上 下
12 / 29
第二章 非日常

012 優しさの固まりは残酷すぎる

しおりを挟む
 ロイドの聴取が終わり、ひとまずお開きとなったのでナオたちは部屋に戻った。
 朗報があり、明日の午後には天気が晴れるらしい。嬉しいような寂しいような、ナオは複雑な気分だった。
 明日になれば、リチャードとお別れしなくてはならない。それはほぼ永遠の別れと言っても過言ではない。片方は大学生で、片方はFBI捜査官。接点がなく、親友のお兄さんという間接的な関係でしかない。
「どうかした?」
「いえ…………」 
「なんだか、会った数日前に戻ってしまったな」
「え」
 リチャードはナオの座るベッドの横に腰を下ろした。
「目が合ってもすぐに反らす。しかもセシルの後ろに隠れるときたもんだ。俺が怖い?」
「ま、まさか! そんなこと……」
「嫌われてるわけじゃないんだな。良かった」
「嫌いだなんて……その逆です。あなたに……ずっと憧れてて。いつも優しいから」
 勘違いしそうになる。
 そう言いかけて、ナオは口を閉じた。
「憧れてる? 俺に?」
「紳士的だし、初めて会ったときも僕にスモアを作ってくれました。それに……ゲイだって言った後も、あなたは変わらず優しくしてくれる」
「それは関係ないだろう。同性愛者だろうが異性愛者だろうが、君は君だ」
 泣きたいほど嬉しかった。ひとりなら、枕に顔を伏せて泣いているところだった。それどころか黙っていられなくて一晩中、動物園の熊のようにうろうろするかもしれない。
 外から大きな物音が聞こえた。強風の影響で、どこかの木が折れたのだろう。反射的にリチャードはナオの二の腕を掴み、胸に小さな身体を閉じ込める。
「大丈夫?」
「は、はい…………一瞬、銃声かと思いました」
「いきなり大きな音は驚くよな」
 リチャードは腕を離そうとしない。リチャードの手は暖かで、筋肉質で大きい。ナオは頭に血が上っていく。
「そういえば、小説読んだよ」
「あれは……読まないでほしかったです」
「どうして? とても素敵だった。主人公が体験した初恋って、もしかして君の体験談を入れてるのかな?」
 小さな笑いを漏らしながら、リチャードは腕に込める力をさらに入れた。
「いや……そ、そうですね……それは、なんというか……」
 苦し紛れの言い訳をしても、リチャードは逃がす気はないらしく、一向に力を緩める気配がない。
「あ、あの……緊張しちゃって……喉が渇きました」
「キッチンに行く?」
「そうですね……紅茶を飲んでから寝たいです」
「じゃあ一緒に行こう」
 リチャードは手を差し出してきたので、ナオはおもむろに重ねた。
 本当は、抱きしめる腕から逃れたかったのだ。なんのつもりで手を繋いだのか知りたいが聞く勇気もない。抱きしめられるよりはいいかと思い、彼が離すまでそのままにしておいた。
 キッチンはカップも皿も綺麗に片づいていて、ステラの性格そのままが表れている。彼女はとても綺麗好きだ。
 キッチンに来てもリチャードは手を離さないので、仕方なくナオ自ら手を解いた。
 冷凍庫の製氷室を開けると、ほとんど氷が残っていない。はみ出るくらいにグラスへ四つずつ入れた。
 リチャードは紅茶缶を持って固まっている。
「あの……僕が作りましょうか」
「すまない」
「ミルクを入れてもいいですか? 日本式で、ロイヤルミルクティーって言うんです。ミルクと水と紅茶を沸騰させて、たっぷり氷の入ったグラスに注ぐんです」
「チャイみたいなもの?」
「はい。チャイはスパイスを入れるので苦手という方も多いですけど、ロイヤルミルクティーは甘くて癖がないんです」
「君の作ったものならどちらでもいいかな」
「こ、光栄です……」
 ミルクを多めに入れると濃厚になるが、今日は水と半々にした。スプーン山盛り四杯の茶葉を入れ、沸騰したら鍋から零れる前に火を止める。
 茶漉しへ鍋を傾けるとミルクティーが流れ落ち、氷はすぐに溶け始めた。
「いいね、こういう音好き」
「僕も。夏って感じですね。冬はあったかいロイヤルミルクティーが最高なんですよ」
「また作ってくれる?」
 真剣な目を向けるものだから、ナオは反射的に頷いた。
 「また」があればいい。もし流れ星が落ちたなら、迷わず「また」がありますようにと願うのに。
 氷がカランと音を立てたとき、心にすとんと収まった。
 彼が好きだ。隠しきれないほどに膨れ上がっている。初恋は一度しかなくても、あのときの高鳴りを二度も味わっていた。
 どうしても触れたくなって、後ろ姿の彼の背中をつん、と触れてみた。
 リチャード手を後ろに回し、人差し指ごと包んだ。
「悪戯っ子だな」
 リチャードは笑い、ナオの手の甲にキスをする。
 またもや手を繋がれてしまい、飲み終わるまでずっとこのままだった。
 洗い物のときはさすがに手を離してくれたが、終わった途端にまた繋がれる。
 リチャードは何を思って手を繋ぐのか。ゲイだと明かしてたときの意外そうな顔は、何を意味していたか、考えても答えは出てこない。血の繋がりがある家族ですら分かち合えないというのに、数回しか会ったことのない彼は理解してくれるのか。
「ふー……まずは殺人事件だな」
「明日には迎えが来るみたいですが……名乗り出るでしょうか」
「出なければ問いただす。ギリギリまで言うかどうか、見極めないといけない。相手は銃を持っているし、内面には誰もが何を抱えているのか分からないんだ」
「そうですね。僕のように」
 ベッドの中でリチャードが顔を向けてきたが、目を合わせる勇気がない。
「君だけじゃないさ。俺もいろいろ抱えてる」
「お仕事大変ですしね」
 僕が癒してあげたい。そんな言葉を呑み込み、誘惑に負けて顔を向けると、リチャードはまだナオを見つめていた。
「彼氏に連絡しなくていいのか? 今日はほとんどスマホを弄ってないだろう」
「元々あまり弄らないんです。ゲームとかもやらないし」
「セシルとは大違いだ」
「課金大好きですからね、セシルは」
 リチャードは何か言いたそうに、一瞬だけ目を逸らす。
「あと、彼氏はいないです」
「ずっと?」
「ええ、ずっと。同じ性癖の人に出会う確率なんて、ほとんどないです」
「案外近くに潜んでいるかもしれないよ」
「そうでしょうか……」
「どういう人がタイプなの?」
「優しくて、……ヒーローみたいな人」
 それはあなたです、と言いたくても言えない。もどかしい。
「僕は……初恋をこじらせすぎているから」
 どうせ困らせてしまうだけだし、告白はできない。勘のいい彼なら気づくだろうが、優しさの固まりである彼は、深く突っ込んではこなかった。
「優しいって残酷ですよね。回りを振り回して、手放すときは簡単に手を離す。遠心力があるので、簡単に飛んでいってしまいます」
「優しさは遠心力か……確かにそうかもな。君もそういうところがあるよ」
「僕がですか?」
「気づかないものだよ。ちなみに俺は真逆だ。好きな子にしか優しくできない。必要なもの、そうでないものとはっきり別れている」
「あなたが……?  全然そうは見えませんが」
「そういうものだ。さて……もう寝よう。おやすみ」
「ひっ…………」
 リチャードはナオの頬にキスとウィンクを残し、目を閉じた。
 好きな子にしか優しくできない人は、爆弾投下が得意らしい。
 ナオはなかなか眠れず、結局寝たのは深夜を回った頃だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...