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第一章 ふたりの恋路

015 人生の岐路

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 秋継は天井を向いて、何やらぶつぶつ呟いている。
「いや、判った。向こうも抱えてるものが大きいってことだな」
「そうそう。最後に『お互いの恋愛には口を挟まないようにしよう』みたいに言われた。意味深すぎて勉強が手につかなかった。いやいつもつかないんだけど」
「ばれてるのか」
「僕もそうとしか考えられない。家元も知らないし、ばらすつもりもないかもしれない」
「それは好都合だな」
 ホールケーキは半分になった。さすがに胃は限界を迎えているので、首を横に振る。
「話は変わるが進路はどうするんだ? 一緒に住むとなると、こっちで就職口を見つけないといけないぞ」
「いろいろ考えてるんだけど、やっぱり茶道は好きだから続けたいんだ。でも東京にも行きたい。家元は跡継ぎの姉さんがいればそれでいいって考えみたいで、特に口出ししてこないよ。アキさんの終着点ってどこ?」
「そうだな……」
 秋継はまたも天井を見上げ、目を閉じた。
「俺とお前がハッピーエンド。これは何を犠牲にしても絶対条件。次にお前がちゃんと茶道も続けられて、俺の仕事も現状維持。愛奈さんと恋人がうまくいって、お前の『婚約者』でもある桜田春さんも幸せになる」 
 婚約者がやけに強調されていたが、あえてつっこまないようにした。
「そのための壁ってなんだ?」
「家元だね。僕の事情を家族に話したら崩壊させるとか思ってたけど、姉は多分、いや絶対に知ってるし、母さんと父さんもちゃんと話せば判ってくれるかも。そもそも僕は跡継ぎじゃないしね」
「跡継ぎであれば許されない世界だな。家元の世代だと特にそう」
「世間体が良くないから結婚して子供を作れってタイプだから。アキさんはお母さんにも言えない感じ?」
「冷静に考えれば『病気』の件だって耳に入ってる。俺も跡継ぎではないから、そういう意味では放っておいてもらえてるのかも」
「身動きが取れないけど、ちょっとずつ前に進んでいってる気がするんだ。前に現状維持も大切だって話したじゃん。異時しつつも、先がほんの少し広がってるのかも」
「そう思えたのなら未来が見えてきているのかもな」
「ふたりでこうして腹を割って話せるってだけでも、成長してる気がする」
 話の流れで、あくまで友達だと強調しつつ春の話もした。
 落ち着かなくなる秋継に、
「ベッド行く?」
 と小悪魔たっぷりに誘ってみる。シャツのボタンを外し、胸元を見せた。
「どこでそんな誘い方覚えたんだよ」
「いろんなサイトとか本読んだ」
 秋継は残ったコーヒーをすべて飲み干した。
「ケーキしまっておくから、先に行っててくれ」
 秋継の自室はパソコンと大きなモニターがある。ここで仕事をしているのかと思うと感慨深い。
 デスクにペン立てが置いてある。ペンではないものが立っていて、凜太は手に取った。
 日本文化のイベントで作ってもらった飴細工だ。夏を越したハリネズミは棘がもう無くなっている。ここまで生き残るのは名誉の証である。
「なに見てるんだよ」
「棘のないマイルドになったハリネズミ。少しも食べてないの?」
「ああ」
「なんで?」
「いいだろ、別に」
「あ、話そらした」
「っ…………、もったいないだろ」
「アキさんってやっぱりハリネズミだ。臆病で本当のこと言えないんだ」
「もらって嬉しかったからお守り代わりにしてる。これでいいか?」
「めちゃくちゃ嬉しい!」
 勢いよく抱きつくと、そのままふたりでベッドへ転がり込んだ。
 身体が熱い、と漏らす前に、まだ六月だというのに秋継はエアコンのリモコンに手を伸ばした。



「あのさ……」
 裸体をむき出しにさせたままベッドでくつろいでいると、秋継は枯らしたままの声を発した。
「付き合おう」
「突き合う? また?」
 凜太は聞き返した。
「その……ちゃんと言ってなかったと思って」
「あ、そういう意味? 身体の相性がいいから?」
「生々しいこと言うな」
「きゃー……恥ずかしい。告白されちゃった」
 冷めてきた身体に再び熱がこもってくる。
「なんでそっちが恥ずかしいんだよ。普通逆だろ。セックスはあんなに迫ってくるのに」
「だってだって、こんなの初めて」
「俺も初めてだよ。顔を隠すな。ちゃんと答えてくれ」
「す、…………」
「す?」
「すんごく……僕も好き」
 秋継は息を吐き、ベッドに身体を深く沈めた。
「緊張してたの?」
「してたよ。大切にする」
 背中に手が回されたので、凜太も抱きついて胸に顔を埋めた。汗と精臭の混じった現実的な匂いがする。
「桜田さんに報告するのか?」
「ハルにはするよ。一番側で心配してくれたし、中途半端な人は別れろとか言われてた」
「手厳しい心配だな。でも彼女の言うとおりだ。彼女、賛成してくれると思うか?」
「最終的には応援してくれると思うよ」
「お前の大切な人がそう思ってくれるなら、それでいい」
 秋継はまだ何か言いたそうに考えあぐねているようだ。
 凜太は辛抱強く待った。身体の熱が徐々に抜けていき、毛布に身体を包む。隣の体温と鼓動がずっと寄り添ってきたかのようにぴったり当てはまっている。
 覚悟を決めた秋継は腫れ物が取れた顔をしている。
 くすぐったい内緒の話だ。
 あと数年で卒業を迎える。すべてが思い通りに行くとは思っていない。不安もある。
 瓦礫のを踏みながら歩く人生は心を蝕んでいくが、隣で寄り添ってくれる人がいるのは心強かった。
 家族を持ちたいと願える人に出会え、心から感謝した。
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