霊救師ルカ

不来方しい

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6-帰宅

034 れいんぼ~

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 黒服の男がいなくなったのを確認すると、悠はショルダーバックからノートパソコンを取り出し、テーブルに置いた。ドアにはカーテンも敷かれているため、パソコンを弄るには充分な環境下だ。
 悠の『お相手』は、化粧道具を持ち込んでマスカラで睫毛を伸ばすのに必死である。
「探偵みたい……」
「僕は見習いみたいなものです」
 小型の機具を取り付け、フォルダを開く。いつ頃消去したのか詳しく日にちを聞き、機具に打ち込んでいく。5分ほどで、フォルダ内には何枚かの写真が復元されていった。
「すごい……」
「男性と写っている写真がありますね」
「この人です。私の元彼」
 遠慮がちにピースをする秋奈と、人差し指を立てる男。おとなしそうな秋奈とは正確は真逆のようだ。
「僕らの携帯に送ってもいいですか?」
「構いません」
 悠は自分のスマホとルカにも送り、ルカはさっそく届いた画像を開き、男の顔に一点集中した。その証に、唇に指を置く。
 びりびりとした感覚が身体中を這った。豪快な笑い声と、ガチャガチャした物音、それに煙のように白い靄が見える。食事をしているようだ。
「よく焼き肉を召し上がっていたのですか?」
 ルカの問いに、秋奈は不思議そうに首を縦に振った。
「え?ええ……元彼と行ったのは一度きりです。でも彼はお肉が好きで、週一で焼き肉を食べに行くと言っていました」
「本日も焼き肉を食べているようですね」
 襦袢を着たふたりは一驚し、声を上げた。
「写真一枚で居場所が分かるんですか?」
「探偵なので」
 理由になっていないが、ルカは適当な言葉で質問を流した。
「昨日来たとき、お母さんと仲良くないって言ってたのが気になったんですが」
「父親が蒸発してるんです。そのせいか、母親の終着が私に向けられて、門限は5時だのどこに遊びに行くだのしつこくて」
「それはちょっと厳しいですね」
「あんな男に騙されたのも私が悪いです。そのせいで迷惑かけてしまって」
「騙す方が悪いに決まってます。自分を責めないで下さい」
「悠さんは、大学生なんですか?」
「はい。大学に通いながら、ルカさんのお店でアルバイトもしてて」
「悠、メモをお願いします」
 鞄からメモ帳とペンを取り出し、ルカが話したことを簡単にまとめていく。
「人捜しは誰でもしてくれるんですか?」
「失踪者の肌身離さず持ち歩いていたものか、写真が必要になります。生死問わず百発百中発見できますが、高額です。よろしければこちらをどうぞ」
 ルカは二人の女性に名刺を渡した。
「アンティークショップなんですか?」
「左様ですね、表向きですが。買い取りや販売も行っておりますので、事件が解決した際にはぜひ遊びにきて下さいませ」
 名刺には、ルカ・フロリーディアと偽名が書かれ、美術鑑定士の肩書きもある。
「ここから先は我々の出番です。ちなみにですが、伊藤様の他に同じような境遇の方はいらっしゃいますか?」
「他の子と身の上話はしないんです」
「左様でございますか。あと気になることはございますか」
「いえ、特にはないです」
 悠はノートパソコンをしまい、ショルダーバックを肩に掛けた。
「写真も手に入りましたし、捜しましょう。伊藤様を思えば、早い段階で動いた方がよろしいですし」
「じゃあ僕らはそろそろ」
「……本当にありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか」
 ルカは立ち上がると、秋奈に向かい優雅にお辞儀をした。
「お金は頂いていると、昨日も申し上げました。お気になさらないで下さい。悠、帰る準備を」
「了解です」
「あっあの」
 長襦袢姿の秋奈は立ち上がり、悠たちに頭を下げた。昨日よりも表情の晴れた少女に、ルカの口角が微かに上がった。

 地下からの階段を上がると、むんわりとした空気が身体を包み込んだ。田舎であれば鈴虫が鳴き始め、秋の兆しが感じられるがここは都会だ。アスファルトにこもる熱も、じわじわと身体に浸透していく。
 スマホに転送した画像を凝視しているため、悠は邪魔にならないように一歩後ろでおとなしく待つ。路地には幽霊なのかサラリーマンなのか分かりづらい姿形が映し出され、脳を惑わせた。
「池袋駅から離れていません。行きましょう」
「はい」
 ネオン街を抜け、一度池袋駅まで戻ってきたルカたちはもう一度画面を見て、また歩き出す。駅からは歩いて3分ほどで到着し、ふたりは煙の立ち込める焼き肉屋へ足を踏み入れた。高速でスマホをタップして調べたところ、都内でもかなり有名な焼き肉専門店で、希少部位も扱う店だとホームページに書かれている。だが名前だけではどこを差すのか、悠にはいまいち理解できなかった。
 店員のかけ声と共に一斉に注目を浴びた。いつものことだ。客人も含めルカを凝視している。仕事帰りのサラリーマンや、家族連れも多くいた。
「けっこう混んでますね」
「週末ですからね。僕ちょっとトイレに行ってきます」
 案内された席を立ち、悠は遠回りをした。ターゲットの男はトイレの近くの席だ。背後にいるものを確認し、そっとテーブル下に手を伸ばした。
 トイレから戻り席に着くと、悠は胸を撫で下ろした。
「ひと仕事終えましたね。本日は私の奢りです。適当に注文しておきました」
「ありがとうございます」
 小型の機材にイヤホンを差し込むと、片方ずつ耳にセットした。イヤホンからは肉の焼く音と、ゲラゲラ笑う声が聞こえてくる。
──マジであの女は金になったな。
──だな。女子大生は金になる。
「録音していますか?」
「はい」
 絶妙な焼き加減で次々と肉が焼け、悠の皿に肉が置かれる。空腹を刺激するような良い匂いが漂ってきた。
「もしかして、一番良いお肉頼みました?明らかに皿が他と違うんですけど」
「一番かどうかは存じません。値段は見ておりませんので。私はヒレ肉が好きです。悠、シャトーブリアンいきましょう」
「よく分からない用語ですが、喜んで」
 申し訳程度の野菜も焼いていると、高級そうな肉がテーブルに置かれた。どの部分かは知らずとも、あきらかに希少部位である。
「霜降りがきれい」
「美しいですね」
「ルカさんみたい」
「シャトーブリアンと同等ですか。ありがとうございます」
「違います、そういう意味じゃ」
「焼きますよ」
 専ら焼くのはルカの専門だ。こだわりがあるようなので、悠はお任せして黙々と箸を進めていく。
 肉汁が口いっぱいに広がり、悠は甘みの強いご飯をかき込んだ。
──次のターゲットはどうする?
──垢抜けないガキ狙っていけ。慣れてそうなのは駄目だ。
「おいしい。初めて食べました」
「実家では牛肉は食べていましたか?」
「たまにです。料理を作ってくれたおばあちゃんが魚派なので、魚料理が多かったですが、僕はがっつりお肉も食べます」
「大学生時代は、今以上に私も食べていました。育ち盛りというものですね」
「身長伸びるかなあ。ルカさんくらい高くなりたい」
「私の身長は、ヨーロッパ人からするとそれほどでもありませんよ」
「でも180センチは超えてるでしょ?」
「一応。悠、身長ですべてが上手くいくと思ったら大間違いです」
 焼いた野菜は甘めのタレにつけると、さらに甘みが広がった。
「私は冷麺も頂きますが、悠はいかがです?」
「じゃあ僕も」
──やっぱりな、乳のデカい子がほしいわけよ。
──結局男はそこに行き着くんだよな。まあ最近の子は発達してるし、脱げばなかなかの子多いと思うぞ。
「ところで悠、あなたはバストの大きな女性が好みなのですか?」
「ぶっ」
 飲んでいたジンジャーエールをストローごと吐き出してしまった。
「ルカさん……」
「昨日から寝る間も惜しんで考えていたのです。金髪の女性を選んだ理由が、他に思いつかないのです」
「面白がってます?」
「まさか。結局のところ、どうなんです?友達とは、このような話をする生き物だと本で読みました。友達のいなかった私は経験がありません」
「好きなタイプですか……」
 悠はルカを見た。目の前には楽しそうに目を細める美男が座っている。
「あまり考えたことないですね…そりゃあ、魅力的、ではありますけど」
「認めましたね」
「男なら視線はいっちゃいますよ……ルカさんは平気そうでしたけど」
「見目で人を判断しません。さらに追加で、あまり興味の対象ではありません」
「見てしまったのは自然の摂理というか……そもそも僕は、一緒にいて安らげる人が好きです。ご飯食べて美味しいなって思えたり、帰り道も幸せに感じたり、早く会いたくてたまらなくなったり。あっこれ全部ルカさんのことだ」
 冷麺を運んできた女性店員は、忘れ物をしたのか一度キッチンまで戻っていってしまった。時間が経てば胃に入らなくなるのに、と悠は店員を見送った。
「なんだか……お腹が満たされました」
「冷麺食べられます?頼んじゃいましたけど」
「それとこれとは話が別です」
 テーブルに置かれた冷麺は、よくあるシンプルな具材で、悠は薄く切られたスイカからかぶりついた。肉のあとの冷麺もしっかり胃に収め、イヤホンを耳から取る。男たちはすでに店から出ている。
「今日の夜にまとめて、ルカさんにもデータ送りますね」
「頼りにしています」
「じゃあ僕はもう一回トイレに行ってきます」
「ああそれと」
「はい」
 美味しいものを食べ、幸せそうに微笑むルカは、心臓が跳ね上がるほど美しく妖艶だった。
「会えない日が続くと、私もあなたに会いたくてたまらなくなりますよ、悠」
 皿を片付けにきた女性店員は吹き出し、再びキッチンへ引き返してしまった。

 伊藤秋奈はいつもの長襦袢に袖を通し、軽く化粧を施した。日に日に痩せていく顔に、秋奈は惨めな気持ちになった。
「時間だぞ」
 ノックもなしに開けられた扉の前では、黒服の男がニヤニヤと穢らわしい笑みで笑っている。
 今日は個室ではなく、フロアだ。個室であれば高い料金を支払ったとばかりに客からの要望も計り知れないほど大きくなる。料金を支払う予定のない男に身体をジロジロと見られるのは苦痛でしかたがないが、無理難題も請求されないため、秋奈はフロアが楽だった。
「ようこそ、あきなと申します」
「あきなちゃん、また来たよ」
 隣に座り、太股に手が置かれる。つま先から身の毛もよだつような感覚に襲われた。
「秋奈ちゃんって寝るときどんな格好なの?裸?」
「ジャージです」
「ジャージ?色気がないなあ。僕はパンツ1枚だよ。興味ある?」
「いえ…特には……」
 男ははっ、と息を吐く。
「じゃあ見せてよ」
「………………」
 この男はATMだと思い込み、秋奈は気を立たせた。長襦袢を下げ、胸元を晒すと、男の鼻息が胸にかかる。
「興奮しちゃった?立ってるよ、ここ」
 失礼します、と小声で言うと、秋奈は男の膝に座る。秋奈は先日出会った探偵を思い出した。外国人の見目麗しいモデルのような男と、ダボダボの服を着た可愛らしい顔の大学生。でこぼこしたコンビだが、お互い欠けているものを上手く掛け合わせた唯一無二の存在だ。
「ん?なんだ?」
 男は怪訝に廊下に視線を送る。
 いきなり上がドタバタと騒がしくなり、何人ものスーツを着た男たちがなだれ込んできた。女性も数人交じっている。客人ではない。男たちは眼光鋭く一瞥すると、
「全員そこから動くな。警察だ」
 辺りから悲鳴が沸き起こる。秋奈は長襦袢を手繰り寄せ、冷静に警察官を見入る。たった一日であの二人組はやってくれたのかと思うが、それにしては早すぎる。
 秋奈は男の手を払いのけ、太股の上から降りた。
 今しかない。ここで勇気を出さなければ、秋奈は一生狭い鳥籠に入れられたままだ。震える足を立たせ、近くにやってきた女性警察官に、秋奈は縋り寄った。
「お願い、助けて」



 カランカランとドアに備え付けられていたベルが鳴り、店内に足を踏み入れた。客は人っ子一人おらず、ブロンドヘアの男が振り返った。
「伊藤様」
「覚えていて下さったのですね」
「もちろんでございます。無事に地上に出られたようで何よりです」
「あの、これ」
 秋奈は紙袋をルカに手渡した。
「お詫び……と言ってはなんですが、焼き菓子買ってきたんです」
「ありがとうございます。ではお茶にしましょうか。奥の部屋へどうぞ」
 ソファーが二つ置かれ、綺麗に片づけられたテーブルだ。しっかりと設置されている防犯カメラは、一歩離れた室内であってもお店だということを認識させる。古めかしい家具はどこか味があり、アンティークショップに相応しい。
 ルカはアイスティーと秋奈が購入した焼き菓子をテーブルに並べた。
「紅茶はお好きですか?」
「たまに飲みます」
「こちらはディンブラです。飲みやすい紅茶で、何にでも合わせやすい茶葉になります」
「いただきます」
「飲みにくいのであれば、ハチミツをどうぞ」
 濃厚なハチミツを、少しだけ紅茶に垂らした。
「今日、あの大学生は?」
はるかでございますか?彼は今、大学ですよ」
「本当に大学生だったんですね」
「高校生に見えましたか?」
 男はクスクス笑っている。笑顔の破壊力は凄まじく、秋奈は視線を外した。
「可愛いファッションだなあと。私ああいうの着てみたかったんです」
「古着が好きだと言っていましたよ。同じ大学生なのだから、話も合うでしょう」
 秋奈は大学名を告げた。
「悠と同じ大学ですね」
「そうなんですか?へえ」
「校内で会いましたら、ぜひ声をかけて差し上げて下さい。きっと喜びます」
「それで、今日来たのは、事件についてお話ししたかったからです」
「その件に関しては、私の出る幕がなかったようなものです」
 ルカたちは秋奈の元彼と焼き肉屋で会い、居場所を突き止めたこと、会話を盗聴し警察に提出したら白い目で見られたこと、れいんぼ~に捕まっている女性がいることを警察に説明した。
「実はあの店にあなたと同じ被害に遭った方がいて、警察はすでに把握していたのです。他の方から被害届が出されていました。私は今回、伊藤秋奈様という女性がいらっしゃるので、保護してほしいと申し上げただけに終わりました」
「それでも危険を冒して助けにきて下さいました。ありがとうございます」
「表情がとても良い」
 ルカは紅茶のおかわりを注ぎ足し、ソファーに座り直した。
「あのお店にいたときは、生きているのに死人のような顔立ちをしていました。今のあなたは生き生きとしている。素晴らしいことです。お母様とはいかがですか?」
「それが……私の元から離れるなんて許さないとずっと言ってます。病気なのではないかと」
「時間はかかりますが、あなたを心配してのことでしょう。腹を割って話さないと、分かり合えません」
「そう……ですよね」
「悠が来たようです」
 ルカはソファーから立ち上がるが、秋奈は首を傾げた。
「なぜ分かるんですか?」
「悠のことですから」
「そ、そうですか」
「冗談です。教えてくれる子が側にいるんです」
 チャーミングな笑顔とは裏腹に、ルカの視線の先には誰もおらず、秋奈には恐ろしい笑顔に見えた。
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