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第一章 贄と学園の謎

012 巫覡の正体

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「方法はいくつかある。自分で扱いて出すか、他の方法を試すか」
「他の方法って?」 
「他人に身を委ねることだ」
 直感的に、良くない体勢であると危険を察した。 
 起き上がろうとする前に、紫影は咲紅の両腕を頭の上でひとまとめにすると、顔を近づける。
「んっ…………」 
「──っ…………」
 生まれて初めてのキスは、心を乱してくる男からのものだった。
 平常心ではいられない顔は横に傾き、舌で無理やり唇をこじ開けてくる。 
 ぴしゃりと水音が鳴り、熱い舌の感触と息苦しさから口を開けた。
 蠢く舌が合わさり、吸われては舐られ、息もできずに何度も顔を背ける。
「隙間で息をしろ」
「なんだ、これ……性教育……なのか……?」
「ああ。その証拠に」
「あっ…………!」
 紫影は咲紅の紅色の襦袢を剥いだ。水泳で鍛えた筋肉が露わになり、臍より舌を暴かれそうになったときは遠退いた意識が鮮明になる。
 隠そうにも力が入らない手は簡単にどけられてしまう。
「なにしてっ……」
 驚愕の姿が目に飛び込んできた。
 紫影の唇は咲紅の熱をとらえている。上下に揺れ、肉厚の舌が裏を這った瞬間、強すぎる快感が襲ってきた。
 驚く咲紅より、くわえた紫影が目を見開いている。
「なんでっ……そんなもの……口に……!」
 唇に残ったものを指で掬うと、見せつけるように舌で舐め取った。
 喉仏が大きく動くと、残った手のひらのものも舌で絡める。
「性教育の一環と話したが、儀式に関することでもある」
「これが……? どういうことだ?」
「順番がいろいろ乱れているが、俺の自己紹介からいこう。学園では、警備課警備隊の隊長として認識されているが、それは都合よく外を出歩けるからだ」
「聖堂での紹介も、嘘だったってことか?」
「すべてが嘘ではない。実際に治安と秩序を守る命も受けているからな。学園内の儀式を司る審判者。これが真実の姿だ。贄生の疑似恋愛の相手と、監視や警護が本来の務めだ」
「疑似……恋愛」
 心臓を抉り取られたような気がした。
「ここから儀式の紹介をさせてもらう。御霊降ろしの儀は白蛇への祈りを捧げるという、何とも粗放な説明しかなされていなかった。実際は贄生に選ばれた生徒の精を搾り取って、供物として白蛇へ捧げるもの」
「精……まさか……」
「俺が飲み込んだものだ」
 頭が真っ白になる。
 精。供物。白蛇。
 夢であってもお断りなのに、現実に降りかかってきている。
「なんだそれ……なんでそんな儀式!」
「儀式を何度か繰り返していると、下腹部へ蛇の淫紋が現れることがある。これが巫覡ふげきの正体だ。淫紋の浮かんだ生徒は強制的に教団本部へ行き、神として崇められる。巫覡になれば、一生生活も金にも困らない人生を送ることができる。ここまでが贄生に話さなければならないない内容だ」
 ふつふつと怒りの沸点がとうに越え、腕を掴む紫影の手を振りほどいた。
「馬鹿げた冗談に付き合うつもりはない! 結局は性のはけ口にされるだけだろ! 俺は嫌だからな! そもそも贄生にだって選ばれたくて選ばれたわけじゃない!」
「贄生に選ばれる基準は、病気知らずな身体と強い精神力、見目の麗しさを基準とされる。お前の仲の良い親友には当てはまらない部分もあるだろうが、まあそこは血筋の問題もある。千歳は無理やりねじ込まれた」
 千歳の泣きじゃくる顔が頭に浮かんだ。下半身に下りていた血が一気に頭へ上り、咲紅は襦袢を引っつかんで立ち上がった。
 紫影は咲紅の腕を掴んだ。
「ッ…………離せよ!」
「儀式はまだ終わっていない。もし抵抗するようなら、両手足を縛り上げてでも行わなければならない。そこまで俺もしたいとは思わない」
「なんで……そんなに冷静でいられるんだ……人間の心がないのか……!」
「かもな。とりあえず布団へ横になれ」
「嫌だ!」
「俺が嫌なのか、儀式が嫌なのか」
「どっちもに決まってるだろ」
「傷つくな」
「そんな顔してないだろ」
「俺が嫌であれば、他にも審判者は大勢いる。なんせ二十二人もいるんだからな。お前の疑似恋愛の相手に相応しい男は、お前が選んでも構わん。千歳に似た、線の細い男もいる」
「千歳は……、関係ない。親友だ。それに疑似恋愛ってしなきゃいけないのかよ。無理にでも好きな人を作れってことか?」
「嫌いな男より、好みの男に扱いてもらった方が気持ちは楽だろう」
 酷い言い方をしても、紫影はほとんど表情を変えなかった。
 こうなることを予想していたのか、性格を読まれていたのか。
 とりあえず、布団に腰を下ろした。怒りをぶちまけるように、どっかりと胡座をかく。
「巫覡になれば、一生生活に困らないって言ったよな。具体的に何をする役割なんだ?」
「なりたいのか?」
「まさか。断固拒否する。どんな内容か知らないけど、どうせろくでもないことに決まってる。もしなったら連れて行かれる前に、自害する」
「威勢がいいな。数人、または十数人の男たちは、白蛇の寵を受けた巫覡を囲み、精を飲む。暴れるようなら手足を固定し、無理やり手や舌で嬲られる。巫覡の精は幸福をもたらしたり、運気を上げると言われている」
「そうやって慰み者にしているだけじゃんか。地獄でしかない」
 紫影の顔が付近まで迫ってきた。怒り狂って肩を押せばいいのに、なぜかできなかった。
「んっ……ん…………」
 人生二度目のキスをされた。先ほどのものとは違い、優しくて甘い、労るようなキスだった。
「とりあえず今日のところは俺で我慢してくれ。後ろを向いて、そのまま布団に横たわれ」
 文句の一つでも言いたくなったが、言えなかった。
 後頭部を支える手が上下に撫で、子供扱いされているのに悦んでいる。
  ゆっくりと時間をかけて横たわると「いい子だ」と耳元で囁かれた。
 紫影は襦袢を脱がすと、漆でできた箱から小瓶を取り出した。
 人肌まで温めた液体を臀部に塗り、人差し指を窄みに挿入した。
「んっ……そもそも……、精を捧げるって……そんなもの白蛇が飲むわけ…………っ……嬉しくないだろっ……」
「的を得たコメントだな。まあそこは追々説明する。今は納得してくれ。悪いようにはしない」
 一本だった指が二本に増やされ、淫猥な音が耳に届く。
「間違いなく、痛い」
 はっきり宣言されてしまった。はい分かりましたと納得できるはずがなかった。
 上半身をひねって文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、申し訳なさそうな顔を見ては口を噤むしかなかった。
「痛かったら言え。ただし、止める気はない。止められない」
 指よりも熱く、太いものが臀部に当たる。
 尻だけを持ち上げられる情けない格好のまま、先端がめり込んでいく。
 鼻で息を吸うのも苦しく、口で深く深く呼吸をしてやり過ごした。
 臀部を掴む手が腹部に回り、くすぐったくて身体をくねらせる。
「う、うう……っ…………」
「動くぞ」
 意思の確認ではなく、ただの声掛けだ。
 侵入した異物は内部の襞を擦り、場所を変えて奥をついてくる。
 支配される身体は言うことを聞かず、尻以外を布団に投げ出してしまう。
「くる、しい……ッ…………」
「我慢してくれ。お前のためでもある」
 怒鳴りたいのに喘ぐ声しか出なくて、できる限り口を閉じた。
「あと少しだ……」
 紫影の声が愉悦を含んできて、咲紅は頭を動かした。
 最悪のことが身体に起こっていても、最後の瞬間は見たかったのだ。
 目を開けた瞬間、驚愕の事実を目にしてしまった。
「──……なん……っ!」
 行灯の微かな灯りに照らされている自分の身体。
 腹部に赤くうねる何かが映っている。
──淫紋の浮かんだ生徒は強制的に教団本部へ行き、神として崇められる。
 神と同じ座に着くということ。
 即ち、地獄への入り口に足を踏み入れたのだ。
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