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第二章 非日常

08 ロイドの意外性

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 リンダは落ち着いていた。リチャードに言われるがままにソファーに浅く座ると、まっすぐに彼の目を見る。
「昨日の話でしたね……ええと……、」
「覚えている限り、的確に頼む。昨日の昼は、アビゲイルたちとなぜ森に行かなかった?」
「なぜって……いつもつるんでいるわけじゃないですから。甘いものが好きで、スモアが食べたかったんです。子供っぽくて恥ずかしくて言い出せなかったんですけど、見かねてあなたの弟さんが誘ってくれたので」
 確かにセシルと仲良くスモアを作っていた。
「夕食の時間の話をしてほしい」
「昨日はあなた方が夕食に現れる前に、部屋に戻りました。夕食前の話は……いいですよね。映画を一緒に観ていましたから。その後はセシルと一緒に食堂へ向かいました」
「夕食中は何を話しましたか?」
「アビゲイルたちの話を聞いていました。ワインの話だとか、彼女のお父様のブランド話などです」
「夕食後については? 部屋に戻ってからだ」
「アビゲイルと同室ですが、彼女はさっさと寝ました。私も彼女の後にシャワーを浴びて、すぐに就寝しました。イーサンが亡くなった時間帯……何時でしたっけ?」
「明確には何とも言えませんが、四時から六時くらいです」
「その時間は、寝ていました。証人になる人は……アビゲイルは寝ていただろうし、私も何とも言えません」
 話の内容は、アビゲイルとほぼ同じだった。ただ違うのは、反抗的なアビゲイルの態度とは逆に、彼女は協力的だった。的確に答えすぎて、ナオは用意された言葉に近いと感じた。
 最後にやってきたのは、全身から不機嫌オーラを放つロイドだ。
 ナオをひと睨みし、態度も悪い。
「俺たちはよお……仲間だったんだ」
「……………………」
「なあ、本当にあいつは殺されたのか? 嘘じゃないのか?」
「残念ですが、ドクターに確認して頂きました」
「畜生、なんでこんなことに……包丁自体偽物だったんじゃねえのかよ」
 ナオは驚愕する。
 ロイドの目から大粒の涙が零れ落ちたのだ。涙とは無縁のタイプだと思っていたのに、開いた口が塞がらなくなる。
 リチャードは彼が落ち着くまでじっと待った。
 嘘か本当か見極めているのか、彼が泣きやむまで口を挟まなかった。
 悲痛なうめき声が聞こえなくなったところで、口を開く。
「イーサンの様子に、おかしい様子はあった?」
「酒癖が悪いところも、女好きでセックスしか頭にないところも、食い意地があるところも全部いつも通りだったよ。食堂で寝そうになってるあいつを無理やり部屋に連れていって、俺は隣のベッドで横になった」
 イーサンとロイドの部屋は、二つベッドがあるタイプのようだった。
 セックスという言葉に、ナオは耳が熱くなった。
「あいつとは幼なじみだったんだ。バカで何しでかすか分かんねえ奴だったけど、仲間思いのいい奴さ。あいつの親に、合わせる顔がねえ」
「警察に通報したとき、イーサンの家族にも事情を説明するよう伝えてある。まずは嵐が止まないと、車もヘリコプターも出せない。こればかりは天災の問題だ」
 ロイドは何度も畜生、と声を漏らし、弾力のあるソファーを叩いた。
「辛いだろうが、朝の話も聞かせてほしい。同室だった君が鍵を握っている可能性があるんだ」
「朝起きたのは七時四十分頃だ。隣のベッドは……空だ。お前らとは八時くらいにリビングで会った。階段を下りればすぐにリビングだからな」
「部屋の鍵はかかっていた?」
「鍵……かかってなかったな。そういや」
「ふむ」
 リチャードはメモ帳にペンを走らせる。
「少し前の話になるが、森では何をしていた?」
「アビゲイルが動物の写真撮りたいとか言ってて、付き合ってただけだ」
 目を逸らし、少々ぶっきらぼうに答える。
「何か質問は?」
「質問……つーか、そいつが犯人なんじゃねえのかよ」
 そいつと差されたナオは、身を固くし縮こまった。
「それは君が決めることじゃない。他には?」
 リチャードはばっさりと切り捨て、少し威圧をするように前のめりになる。
「あとは……まあないな」
「こちらからも以上だ。他にもまたいくつか聞きたいことが増えるかもしれない。そのときは頼む」
「分かった」
 ロイドが出ていくと、さすがに疲れたのかリチャードは背もに寄りかかって眉間を揉みほぐした。
「お疲れ様です……リチャードにかかる負担が大きすぎる」
「君がこうして隣にいてくれるだけで充分役に立っているよ。何か引っかかるようなことはあった?」
「……ロイドが一番意外でした。あんな仲間思いな一面があったんですね」
「それは俺も思ったよ。演技で泣けるほど器用な性格にも見えないしね」
「リンダは落ち着きすぎていました。彼女は何を聞かれてもいいように、頭の中でまとめていたのかもしれません。アビゲイルの反抗的な態度は、予想通りでした」
 リチャードは声を上げて笑う。並びの良い白い歯が見え、赤い舌に釘付けになった。
「アビゲイルの両親は、娘じゃないと信じきっていましたね」
「誰しも自分の家族ではないと思うものだからな」
「こうしてみると、意外性があったのはロイドくらいですね……アビゲイルは強がりで余裕な自分を見せたかったのか、眉毛の動かす回数が多く、身振り手振りが大きく感じました」
「よく見てる」
「ドクター夫妻は、人生経験からなのか落ち着いていましたね」
「ああ。俺も良いヒントをもらった。いくら平然を装っていても、人間は必ずぼろを出す」
「まさか……犯人が分かったんですか?」
「いや、だがヒントに繋がりそうなパズルのピースはいくつか見つけた」
 あの嵐だ。やはりリチャードは外部の人間だとは考えていなかった。
 次はメイドのステラだ。遅くまで起きていて一番の早起きである彼女であれば、何か情報を得られるかもしれない。
「申し訳ございません。何も話せるようなことは……二十三時頃に部屋に戻り、起きたのが五時三十分頃だったと思います。その間は一度も部屋から出ていなくて……」
 申し訳なさそうにステラは言う。
「ただ五時くらいには起床していました。外の物音は雨風の音くらいです。廊下からは、特に音はしなかったかと……あと、少々気になることがあるんです」
「なんでしょう」
 ステラの言葉に、ナオは息を呑む。
 リチャードは淡々と、時折相づちを打ち、簡単にメモをまとめていく。
 ステラはドクター夫妻と同様に落ち着き払っている。仕事柄か、我先にと表に立つタイプではなくおとなしい。
 リビングでは、疲れ果てたのか大学生組はほとんど目を瞑っている。具合が多少ましになったとはいえ、セシルもまだ胃の辺りを擦っている。無理もない。殺害された人間を見ない人生を一生送れるはずが、あの一瞬で道を曲げられてしまったのだ。
「みんなで夕食の準備をしようかって話してたのよ。こんな状況でステラ一人じゃ難しいでしょ?」
 アビゲイルは得意気に鼻を鳴らす。
 ステラはどう言うべきかと雇い主であるハリーに助け船を出す。
「ステラ、甘えなさい。君も仕事どころじゃないだろう」
「ありがとうございます。実は、私も少々疲れておりまして」
 オリバーはステラの足下をうろつき、尻尾を振る。おやつがほしいと、分かりやすい甘えだ。
 昼もろくに食べていないせいか、ナオのお腹が小さく鳴る。
「皆さんにこれからの話をします。全員、私の指定する部屋割りで動いて頂きたい」
 不平不満は出なかったが、驚きの声は上がった。
「大きくは変えません。ただ、このままだと一人で過ごす人も出てくる。自分の身を守るためだと思い、ご協力をお願いします」
 ロイドはため息をつくだけで、特に何も言わなかった。
「こちらの子を、よければ預かりましょうか」
 クラークは体調が悪そうにしているセシルの頭に触れる。二人一緒にいると、祖父と孫のようだ。
「そうですね……ドクターが側にいて下されば安心です」
「私からも、どうかお願いします」
「ええ、お任せ下さい」
 ハリーもクラークに頼み、息子を心配そうに見つめた。
「俺はどうするんだよ」
「君は私の部屋に来なさい。ベッドはふたつある。問題ないだろう」
 真の強いハリーの声だ。最初は戸惑っていたロイドだが、反抗的な態度は出さなかった。
「ねえ、ディック。ナオは? ひとりになっちゃうよ」
「ナオは俺と一緒になる。ステラ、君はアリスと一緒だ」
「はい。よろしくお願いします」
「ええ、もちろんです。こちらこそ、仲良くしましょう」
 アリスは誰に対しても優しく微笑む。こういう状況であるのに、気が緩む。どうしても非日常にいるとは思えなかった。
 アビゲイルはリンダと同室だろうし、ロイドはハリー、クラークはは体調不良のセシルと。
 頭に浮かぶのは、ガラス張りのシャワールームだ。さすがにカーテンは閉めるだろうが、裸を想像してしまい、用意された水を飲む。落ち着かなくて窓を開けておもいっきり叫びたい。
 夕食はまだたっぷりと残っている肉をスープで煮込み、ステラが焼きたてのパンを作った。野菜もたくさん入っていて、セシルは眉毛をおかしな形にしながらスプーンを運んでいる。
「ナオ、しっかり食べた方がいい」
「ええ……そうですね……」
 リチャードに言われスープを見つめるが、トマトの色がどうしても血の海と化したあの光景を思い出してしまい、自然とスプーンが止まってしまう。
 見たのはナオとセシル、リチャードとクラークだ。あとは犯人。この中に犯人はいないと仮定して、他のメンバーは普通に食事をしている。血の色を見ても、犯人はまったく動揺がない。そう考えるだけで、ナオは恐ろしくなった。
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