霊救師ルカ

不来方しい

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3-それぞれのストーカー

019 夏奈の災難

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「すみません、あの」
 渋谷でショッピングを堪能していると、真っ黒なスーツに身を包んだ男が声をかけた。
「あの」
「私ですか?」
「はい。こういう者ですが」
 片手に収まるほどの紙を渡された夏奈はそれを覗き込む。初めて受け取った名刺は大人になった証ともいえる。
「アイサカ出版……?」
「新しく立ち上げた会社で、モデルを探してるんだ」
「モデル」
「そう、君やってみる気ない?」
「私が、ですか?経験ないんですけど」
「最初はみんなそうだよ。スタジオに来てみない?何枚か写真撮らせてほしいんだ。お金は出すよ」
 寮暮らしでバイト先を探している最中だった。つい口車に乗せられて、とあるビルの中に入っていくと、他にも同じ年代の人も説明を受けている。
「私服も可愛いし、そのまま撮ってみようか。とりあえず何枚か撮らせてくれたら、五千円出すよ」
「ド素人ですけどいいんですか?」
「言われた通りにポーズをしてほしい」
 スタジオは狭いがカメラに照明があり、本格的だ。言われるがままにポージングをし、撮影はおよそ30分で終了した。
「今回はお試しだけどどう?」
「意外と楽しいかも」
「でしょう?芸能事務所も立ち上げる予定だから、もし興味があるようなら来週も撮影させてもらえないかな」
 芸能事務所。この言葉に、夏奈は驚き目を開いた。テレビでしか聞いたことがないようなスカウトにモデル、芸能事務所。このときの夏奈は、間違いなく有頂天になっていた。

「それで、モデルになるの?」
 友人と学食で昼食を取りながら、夏奈はここ数週間の出来事を語った。
 今日のランチはきつねそばで、ついでにデザートのプリンも注文した。
「お金もらえるし、バイトも探してたしやってみようかなって」
「けっこう儲かるの?」
「今はまだポージングの勉強しつつ撮ってる感じ。それでもいくらか手当は出る」
「すごいじゃん」
 七味を足しつつ、斜め前の生徒が食べている冷やしそばが羨ましくなった。
「案外、モデルって簡単なんだなあって」
「これからが本番でしょ?簡単なんて口にするもんじゃないよ」
「まあ、そうだけど。上手くいけばテレビの仕事ももらえるかもって」
「そしたら本格的に芸能人かあ……今からサインの練習しておきなよ。でもさ」
 友人は食べていた箸を止めた。
「夏奈って身長そこまで高くないでしょ?なんでスカウトされたの?」
「立ち方が良くて目についたって言われた。」
「普通モデルって、高身長が求められるじゃん。まあ平均よりかは高いだろうけどさ」
「まあ……他にもスカウトされてた子って私より低い子がいたくらいだし、そういうコンセプトなんじゃない?」
「そうかなあ。上手い話すぎる気もするけど。ほら、一学年上の先輩に、読モやってる人いるじゃない?やっぱりすごく背が高かったし」
「お金はもらってるからさ、そんなに心配することもないと思うけど」
 楽観的な夏奈と比べ、友人は疑い深く追及してくる。
 タイミング良く、夏奈のスマホに担当者からメールが入った。用件は水着で撮影はできるかどうかの内容だった。

 額に流れた汗を拭き、呼吸を整えてからドアをノックした。
「失礼します」
「やあ、待ってたよ」
 部屋にはスーツ姿の男性が数人椅子に座っていた。いつもと違う雰囲気に、夏奈は後ろにたじろぐ。
「そんなに緊張しなくていいよ」
 見知らぬ男は夏奈を見るとすぐに立ち上がり、名刺を1枚渡してきた。聞いたことのない出版社だ。
「若手のモデルを売り出しながら、会社も大きくしていこうと思ってて。知り合いの会社なんだ」
「……それで、メールの件ですか」
「水着はちょっと抵抗ある?」
「ない、といえば嘘になります」
 眉を潜め、一人が内ポケットから数枚の写真を取り出した。
「無理にとは言わないんだよ」
「ただ、今この子も売り出し中の子なんだけどね」
 ビキニでポーズを撮っている女性は、夏奈とほとんど年齢は変わらないように見える。
「この子と君を、どっちにするか悩んでるんだ。インパクトがある子を、雑誌の表紙にしたくてね」
「経験でいえば写真の子が圧倒的に上だけど、潜在能力では君が勝ってるんだ」
「ただ水着になる度胸がないとねえ……給料もうんと出すよ」
 夏奈はもう一度写真を見た。堂々としたポージングに悔しさが滲み、気づいたら写真を強く握り締めていた。
「やります」
「いいの?大丈夫?本当に無理しないで」
「負けたくないし…やってみたい」
「ありがとう。それじゃあ今日の夜、場所の連絡するからね」
 男性たちはほくそ笑むと、夏奈と握手を交わした。
 3日後に来てほしいと指定された場所に行くと、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。
「これ、水着ね」
「こんなの着たことない……」
 夏奈はスポーティーな水着しか着た経験がなく、袋に入っているのはビキニや布の面積が少ないものばかりだった。
「着替える場所はあそこね」
 指示された部屋にこもり、夏奈は改めて袋から水着を取り出した。撮影用と判っていても、際どい水着はやはり抵抗がある。それでもお金や芸能人としてやっていくためだと、夏奈は衣服に手をかけた。



「それで、私の元へ来たのですか」
 ため息交じりに言い、外国人はテーブルに置かれた写真を手に取った。できる限り下着の写っていないものを選んだが、写っていたとしてもまるで興味がないと言わんばかりに不熱心だ。
「あなたは私を何でも屋と勘違いしている節がありますね」
「お金は……バイト代があります」
「大した額ではないでしょう」
「あなたには人を助ける心が備わってないんですか?」
「人並みにはございますよ。合理主義なだけです。そもそもなぜ私を頼ったのですか?警察に相談が妥当でしょう」
「ネットにばらまくって…書いてあったので」
 水着の撮影が終えた数日後だった。差出人不明の白い封筒が届き、中身は十数枚の写真だった。しかもすべて盗撮されたものだ。夏奈は瞬時にやられたと理解した。
 スカウトから騙されていたのだ。大学生にモデルにならないかと声をかけ、違法な写真で脅し、さらに金を巻き上げる。写真の他に、ヌード撮影に応じなければネットにばらまくという内容の手紙も同封され、怒りよりも、恐怖心で足下から震え上がった。
「相手の写真はございますか?」
「なんとかしてくれるんですか?」
 夏奈は顔を上げた。
「写真はないのですか?」
「ない……です。あ、でも」
 財布にしまってあった名刺を取り出し、ルカに渡した。
「これならもらいました」
「名刺ですか。存じ上げない出版社ですね。名前も偽名でしょう」
「ちゃんと検索して、存在する会社か確認すれば良かった」
「ヌードの撮影ですが、日付はいつですか?」
「3日後、ホテルで」
「ホテル?撮影だけでは済みそうにありせんね」
 ルカはパソコンでホテルの居場所を検索し、メモ帳にまとめていく。
「あなたの個人情報は相手の手に渡っているのですか?」
「はい……電話番号とか、住んでる寮とか」
 ルカはパソコンを打つ手を止め、ルカは髪を持ち上げ息を吐いた。
「次から次へと問題行動を起こす人だ」
「今回は…確かに私が悪い」
「不条理を押しつけられる河野さんは被害者です」
 ルカは無表情のままカタカタと音を鳴らす。
「あなたは本当は優しい人なのかも……」
「今さらでございますね」
「本当ならさ……水着撮影の件にしたって私が責められてもおかしくないじゃない。なのにあなたは責めないし」
「なぜ?日本人は実に理解し難い。一概には言えませんが、今回の場合は加害者が悪に決まっています。私が責めているのは、あなたがお金を持っていない件についてです」
「あー…そうでしたね、すみません」
「いくらかは払って頂きますが」
 トン、とエンターキーを押す音が響いた。
「とりあえずですが、作戦をあなたにお伝えします」
 ポーカーフェイスを崩さず、ルカは漆黒の瞳を夏奈に向けた。

 待ち合わせ場所は撮影ホテルから近いカフェだ。数人の男たちは夏奈を見ると、低俗な笑みを漏らした。
「今回で終わりにしてくれるんでしょうね」
「ちゃんと撮らせてくれたら、ネガは返してやるよ」
「約束は守りなさいよ」
──ホテルに向かって下さい。
 イヤホンからは美声が流れてくる。男たちには聞こえていない。夏奈とは違い、落ち着き払った声色だった。
 ホテルの駐車場には何台か車が止まり、そのうちの一つに男女が一組乗っている。男たちは気にする素振りを見せず、夏奈を中に誘導した。
──そのまま、部屋に入って下さい。
 緊張で足が震えるが、なんとか踏ん張り足を踏み入れた。
「撮影用に一番良い部屋選んだんだよ」
「なかなかだろう?」
「それより、なんで5人もいるの?」
──了解、5人ですね。
「お前のヌードを綺麗に撮るためさ」
「SM部屋だが痛いことは何もしねえよ」
──部屋も把握しています。焦らず、シャワー室に入って下さい。
 ルカの声に落ち着きを取り戻し、夏奈は毅然とした態度で言い放った。
「シャワー浴びたいんだけど」
「シャワーシーンも撮らせてくれるなら金出すぜ」
──断りなさい。
「冗談。嫌に決まってんでしょ」
「へっへ。そうかい」
 ひとまずシャワー室に駆け込むと、鍵を閉め、鏡だらけの部屋を眺めた。
──何か声を発して下さい。
「鏡ばっか…なにこの部屋」
──雑音が大きくなりました。カメラか盗聴器の類が仕掛けられていますね。
 ルカには見えていないが夏奈は小さく頷いた。
──前に撮られた写真は臍辺りから上向きに撮影されていました。
 しゃがみ込み、夏奈は無造作に置かれたかごやタオルの隙間などを手探りで触れていく。
「あった……」
 見逃してもおかしくないほど、小型カメラとスマートフォンを発見した。
──あなたのスマホで、盗撮カメラを撮影して下さい。証拠品となります。
 小刻みに震える腕をさすり、無音設定のままいろんな角度からスマホをタップしていく。
──あなたはそこから出ないように。もうすぐ警察が行きます。
 ルカの声に安堵したそのときだった。扉がダンダンと強く叩かれ、無意識に夏奈は身を固くする。鍵はかかっていたが、とっさにドアノブを握り締めた。
「おい、早くシャワー浴びろよ」
 イヤホン越しに息を飲む声がした。ルカにも緊張が走る。
「……判ってるわよ」
「時間稼ぎしようなんて思うなよ」
「アンタたちこそ黙って準備してなよ」
「威勢はいいな……なんだ?」
 扉より向こう側が騒がしくなった。男たちの喧騒が耳に届き、夏奈は床にへたり込んだ。
──お疲れ様です。事情聴取が待っていますよ。
「結局、警察に通報したのね」
──私一人でどうにかなるわけないでしょう。ネットにばらまく猶予も与えず追い詰めれば、写真を流されることもないです。安心しなさい。
 自ら名乗り出た囮作戦は、一応成功を迎えた。



「ようこそ、SHIRAYUKIへ」
 心がこもっていない言い方に、夏奈は苦笑いを浮かべる。歓迎を受けていないのは明白だった。
「あなたも警察にお世話になるのが好きですね」
「お巡りさんにもまたですかって言われた」
「同意見です。こちらは悠と飲むつもりだった紅茶です」
「なにこれ…臭いんだけど……って、そうじゃなくて良い香りだなあ」
 凍りついた空気を溶かそうと、夏奈は慌てて言い直すが時すでに遅しだった。
「紅茶をお出しする程度には歓迎しておりますので」
「あーありがとうございます」
「キーマンという紅茶です」
 心を落ち着ける紅茶ではなかったが、夏奈は有り難く受け取った。
「今回の件で、いろいろ学べました。スカウトされて有頂天になってたのかも」
「人間は失敗を繰り返し、成長していくものです。本気で芸能人を目指したかったら、オーディションなどを受けてみるのがいいかと思います」
「店長さんの方が芸能人っぽいよね」
 ルカはまるで興味がないと、返事すらしなかった。
「ほんと、私って人の気持ちに鈍感よね」
「左様でございますね」
 きっぱりと言い切る。
「友達にさ、モデルの仕事って案外簡単なんだとか言っちゃったのよ。それってプロとして活躍してる人たちに失礼よね」
「あなたは自分が可愛いと思ってる。それは構いませんが、他人からすれば価値のない事柄を押しつけられ、対応に苦慮する場合もあります」
「だよね…それで悠を困らせちゃったし」
「今回の件ですが、悠も一役担っております。イヤホンやマイクを作ったのは悠ですから」
 すべて飲み終えた紅茶を注ぎ足すために、ルカは立ち上がった。
「そっか……また助けられちゃった。もう悠と元通りになれないのかな」
「人間は変われば変わるものです。あなたが変わりたいと心から願うのなら、どうか心の内を磨いて下さい。これからは別々の道を歩むことになるでしょうが、縁があれば引き合わせが必ずございます。どうか悠の成長を妨げぬよう、配慮して下さい」
「物言いは丁寧だけどさ、それって悠に二度と近づくなって言われてるみたいなんだけど」
「ああ、それと。今回は命の危険も伴う可能性もございましたので後払いとしました。あとで請求書を送らせて頂きます」
 最後の最後まで、ルカはルカだった。
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