っているとき……なんだけど、」
「悩んでいるところに私が出くわし、巫覡の先輩として尋ねました。瑠璃は、初めての経験で御神託か夢か判らないと言うのです」
「茉白様は、それは御神託ではないかと嬉しそうにされていて、なら次の球技大会のときにふたりで行こうと誘って下さいました」
「巫覡になったばかりの瑠璃様はともかく、なぜ茉白様がいらっしゃったのか理解致しかねていましたが、状況を把握しました。結論から申しますと、咲紅は巫覡ではありません。わざわざご足労おかけ致しましたが、瑠璃様が見たものは御神託ではなく夢でございます」
 微塵の迷いすら見せず、紫影は嘘を貫き通した。
 何が彼をそうさせているのか。決まっている。息子を守るためだ。ならば咲紅自身も、気持ちに答えなければならない。何を捨てても、優先すべきは紫影との未来だ。
「黒鼠って?」
 咲紅は知らん顔をして、紫影を向く。
「黒鼠とは、巫覡になっても隠れて生活している者を差す」
「はあ?」
 今度は瑠璃に向かい合った。
「まさか、それを聞きたいがために?」
「一応、僕にも立場ってものがあるからね。まさかとは思ったよ。咲紅君は健康体だし、容姿に恵まれてるし、なってもおかしくないなって思ったら疑いが強まったんだ」
 瑠璃は友達の顔から、巫覡の顔つきへと変わる。
「言っておくけど、僕がこの話をしたのは相談をした茉白様、そしてここにいる咲紅君と紫影隊長だけだよ。教祖様にも話していない」
「ええ、私も同じです。教祖様も銀郭にも、もちろん従者たちにも言っていません」
「意味、判るよね?」
「全然判らない」
「確認させてって言ってるの」
 室内が静寂に包まれた。今日はお香も焚いておらず、四人の息だけが耳に届く。
「瑠璃様、なぜそのような話になるのか判りかねます」
「夢だなんて断言できる理由が判らないんだけど」
「咲紅の審判者は私です。ひと月に上限である三回、彼は儀式を行っています。励んでおりますが、彼の身体には紋様が浮かびません」
「それが信用ならないことだって、茉白様はおっしゃっているけど」
「だからこそ、人の目が届かない神殿へお誘いしたのですよ。従者は立場を利用して絶対に入ろうとします。銀郭だけを付き人につければ、彼は神殿へは入れない。それに咲紅の審判者で警備隊隊長である紫影さんは、必ず咲紅の元へ来る。子を思う親のように。まさしくヒーローですね」
「紫影は親でもヒーローでもない。そもそも儀式だって嫌々やってんのに、なんで儀式以外でも確認させなきゃいけないんだ!」
 咲紅は座卓を叩いて、怒りをあらわにした。
 驚いたのは瑠璃だけで、茉白はどこ吹く風だ。
「お怒りにならないで下さい。制服を脱いでもらい、精を放ってもらうだけです。若い男の身体ですし、簡単なことでしょう?」
「白蛇様からの罰が下るかもしれませんよ」
 紫影も静かな怒りをこめて、茉白へ問う。
「罰は当たりませんよ。ここへ来る途中、何匹かの蛇は私を向いていて、咲紅の身体を確認してもいいか聞いてみました」
「なんとお答えに?」
「『巫覡の二人で確認するがよい』と──。紫影さんにはお声は聞こえないでしょうが。咲紅は……判りませんけど」
 茉白は意地の悪い笑みを零し、咲紅に「ねえ?」と問いかける。
 咲紅も紫影も、一瞬で二つのことを理解した。
 蛇たちは巫覡の二人よりも、咲紅の味方であるということ。咲紅もここへ来る間に問いかけてみたが、巫覡相手にいまいち自信が持てなかった。だが今確信できた。蛇は間違いなく、咲紅側についている。
 そしてもう一つは、紫影に触れられなければ、咲紅の身体に淫紋は表れないことを蛇は断定しているということ。だからこそ今ここで証明できるチャンスだ。巫覡に確認をしてもらえれば、黒鼠ではないと疑いが晴れる。
「顔色が悪いですね、咲紅。いかがいたしましょうか、紫影さん。ここで咲紅の身体を調べるかどうか、あなたが決めて下さい」
「……ッ…………、こんなことを求められて、顔色がよくなるわけないだろ! ふざけるな! 俺はこんなのは認めない!」
 座卓を吹き飛ばす勢いで立ち上がり、三人を置いて踵を返した。
「神を相手に、なんて口の聞き方をするんだ」
 扉に手をかけたとき、背後から大きな影が被さった。
 紫影は咲紅の肩を掴み、鳩尾に衝撃を与えた。
 茉白は冷静に、瑠璃は「ひっ」と短い悲鳴を上げて口元を押さえる。
 畳に倒れそうになるが、紫影は咲紅の身体を片手で受け止め、座卓の上に転がした。
 紫影は腰に差してある拘束具を取ると、咲紅の腕にかけた。
「やめろ! こんなことをして許されると思ってんのか!」
 腹部の痛みに耐えながら、咲紅は叫んだ。
「紫影さんったら……咲紅の言う通りですよ。私はただのお願いをしただけですのに、息子さんをこのような扱いをして恐ろしい方ですね」
 茉白は穏やかに陳ずる。
「なにがっ……息子だ……!」
「一人でも多くの巫覡を生むために私はここにいると、申したはずです。どうぞ、私が見守り育てた神への供物をお見極め下さい」
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